第26話
「何をやっているのですか。王太子ともあろうお方が、女性に、しかもご自分の婚約者に手を上げようとなさるなんて」
マーティンがアイザックを止めてくれ、エドワードがわたくしの前に立って庇ってくれる。
「くっ……離せ……マーティン」
「離すわけないでしょ。オリヴィア、こっちへ。未来の国王陛下がここまで愚かとはね。話も聞かずに婚約者に乱暴を働こうとするなんて紳士のやる事ではありません。どうしてオリヴィアが悪いと決めつけるのですか?」
「それはっ……、ロザリーが泣いていたから……」
「僕らはずっと2人を見てました。2人とも仲良さそうに話してましたよ。流暢な古代語でしたし、小声だから会話の内容までは分かりませんでしたけど、オリヴィアは何も悪い事はしてませんよ。ほら、泣くのは良いけどいい加減説明して下さい。でないとオリヴィアが悪者になります。王太子殿下は貴女が大好きなんだから、貴女を傷つけたオリヴィアを処刑しろとか言い出しますよ」
「駄目! オリヴィアは悪くないの!」
「だが……泣いてるのは……」
「「「いい加減にしろ!!!」」」
いつの間にか先生もいらっしゃっていた。
この様子だと、サイモンとウィルもどこかにいるわね。
「ごめん……ごめんなさい……オリヴィアが死んだのはあたしのせいなの……」
泣き続けるロザリーは、こう言うのがやっとだ。
彼女の発言に全員固まってしまう。
最初に口を開いたのは先生だった。
「オリヴィアは死んでない。だが、ロザリーは本気で泣いている。もしかして、ロザリーもオリヴィアと同じく前世持ちで、2人は前世で交流があったということか?」
「そう、そうなんです! さすがモルダー先生!」
「なるほどね。じゃあ……貴女がオリヴィアを殺したの?」
エドワードは、冷たくロザリーを睨みつけた。ロザリーがビクリと震えるとアイザックがロザリーを抱き締める。
「やめろ、エドワード」
「僕も殴りますか?」
「あり得ない。そんな事しない」
「オリヴィアを殴ろうとなさいましたよね? マーティンが間に合わなかったら、絶対オリヴィアを殴ってましたよね?」
「それは……」
「なんで僕を殴るのはあり得なくて、オリヴィアは殴って良いと思われたのですか?」
怖い怖い怖い!
エドワードが本気で怒ってる!
アイザックもマーティンもエドワードが怒った時の恐怖は知ってるから、黙って青い顔で震えてる。あ、ロザリーの涙も引っこんでるわ。
落ち着いておられるのは先生だけね。
「王太子殿下は、オリヴィアを自分の所有物だと思っていらっしゃるのでしょう。だから、思い通りにいかないと殴って言う事を聞かせようとなさるのです。国王陛下とそっくりです。さすが親子」
アイザックは、父親である国王陛下を嫌っている。国王陛下に似ていると言われたらアイザックは不機嫌になる。エドワードは知っててわざと言ったんだわ。大嫌いな父親と同じだぞと暗に伝えてる。敬語のまま話してる辺り、まだ怒りは収まってないみたいね。
「な……ななな……」
「間違ってるなら否定なさって下さい。不敬と判断なさっても構いませんよ。僕を捕まえますか? 側近から外しますか?」
不敬だと言ってエドワードを捕らえるのは簡単だ。だけど、そうなったらどうなるか。
王太子は忠言を聞かない無能となる。
今の国王陛下の愚行を国民が我慢しているのは、王太子殿下の代になればまともになるだろうとの期待があるからだ。
アイザックは、卒業したらすぐに即位する予定。
周りを固める側近の中でも優秀だと評判なのはエドワード。エドワードの能力は高い。けど、最初から出来た訳ではない。わたくし達は、アイザックを支えたくて共に努力を重ねてきた。どれだけエドワードが影で勉強してきたか、わたくしは知ってる。今エドワードが怒っているのは、悲しいからだ。
こんな人に忠誠を誓おうと思ったのか。前世を思い出した時のわたくしと同じような絶望をエドワードも味わっているんだと思う。
エドワードを切り捨てるには相当の覚悟が要る。大きな失態をしたならともかく、この程度の発言で切り捨てたとなれば……一気に王家の支持は失われる。最悪、革命が起こる可能性もある。
それが分からない程、アイザックは馬鹿じゃない。
「……すまん、エドワード。側近を辞めるなんて言わないでくれ」
「謝るのは僕にじゃない! それが分からない男に仕える気はない! 言っとくけど、謝るのが1人だなんて思うなよっ!」
突き放しながらもヒントは与えるんだから、なんだかんだアイザックを信頼してるのだろう。まあ、ここで反省しなかったら容赦無く切り捨てられてたでしょうけどね。
「オリヴィア、さっきは殴ろうとして……すまない」
「それだけ?」
エドワード! 圧、圧が凄いから!
「……私は、オリヴィアに嫉妬していたんだ。オリヴィアが優秀だから安心だ。そんな声が大きくなって、その頃からオリヴィアと会うとイライラするようになった。だから、冷たくなったと言ってオリヴィアを遠ざけた。自分勝手な行動だったと思う。申し訳なかった。それに、手紙を貰ったのに返事もせずマーティンに頼んだ。逃げてすまない。それに……」
「もう結構です。わたくしこそ殿下の苦悩に気が付かなくて申し訳ありません。これ以上わたくしへの謝罪は不要です」
「許して……くれるのか?」
わたくしは、返事をしなかった。アイザックに謝罪が不要だと言ったのは、もう聞きたくなかったから。今更謝ってなんになるの。しかも、エドワードに促されて謝って貰っても嬉しくないし、謝罪も言い訳がましくて聞き苦しい。最初にロザリーに惹かれてすまないと言わない辺り、なんだかズルい。もうアイザックへの愛情は枯れてしまった。顔を見るだけで嫌悪感が込み上げる。
早く出て行け。そう言いたくてたまらない。
「ねぇ、オリヴィアに謝って終わりだなんて事ないよね?」
エドワードの、低い声が響く。
エドワードは分かってる。わたくしの言葉の意図を理解してくれている。だから、助けてくれた。
このままアイザックがわたくしに謝り続ければ、わたくしは泣いて、今までの事をぶちまけていただろう。
それもありかもしれないけど、なんでわたくしがわざわざこの男に教えないといけないの?
そんな意地悪な気持ちが広がってどんどんおかしくなっていく。
口に出す前に、態度に出す前に、エドワードが話題を変えてくれた。
「マーティン、散々注意してくれていたのにうるさいと言って聞かなくて申し訳ない。今後はちゃんと話を聞く。もう逃げない。ちゃんと、向き合うから。それから、止めてくれてありがとう。大事な婚約者を傷つけなくて済んだ」
「先生、逃げていて申し訳ありませんでした。きちんとオリヴィアと話せました。どうか、これからもご指導お願いします」
マーティンも、先生も口を開こうとしていた。しかし、ロザリーが叫び声を上げたので、話す事は出来なかった。
「アイザック、最低!」
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