幕間『ジョーカー請求』 ツグミ・ギアの場合

――ジョーカーは巡目の最初に出せば切り札の柄を指名する。

――場に指名された柄を持っていて、パスをしたい場合にも、ジョーカーを出すことは可能である。

――クラブの三はジョーカーを請求し、クラブの三が出されるとジョーカーを出さなければいけない。



 リリアとレオーネがお休みを言って部屋に戻ってから、シャワーを浴びにバスルームに入ったジーンと、研修の報告をタブレット端末で書いていたツグミだが、ふと水音に落ち着かなくなって、ツグミは軽くバスルームの扉を叩いた。びしょ濡れのまま、腰にバスタオルだけ巻いたジーンが細く扉を開ける。


「ツグミ、トイレ?」


 空色の目を瞬かせて、どうぞと中に入れてくれたジーンに、後ろ手でバスルームの鍵を閉めて、ツグミは濡れた細い体を抱きしめてキスをした。濃厚なキスを受けて、ジーンが目を閉じる。


「寂しかったのは俺だけ?」


 一泊二日の研修を終えてのツグミに、ジーンは伏せた睫毛を持ち上げて、小首を傾げた。


「一泊だけだ」

「俺は寂しかった」


 シャツとズボンと下着を脱いで、ジーンの腰を抱えるようにするツグミに、ジーンは感情の薄い顔をやや混乱の色に染める。


「シャワーを浴びたいなら、もうすぐ出るから……」

「最近、二人きりの時間が少ない。ジーンが欲しい」


 耳元で囁かれて、ジーンは視線をさまよわせた。


「こういう狭い場所は……いい思い出がない。ベッドに行こう?」

「待てない、上書きさせて」


 それに、寝室ではいつレオーネがノックするか分からないと、ジーンのバスタオルを剥いで強く引き寄せたツグミに、ジーンはキスで了承の意を示す。ツグミはジーンの体を深く抱きしめた。




 シャワーのせいだけではなく、ほんのりと頬を染めて、リビングのソファの上にくったりと目を閉じてもたれかかってるジーンの髪を、ツグミが丁寧にドライヤーをかける。ちりっと肩と首の間に走った痛みに、ツグミは背中側の赤い一筋の蚯蚓腫れに指を這わせた。しっかりとしがみ付いていたジーンの爪が付けた薄い傷は、甘い痛みを生じさせる。


「ごめん……」


 ツグミの手が止まったのに気付いて目を開けたジーンが、ツグミが首と肩の間に走った傷をなぞっているのを見て、掠れた声で小さく謝った。慌ててツグミは首を左右に振る。


「あんな狭い場所でがっついた俺が悪いし……ジーン、怖かったんだろ?きつくない?」


 軍を辞めるきっかけとなった事件を思い出して、いくら欲求不満だったからといって無理をさせすぎたかと反省するツグミに、ジーンは僅かに眼元を緩ませた。


「平気……と言いたいが、正直だるい。寝よう、ツグミ」


 両腕を差し出されて、ツグミはドライヤーを片付けて、軽々とジーンの体を抱き上げた。そのままベッドに連れていく。


「お休み」


 つむじにキスを落とす前に、ジーンはすでにまどろみ始めていた。



 ジョエル、カイ、ツグミの署でも若手の三人衆が、バーで飲むとなると、やはり話はそういう方面になる。


「実際、どうなんだよ?」


 話を振られて、ツグミは照れ臭そうににやけた。


「ちょっと、話せないなー。ジーン、あれでいて、すっごい恥ずかしがりだから」

「その顔だけで分かったよ」


 うんざりとした表情になるジョエルに、ツグミは首筋の傷に指先で触れながら、まだにやけている。


「新婚早々、あんな大きな子どもが来て、やることやれてないんじゃないか?」


 単刀直入なカイに、ツグミはため息を付いた。


「それは……そうだな」


 健康な二十四歳男性である。普通にやることはやりたい。というか、ツグミは特に体力がある方なので、持て余している感すらある。だからといって、レオーネを引き取ったことについては、全く後悔はしていなかった。ジーンとレオーネは仲がいいし、レオーネが来てから、ジーンとの距離が縮まった気すらする。ダニエル・リードの事件が収まってから、落ち着いていたジーンの雰囲気が、最近更に穏やかになった気がするのは、やはり、レオーネの存在が大きいだろう。


「レオーネとジーン、時々連弾してたりして、可愛いんだ……」

「すっかり父親だな」


 苦笑するジョエルに、カイが「ジョエルはどうなんだ?」と水を向ける。


「俺は、魅力的な相手がたくさんいて、選べない、かな」

「ロザリンドとはどうなんだよ?」


 問いかけるツグミに、ジョエルは吹き出した。


「ないない。それ、俺とヴァルナがって方が確率高いよ」

「そこまで言うと逆に怪しいな」


 唇を斜めにしたカイに、ジョエルが緑の目を向ける。


「じゃあ、二人目の生まれたカイはどうなんだよ?」

「うちは……もう、フェリア様がお美しくて……」

「あー出た!『様』付け!」


 指摘されて、カイは「フェリア様には内緒にしろよ!あの人、夫婦は平等だって、めちゃくちゃ怒るから」と口止めをした。

 ヴァルナ然り、アスラ然り、フェリア然り……ガーディアの兄弟はみんな、別々の優秀な遺伝子を実験的に使って、一人の母体から産みだされている。特にフェリアは、かなり昔のヨーロッパの王族の遺伝子とかで、容姿端麗で威厳に溢れているので、出会った瞬間から『様』付けしていたら、付き合う時に「恋人同士は平等!」と叱られたカイである。ちなみに、鈍いフェリアは自分が年上だからそう呼ばれているとしか思っていなかった。


「あの人は、妊娠が分かった時の『え!?俺、妊娠できたの!?じゃあ、俺が立派に育てるから!』が忘れられなくて……」


 一生付いて行こうと思いましたと述べるカイに、ツグミがグラスを持ち上げる。


「二人目おめでとう。名前は決まったのか?」

「ナディーンだよ。ナディーン・ガーディア」


 今日はフェリアに頼んで飲み会に来ているカイに、ジョエル、ツグミがグラスを合わせた。


「俺は結婚よりも、まず、兄さんだな」


 一気に飲み干して嘆じたジョエルに、「意外と近くにいるかもよ」とカイが背中を叩いて慰めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る