第20話【モルダー視点】

オリヴィアは、前世持ちだった。思い出したのは倒れた時だと言う。彼女は悪役のように非道な事を繰り返し処刑されたり追放されたりする未来が視えたそうだ。なるほど、だからアイザックへの愛が冷めたんだな。オリヴィアは悪女ではない。婚約者として尽くしたオリヴィアを処刑するなんて……。きっと、王家の秘密を知ったオリヴィアを生かしておけなかったのだろう。


「教会に熱心に通っていなければ知識もないだろうし、自分が死ぬ未来なんて怖かっただろう?」


「大丈夫ですわ。最初は怖かったですけど、前世持ちはたくさんいらっしゃるし、未来は変えられると教えて頂きましたの。だから、今は怖くありませんわ。わたくしの視た未来は複数ありましたが、ほとんどわたくしは死にます。わたくしだけならまだしも、友人達も死ぬのです。だから未来を変えますわ。早く平民になって先生の授業を受けたいのです」


オリヴィアに教えたのはウィルだろう。ウィルは貧民街出身だから、教会を頼る事も多いと推察できる。知っていても不思議はない。サイモンは裕福だから、知らないだろうしな。


オリヴィアはウィルに相談したんだろう。親しいのは知っていたが、そこまで気を許しているとは思わなかった。


アイザックには相談しないだろうな。


今、理解した。オリヴィアが王妃になるのは無理だ。彼女は国一番の才女。しかも、社交的で人気者だ。俺はオリヴィアが王妃になれば国は安泰だと思っていた。アイザックも、オリヴィアを王妃にすると言っていたからな。


けど、それは大人の勝手な考えだった。俺は教師。子ども達を導くのが仕事だ。オリヴィアが王妃になって欲しいと望むのは汚い大人だけ。本人が望まない未来を大人が押し付けてはいけない。


彼女はアイザックを泣く泣く諦めたのではない。さっきから俺の授業の話ばかりでアイザックの事など一言も口にしない。以前と明らかに違う。本気でアイザックの事を嫌っている。まぁ、そりゃそうか。冷たいわ、仕事は押し付けるわ、挙句に浮気だろ? 100年の恋も冷めるわな。


学園の授業は、進捗具合を毎日確認して進めている。1年しかないから効率良く進めないといけないからな。貴族は最低限の知識とマナーを。平民は貴族の授業に加えて国の中枢で働けるように歴史・経済・政治などを学ぶ。元々平民クラスは頭の良い子がほとんどだから、猛スピードで授業をする。ついていけない子は別途補習をする。将来がかかっているからみんな必死だ。


貴族は社交をする余裕があるが、平民はない。オリヴィアを深夜に見舞っておきながら、昼間は集中して授業を受けて、予習復習までしていたウィルの体力は騎士並み……いや、必死で学ばないと特待生試験で満点なんて取れない。体力は騎士よりあるかもしれん。


今期の生徒は優秀な者が多い。ウィルは学園始まって以来の天才と呼ばれているが、その影でとても努力している。図書館に閉館まで居る事も多いし、登校時間も一番早く、下校時間は一番遅い。必死な者が多い平民クラスの中でも、彼は人一倍努力をしている。


サイモンは、ウィルが居なければ最優秀生徒を狙えただろう。経済学の成績は、ウィルよりも良い。ウィルは満点だが、サイモンは満点の上に更に追加点が出せるような成績を叩き出す。満点が当たり前の2人に刺激されるのか、経済学の授業は生徒の目つきが違う。


たまに、俺でも分からない事を聞いてくる。だから負けられない。俺も必死で勉強している。今年の経済学の授業のレベルは例年よりもかなり高い。


エドワードは、授業はオリヴィアと同じくほとんど出席出来ていない。だが成績はオリヴィアかエドワードがトップだ。とても賢く、自分の求められている事を分かっている。だが、子どもらしい経験が足りない。だから、学園で学び、遊んで欲しいと思っている。


マーティンは、体力はあるが勉強は苦手のようだ。だが、素直で優しい。勉強も必要性を説いてやれば苦手ながらも取り組んでくれるし、体力のない生徒をフォローしてくれる事も多い。真面目過ぎる時もあるが、それが彼の良いところだ。


突出しているのはそれくらいか……。あとはロザリーも成績は良いな。マナーはまだまだだが、他の成績はかなり良い。平民出身で古代語が読めるのは凄い。それがきっかけで、アイザックと仲良くなったようだしな。授業中や休み時間の様子を見る限り、アイザックから寵愛されているからと調子に乗っている様子はない。だから、今まで誰も文句を言わなかった。でなければオリヴィアが不在の間にトラブルに発展していただろう。


アイザックのオリヴィアへの態度は酷いと思う。あれだけ言われて、謝罪すらしないなんてあり得ない。オリヴィアが自分を利用するつもりだろうと指摘した時、口籠もっていた。オリヴィアをどうするつもりだったんだろうな。もう一度問い質さなければ。知識を教える前に、倫理観を叩き込む必要がある。


オリヴィアの話を聞いたらもう一度アイザックと話をしよう。理事長室に残っていれば良いが、逃げていたらさらに説教だ。


一番の問題は大人達だ。いくら王家に当てになるヤツが居ないからって、まだ結婚もしていないオリヴィアに頼ろうとするなんて馬鹿げてる。オリヴィアの儀式を止めて良かった。でないと、彼女は好きでもない男と結婚せねばならなくなるところだった。


オリヴィアが頼りになるからといっても、結婚まで待てない訳ないだろうに。オリヴィアを頼ろうとした文官は若い者ばかりで、俺の教え子も多い。下らない提案をするなと叱ったら震え上がっていた。


彼女は頑張り過ぎていた。大人が子どもを頼りにするなどあってはならないが、頼りたくなる程にオリヴィアは優秀だ。いつも少し疲れた様子だったオリヴィアは、目を輝かせて俺の授業を望んでくれている。


無邪気に笑う彼女は年相応の笑みを浮かべている。今の方が素に近いのだろう。


俺は生徒の為に出来る事をやろう。そもそも、俺がオリヴィアを追うのではなくアイザックが婚約者のオリヴィアを追うべきだったんだ。心底呆れるな。オリヴィアの話を聞いて、自分の所業がどれだけ彼女を追い詰めたのか理解して欲しい。


2人は結婚するべきではない。そう思うが、理想の王妃になると言われているオリヴィアだからな。どうしたものか……。


「先生? どうなさいました?」


「……ん? ああ、悪い。アイザックを叱ろうと思っているのだが、叱る事が多過ぎて何から叱れば良いかと思ってな……」


「アイザック様をお叱りになるのですか? どのような理由で?」


以前は頬を染めてアイザックと呼び捨てにしていたオリヴィア。敬称を付けて冷たく呼ぶ様子を見て、ああ、彼女の恋は終わったんだと理解する。


「アイザックはオリヴィアを蔑ろにし過ぎている。まさかあそこまで酷いと思わなかった。今だって、俺ではなくアイザックがオリヴィアと話すべきだろう。俺がオリヴィアを追ったのに、アイザックは部屋から出る事すらなかった。反省したと思っていたが……俺の指導不足だ。すまない。きちんとオリヴィアと話すようにアイザックに伝えるから」


「え……。今更謝られても嬉しくありません。謝罪なんて要りませんわ。顔を見るだけで吐き気がしますもの。ふふっ……わたくし、冷たい女ですわね」


「オリヴィアは冷たくなんかない。優しく、情の深い素敵なレディだ」


オリヴィアは、花が咲いたような美しい笑みを見せてくれた。こんな顔、初めて見る。


「追って来て下さったのが先生で良かったです。先生、平民クラスの授業が受けられるのはいつからですか? 特に経済学が素晴らしいと聞いておりますの! 楽しみですわ!」


以前の凛とした様子と違い、無邪気に、残酷にアイザックを拒絶するオリヴィア。自分で冷たいと口にしているのに卑屈なところはない。心底どうでも良さそうだ。それより自分の興味のある事を話したがる。夢中で俺の授業内容を知りたがるオリヴィアに惹きつけられる。子どもだと忘れてしまいそうだ。


嫌われたアイザックが哀れだが、自業自得だとしか思えなかった。

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