第23話【マーティン視点】

オリヴィアが秘密を打ち明けたいと言うので、侍女は会話の聞こえない距離まで離れて貰った。きちんと我々の姿は見えているから、問題はない。オリヴィアは、恐る恐る話を始める。なにか言いにくい事でもあるのだろうか?


「マーティンは、教会に行く?」


「ああ、行くぞ。騎士は危険な仕事も多い。貴族の中では、教会に馴染み深い方だと思う」


「……なら、前世持ちって知ってる?」


「知ってる。まさか、オリヴィアは前世持ちなのか?」


「そうなの。思い出したのは最近よ。殿下とロザリーが抱き合ってた姿を見た後倒れたでしょ? あの後思い出したの」


あの日か……。オリヴィアが倒れて、焦った事だけは覚えている。いつの間にかウィルも居て、サイモンと2人でテキパキとオリヴィアを寮へ運んだ。


私は、手を出す暇もなかった。


自分が情けなくて……理事長先生に嫉妬したように、ウィルやサイモンにも嫉妬した。


前世持ちの方は、未来が観える事も多いと聞く。私も教会に通っているうちに何人か知り合いになった。未来が視えると、考え方が変わり性格が変わる方も多い。オリヴィアは倒れてから変わった。


こんなにキッパリ殿下を拒絶したりしなかったし、以前より明るく笑うようになった。それに、なにかに怯えているような……。


「もしかして、未来を視たのか?」


「そうなの! 視えたの! 話が早くて助かるわ! エドワードは知らなかったから、マーティンにも説明しないといけないかと思ってたの」


そうか。エドワードにも話したのか。

自分だけに話して欲しかった。ん? 何だこの気持ちは……。


胸が一瞬だけチクリと痛んだ。


「マーティン、どうしたの? もしかして、マーティンは前世持ち否定派だった?」


あれだけたくさん前世持ちが存在するのに、否定する人も居る。証拠がない、変えられる未来など未来予知ではないと主張するらしい。小さな子どもが教えてもいない他国の王族の名前を知っていたり、親を事故から救ったりするのだから、私は前世持ちの人が未来予知をする事はあるのだろうと思っている。教会を邪魔だと思う一部の権力者などは、前世持ち否定派が多いな。そんな家で前世持ちの子が産まれたら悲惨だ。


オリヴィアの家も、前世持ち否定派だろうな。だから、伝える人間を選んでいるのだろう。


「私は前世持ち否定派ではない。実際、何人か前世持ちの人を知ってるからな。騎士の中にも何人か居る。襲撃を予測してくれたりして、救われた事もある。だから、私はオリヴィアを否定したりしない。安心してくれ」


「良かった……」


「オリヴィアが前世持ちだと知ってるのは誰だ?」


「理事長先生と、エドワード、サイモンとウィルよ」


……そうか。

少しだけ残念だ。彼らは私よりもオリヴィアの信頼を得たんだな。


「それでね、わたくしが視た未来は複数あったんだけど、どれも悲惨なの。だから、未来を変えたくて。その為にも、さっさと殿下と婚約解消したいのよね」


「殿下と結婚すると、悲惨な未来が待っているのか?」


「殿下と結婚する未来はほとんどなかったわ。わたくしは複数の未来が視えるの。ほとんどは、婚約破棄されて修道院に入れられたり、国外追放されたり、処刑される。王妃になる未来も視えたけど……出来れば遠慮したいわね」


「処刑?! 何故そんな事になるんだ!」


「先生やエドワードが言うには、わたくしが王家の秘密を知ったからじゃないかって言ってたわ。殿下は、ロザリーと結婚したくてわたくしを捨てるの。で、王家の秘密を知ってるわたくしを生かしておけなかったんじゃないかって。わたくしもロザリーを虐めたりしたんだけど……あ、それはわたくしが視た未来の話で、実際は虐めなんてしてないわよ!」


「当然だ! オリヴィアは学園にほとんど通えていない。戻ってもすぐに平民クラスに移ってロザリーの顔も見てないだろ。それに、ロザリーが虐められてる様子はない。確認しろと殿下に言われたからな。間違いない」


ロザリーが話してくれないのは、貴族達に虐められてるからではないか。そんな事を言い出した殿下の命令で、私はロザリーの周りを探った。結果、彼女は特に虐めなど受けていない。媚を売る貴族は日に日に増えているが、当たり障りのない対応をしているし、社交性は高いようだ。


「そう。良かったわ! でないと、ロザリーを虐めた人達が処刑されてしまうもの」


「虐めは許し難いが、処刑はないだろう」


「王族の決定は絶対よ。殿下が王妃になるロザリーを虐めたって理由で、たくさんの人が処刑されるわ。止められて良かった……!」


「とんでもない未来だな。そんな事をすれば、王族への信頼が揺らいで国が傾くぞ」


オリヴィアは高位貴族。法で定められた罪を犯しているならともかく、そうでないなら王家が私怨で権力を行使していると見做される。ただでさえ国王陛下の評判は悪いんだ。跡取りである殿下がそんな事をすれば、革命が起きるぞ。


「そうよね……。未来のわたくしはロザリーを殺そうするからわたくしは処刑されても仕方ないんだけど、他の方はせいぜい意地悪を言ったり、無視したりした程度なのに処刑されるの」


「殺人未遂か……確かにそれなら処刑もあり得るか。いや、でもオリヴィアは高位貴族だ。猶予期間は必ずある」


「わたくしはすぐ処刑されたわよ」


「そんな愚行許される訳ないだろ。処刑したのは誰だ!」


殿下に直接手を下す度胸はない。刑の執行は、誰か別の者が行った……まさか……。


「え、えーと……未来はもう、変わってるし、あり得ないから言うんだけど……」


オリヴィアが、言いにくそうに目を逸らす。まさか……。


「私が、オリヴィアを殺すのか」


「う、うん。わたくしには、そんな未来も視えたわ」


言葉が出ない。こんなに可憐なオリヴィアを、私が、殺すのか……。


「マーティン! マーティン!!!」


ショックで呆然としていたのだろう。気が付くとオリヴィアと私の侍女が心配そうに見ていた。


「ごめんなさい……。マーティンは何も悪くないのに、嫌な話を聞かせてしまって。あのね、わたくしもロザリーを殺そうとするのよ」


「オリヴィアはそんな事しない!」


「でしょう? だから、マーティンもわたくしを殺したりしないわ」


そう言って笑うオリヴィアは、テキパキと茶の準備を整えてくれた。私がオリヴィアを殺す、そんな未来が視えたのに私に怯える様子はない。良かった……オリヴィアに嫌われなくて本当に良かった。


私の侍女は、毒見役も兼ねている。侍女が毒見した茶を飲むと、とても美味かった。貴族令嬢がこんなに美味い茶を淹れられるなんて、オリヴィアは凄いな。


「あの、良かったらクッキーもどうぞ。もちろん、毒見してからね」 


あまり甘いものは食べないのだが、侍女が私の好きな味だと言うので食べてみたら驚いた。


「美味い……! 甘さが丁度いい。塩が少し入ってるな。こんなクッキー、初めて食べた。これならまた食べたいな。サイモンの店の新商品か?」


「これ、わたくしが作ったの。まだ試作品なんだけど、上手く出来たでしょう?」


「まさかオリヴィアが作ったとは……! 店の商品だと思っていた」


「お上手ね。気に入ったならまた作るわ。だからね、わたくしの話を聞いて」


オリヴィアはたくさんの未来を視たらしい。だが、どの未来も彼女には受け入れられないそうだ。そうか、オリヴィアは本気で殿下と別れたがっているのか。


彼女の前世は古代語が日常的に使われていたらしい。ロザリーも古代語の成績が飛び抜けて良いから、前世持ちなのかもしれないそうだ。


オリヴィアとロザリーを密かに会わせる計画に協力して欲しい。そう頼まれた。殿下に内密でロザリーと会いたいなら私の協力は不可欠だ。私なら、ロザリーとクラスで会う事も多いし、殿下の行動範囲も把握している。


協力を快諾したら、オリヴィアはとても喜んだ。お礼がしたいと言うので、クッキーをまた食べたいと言えば、笑顔で快諾してくれた。


「オリヴィア、そのクッキーはみんなも食べたのか?」


「ううん。これは今日初めて作ったから誰にも食べさせてないわ」


「……そうか。なら、お願いだ。そのクッキーは、私にだけくれないか?」


「え?! 他の人には食べさせられないくらい不味い?! マーティンは優しいものね。不味かったら不味いって言ってよ!」


「違う。味は好みだ。美味いって言っただろ。そうじゃなくて……あまりに美味いから独り占めしたいんだ。ずっととは言わない。卒業までで良いから。サイモンがこのクッキーを食べたら、すぐに売り出されてしまいそうだからな」


「分かったわ。ならこのクッキーのレシピはしばらく秘密にしておくわね。食べたくなったらまた作るわ。あ、それよりマーティンのお家にレシピを渡す?」


「いや、私はたまに食べられたら満足だ」


オリヴィアが作ってくれる事が大事なのだから。私は、自分の気持ちを自覚した。決して誰にも言えないが……彼女が鎖から解き放たれるのなら、私の元へ飛んできてくれないだろうか。

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