第21話【アイザック視点】

理事長先生は、オリヴィアを追って行ってしまった。


「アイザック様はロザリー様とご結婚なさるおつもりでしょう? 今すぐ婚約解消して下さいまし」


オリヴィアが笑顔でそう言った時、なんと答えて良いか分からなかった。


昨日は理事長先生に叱られてから、一晩中眠れなかった。オリヴィアに謝ろうと訪ねたら、城に戻ったと聞いた。だけど、私は城に帰れなかった。


城には、エドワードが居るだろう。怖くて……エドワードの顔が見れない。


「明日は休みです。城に戻られないのですか?」


マーティンが言外にオリヴィアと話せと言っている気がしてしまう。


きっと、私の愚行を見たのだろう。


それでも……私はロザリーが好きだ。


だけど、王妃になれるのはオリヴィアしか居ない。そんな事分かってた。ロザリーは、古代語の成績は良い。おそらくオリヴィアよりも古代語は出来る。王家の秘密は全て古代語で書かれているから、読み書きは王妃に必須のスキルだ。


だけど……他は下位貴族並み。特にマナーはギリギリだ。


オリヴィアと比べるまでもない。オリヴィアは古代語は苦手だが、他はほとんど満点。


王家が支持されている時なら強引にロザリーを王妃に据える事も出来ただろう。だが、今は情勢が良くない。オリヴィアのように、貴族に好かれる王妃が必要だ。


だから、我慢してオリヴィアと結婚しようと思った。ロザリーについては、密かに囲うか……そんな事を考えていた。


だけど、賢いオリヴィアには全てお見通しだったんだな。王妃になるのはオリヴィアだと言えば、今までのように喜ぶと思った。だが結果は酷いものだ。


今まで見た事もないような冷たい目で見られ、私が深く考えていなかった事を嘲笑うように的確に言葉で急所を突く。


私は、オリヴィアをお飾りの王妃にしようとしたんだ。

私は、オリヴィアもロザリーも大事にしてなかったんだ。


オリヴィアを殺すつもりも閉じ込めるつもりもなかった。だが、それが甘い考えなのだと突き付けられる。ロザリーを望むなら、オリヴィアに明るい未来はない。国王が不貞をすれば、国は終わってしまう。


オリヴィアと、ロザリー。

どちらも私の人生に必要な女性だ。


だけど……。オリヴィアはもう私を必要としていない。もう私を愛せないと言った。あの目は、私を蔑んでいた。


彼女はいつも一生懸命で、大変な王妃教育を笑顔で受けてくれた。私が薔薇を一輪渡せば喜んで努力してくれた。


エドワードには、もっとオリヴィアが喜ぶ物を考えろと言われた。そういえば、私はオリヴィアの好きな色も知らない。


ドレスはいつも私の髪と瞳の色だったし、贈る薔薇はいつも同じ。ケーキだって同じだ。ロザリーには、毎回違う菓子を用意して、何種類もの花を渡し、時にはアクセサリーも……。


不機嫌な顔をしたエドワードを思い出す。


「もっと婚約者を大事にしろ。オリヴィアは、ケーキじゃなくて……」


この先が、思い出せない。


オリヴィアは、ケーキが好きではなかったのか? 私はケーキしか渡した事がない。


私は今まで、婚約者の何を見ていたんだろう。ショックを受けていたら、先生が戻られた。


オリヴィアを王妃にするのは無理だと仰る。なら、どうしたら良いんだ? ロザリーには無理だ。そう言ったら、先生は渋い顔をなさった。


教えるのはまだ早かった。まずは、ちゃんとオリヴィアに謝罪しろ。ロザリーともきちんと話せ。本当に、ロザリーはアイザックを慕っているのか?


そう言われて、部屋から追い出された。


やりかけだった勉強の答えは分からないままだ。


私は、オリヴィアを訪ねようとした。だけど、寮に行く勇気が出なかった。学園で話そう。そう思っていたら登校してすぐに理事長先生から希望者に試験をすると通達があった。平民クラスの授業がハイレベルなのは有名だから、貴族から授業を受けたいと希望があったそうだ。すぐに希望者を募って試験が行われた。予告はなかったから、誰も準備なんて出来ていない。すぐに行うので、希望者は今日の授業は休んで試験会場に来るようにと言われた。


私は、ロザリーとオリヴィアが試験会場に行く姿を見てフラフラと試験会場に入った。そこには、10名に満たない生徒が居た。みんな成績上位の優秀な貴族達だ。エドワードも居た。オリヴィアは私の姿を見ても、以前のように駆け寄って来る事はない。失礼にならないように形式的な挨拶をしただけだ。そんなオリヴィアの様子に、貴族達は騒ついた。


エドワードからは物凄い目で睨まれた。


謝ろう、そう思ったら先生が入室して話す暇はなかった。


試験が終わったら今度こそオリヴィアに謝罪しよう。そう思っていたのに。試験は終わった者から退室する事が出来て、難しい問題に四苦八苦していたらいつの間にかオリヴィアは退室していた。


夕方には合格者が発表され、合格したのはオリヴィアとエドワードだけだった。2人の希望ですぐに平民クラスに移るそうだ。今回は突然だったが、今後は2ヶ月に1回試験をするので何度でもチャレンジ出来る。安心してくれと説明された。


それから、学園でオリヴィアと会う事は出来なくなった。一部の貴族達はロザリーに群がるようになったが、ほとんどは私を批判的な目で見ている。


オリヴィアと親しかった令嬢達は、彼女の邪魔をしないように近寄るのをやめたと聞いた。


毎日平民クラスに通っているエドワードは、早朝から出かけて遅くまで帰らない。私を避けているようだ。


何度もオリヴィアを訪ねようとした。だけど、彼女はほとんど寮に居ない。会わないといけないのは分かってるのに怖い。どうしたらいいか分からない。困っていると、オリヴィアから手紙が届いた。


恐る恐る開くと……早く婚約解消をしてくれと書かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る