3.ハートで十三枚
クリスマスにはジーンがレオーネに欲しがっていた楽譜を、ツグミにジーンの弾いたクラシックの録音データを、リリアにはミシンをプレゼントした。リリアはレオーネに手縫いのベッドカバーを、ツグミとジーンには、指輪が付けられない時のための指輪を通すためのお揃いの革のネックレスをプレゼントした。ツグミはレオーネに腕時計型の携帯端末を、ジーンにオルゴール付きの写真立てを、リリアにレースを一巻きプレゼントした。
「こういうクリスマスを過ごしたのは初めて。嬉しいな。ありがとう、レオーネ、ジーン、ツグミ」
一番はしゃいでいるのはリリアに見えたが、レオーネもたくさんのプレゼントを前にほんのりと頬を染めている。
「パパとママがいた頃みたい……」
二年前、七歳で両親を失った後、里親のところを転々としていたというレオーネ。クリスマスでちょうどレオーネが来てから一週間が経っていた。
「来週には最初の監査がくるから、ジーン仕事空けといて」
端末を覗いたツグミに、ジーンは自分の端末に予定を入れる。
「来年度には、私はデザイン科の大学に進む予定だから……その、ラヴィーナって子が来るんなら、部屋を空けても大丈夫よ?」
「リリアの帰る場所がなくなる」
「ジーンの部屋に泊まるから大丈夫」
ピースサインをしてみせるリリアに、「タバコの匂いがうつる」と僅かに苦い表情のジーン。
「タバコやめたら?」
ツグミに言われて、ジーンは沈黙した。
手続きなので、と前置きをして監査の担当のスタッフはジーンを個人的に別室に呼び出した。窮屈なスーツに身を包み、緩くだがネクタイをしたジーンは、無表情で面談室のソファに腰掛ける。
「ミスター・リード、あなたは性的暴行をされた経験がおありだそうですね」
「それが、なにか?」
「カウンセリングには規定回数通いましたか?」
「通った」
「父親から虐待を受けていたという報告もありましたが」
「事実だ、それで? 父親から虐待を受けていて、性的暴行の経験のある同性愛者は、同性の子どもを虐待して性的暴行を加えるとでも?」
怒っているというよりも、むしろ不思議そうに淡々と問いかけるジーンに、担当スタッフは苦笑した。
「あなたの職場での評判は聞いています。理性的で理知的な人物だということも。確認です、ただの」
「子どもが傷付くのは、あなた方にとっても気持ちのいいことではないだろうからな。理解しよう」
静かに答えて、ジーンは面談を終える。同じようなことを聞かれたのであろうツグミが、明らかに不機嫌な顔で違う部屋から出てくるのに、ジーンは宥めるように軽くツグミの腰を叩いた。
「警察官で本当に良かったと思った」
一応、信用のある職業なのだということで不問にされたが、ジーンの過去の事件の発覚はレオーネを即座に取り上げられてもおかしくはない。待っていたレオーネが二人そろって廊下を歩いてくるスーツ姿のジーンとツグミに飛び付いた。
「僕、ツグミとジーンのところにいてもいいって?」
不安そうに見上げてきた青い目に、ツグミが笑いかける。
「大丈夫だよ」
「良かった……ジーンはお父さんみたいだけど、ツグミはお兄さんみたいって、僕が言っちゃったから、二人が怒られてるのかと思った」
レオーネはレオーネで面談をされていたらしい。お兄さん、と言われて、実際に十五歳しか年が離れていない事実に気付いて、ツグミが吹き出す。
「俺、お兄さんか……え?じゃあ、ジーンがうちの一家のお父さんで、俺が長男で、リリアが長女で、レオーネが次男?」
「笑いごとか」
ため息を付きながらも、ジーンはネクタイを解いて鞄の中に突っ込んだ。そして、レオーネと手を繋ぐ。
「ツグミ、近くの公園で降ろしてほしい。レオーネと少し歩いて帰るから」
半休しかとっていないツグミは、これから仕事に戻らないといけなかった。マンションの近くの公園でジーンとレオーネを降ろし、二人の頬にキスをしてハグをして、ツグミは仕事に戻る。
芝生の公園を、ジーンはレオーネと並んで歩いた。
「私とツグミはどちらも男性で、レオーネも男性だから、最初に私が『気に入った』という表現をしたのが、恐らく引っかかっているのだと思う。だが、私のパートナーはツグミで、ツグミのパートナーは私で、レオーネはちゃんと子どもとして愛したいと思っている。私は十二歳で軍学校に入れられて、それ以前も両親とはほとんど関わりがなかったから、ちゃんと親になれるかは分からないけれど、レオーネの保護者でありたいと思っている」
真面目なジーンの言葉に、レオーネは頷く。
「分からないところもあったけど、ジーンが僕のお父さんになりたいって言うのは分かった。ツグミもそうなんだよね?」
「そうだな」
「じゃあ、僕も施設に戻されないように頑張る」
青い目に決意を宿らせたレオーネの小さな凛々しい表情に、ジーンは眼元を緩めてその天使のような金色の巻き毛を撫でた。そして、公園のベンチに腰掛ける。
「ワガママがいいたいんだろう?」
ふっと僅かに笑んだジーンに、レオーネが「どうして分かったの?」と目を丸くした。ジーンは短く、「親だから」と答える。
「ツグミのお弁当……僕のはフライドチキンとかポテトとか入れてくれるけど……なんか、クラスのみんなのと違って……僕も、フレンチトーストとか、ピーナッツバターサンドとか、ドーナッツとか……毎日じゃなくていいから、時々はそういうのが食べたいなって」
もちろん、ツグミのお弁当が美味しくないわけじゃない、と必死に言い訳するレオーネに、ジーンは頷いた。
「分かっている。私から言っておこう」
「……ジーン、いつから気付いてたの?」
「最初の方かな」
「ツグミ、傷付かないかな?」
「ツグミはそんなに子どもじゃない」
だから、もっとワガママを言っても大丈夫だと軽く抱き寄せた瞬間、制服警官がものすごい勢いでジーンとレオーネのところに走って来た。
「失礼ですが、身分証明書を確認させてもらえますか?」
ただ事ではない雰囲気に、ジーンは警察のバッヂを取り出す。警察ラボ職員だが、ジーンは一応、警察官でもある。
「警察ラボのジーン・リードと、里子のレオーネ・ブローシュだ。児童誘拐か?」
「失礼しました。十歳の金髪の男子児童がこの付近で行方不明になっていて、アンバー警報が出ています」
「分かった。息子を自宅に送り届けたら、すぐに応援に向かう」
立ち上がったジーンを、レオーネが不安そうに見上げてきた。
「ここはレオーネの通学路でもあるから、私は仕事をしてくる。リリィと留守番を頼む」
抱き上げて足早に自宅に戻るジーンに、レオーネは必死にしがみ付く。
「撃たれたりしないでね。絶対に怪我をしないで帰って来てね」
「気を付ける」
部屋にレオーネを入れて、高校から帰っていたリリアに声をかけると、ジーンは足早に駐車場へ降りて行った。
リビングでレオーネと身を寄せ合って、リリアがテレビを付ける。
児童誘拐の情報がテロップで流れ続けて、リリアとレオーネは見るともなしにそれをずっと見ていた。いつの間にか、二人はぎゅっと手を繋いでいる。
「ジーンも、ツグミも大丈夫だよね」
「大丈夫だよ、ジーンもツグミも、強いもん」
互いに言い聞かせるようにしながら。
現場担当の警察官が持ってきた証拠を受け取っていると、アージェマーがコーヒー片手に休憩室から顔を出した。明らかに寝ていない風情のアージェマーに、ジーンがため息を付く。
「アージェマー、仕事が好きなのは分かるが、体も大事にした方がいい。まだ若いからいいかもしれないが、私の年になると、酷いぞ」
「年端もいかない子どもを浚ったかもしれない奴がいるのに、安穏と寝ていられるか。そっちこそ、今日は有休をとっていたんじゃなかったのか?」
「うちの息子と年の変わらない子どもが、息子の学区で浚われて、休んではいられない」
「人のことは言えないな、ジーン」
にやりと笑われて、ジーンは証拠をテーブルの上に下ろした。
落ちていた片方だけの靴、その近くのタイヤ痕のデータ、タイヤ痕のところに落ちていた微細物の分析……。
「ガーディアのところ、生まれたらしいな」
タイヤ痕から車種を特定するプログラムにかけている間、ジーンがツグミの同僚であるカイが育児休暇を申請したことについてぽつりと呟くと、「帝王切開なのに、ガーディアは一週間で仕事復帰するからな」とアージェマーが笑う。このラボにはワーカーホリックしかいないのかと、主任が頭を抱えるのが見えそうだった。
「ガーディアが戻って来ても、この忙しいラボで、ジーンが首を切られることはないから、安心しろ」
言われて、ジーンも少し笑ったようだったが、タイヤ痕の結果が出て、すぐに液晶画面に向き直る。
「ごく普通のタイプのもので、この街ではごまんと使われているタイプだな」
「待て、ジーン。タイヤのすり減りに特徴がある」
街中の舗装された道を移動したのではこうならないと指摘したアージェマーに、ジーンは微細物の分析結果を受け取りに行った。
「山岳地帯を多く通っている。こっちの微細物に、北の地域にしかない岩石の破片が混じっている」
「行方不明児童の両親は離婚していて、再婚していて、別れた父親が街の外れに住んでたの!」
にゅっと現れたロザリンドに、アージェマーとジーンは動揺せず、証拠を示す。
「その父親が、木星行きの宇宙船のチケットを二枚買ってたって情報を、届けようと思って」
ドヤ顔のロザリンドに、ジーンとアージェマーが冷静に突っ込んだ。
「「メールしろ」」
「あ、そっか」
てへへと笑ってから、ついでに結果も聞こうと思ったんだよ、と言い訳をするロザリンドの端末に、アージェマーが情報を送った。
宇宙空港で、父親は逮捕されて、行方不明児童は保護されたという報が流れて、ラボにほっとした空気が流れる。児童が父親から泣いて離れたがらなかったという事実には、児童保護局へ主任が一応連絡をして、再婚家庭でトラブルがないかを見てもらうように指示をしていた。
白衣を脱いでスーツの上着を羽織ったジーンに、アージェマーが眠たそうな目で見送ろうとするのを、ジーンは主任に頼まれて半ば強引に、ツグミの車を借りて家まで送り届けた。
「いい夢を、アージェマー」
「まだ仕事が残ってるのに」
「夢の中で続きはするといい」
部屋に押し込んで、一度警察署に戻って、ツグミのロッカーに車の鍵を返した。事件が落ち着いたからなのか、それだけではないのか、署内は妙にざわついていた。空色の目を瞬かせたジーンの腕が、廊下から引かれる。振り向くと、金髪に青い目の年下の刑事、セリカが真剣な目で見上げていた。
「リード、落ち着いて聞いてほしい。警察官が撃たれた」
「ツグミか?」
「そうだ」
「搬送先の病院を教えてくれ」
「落ち着けと言っただろう。防弾ベストで怪我はない。打ち身だけだ」
「そうか」
はぁと長く息を吐いたジーンに、セリカがロッカールームを示す。
「調書は明日に回すから、今日は連れて帰ってくれ」
ロッカールームに入って、車の鍵を取ったところで、着替えをしようと入って来たツグミに鉢合わせした。問答無用で制服の上着を捲ったジーンに、ツグミは青痣になっている左胸を大人しく見せる。
「大口径の銃か……骨に異常はないか?」
「大丈夫だよ。もう、みんなに捲られまくってて、俺は見世物じゃないんだから」
「無事で良かった」
ぎゅっとツグミの制服を握りしめたジーンを、ツグミは軽く抱き寄せて、つむじにキスをしてから、素早く着替えた。帰りの運転は、珍しくジーンがしたが、ツグミは文句は言わなかった。
「レオーネに、今日のことをちゃんと話して、三人でカウンセリングに行こう」
凶弾で両親を失ったレオーネにとって、里親であるツグミが撃たれたというのは、怪我がほとんどなかったとしても、相当にショックだろう。
「ツグミは体が大きいから狙いやすい。本当に……無事でよかった」
「急に発砲されたから……言い訳にもならないけど」
ごめん、とツグミは肩を落とした。
お弁当をレオーネの分だけピーナッツバターサンドに変えた日、夜にジーンがまだ帰ってくる前に、シャワーを終えて髪を乾かしてもらいながら、レオーネが小さな声でツグミに言った。
「あのね……お弁当、元に戻してほしい。変えてって言ったり、元に戻してって言ったりして、ごめんなさい……でも、ツグミもジーンもリリアも、同じお弁当を食べてる時に、僕だけ違うと思ったら……やっぱり、みんなと一緒より、ツグミやジーンやリリアと一緒が良くて……」
天使のような金髪の巻き毛にドライヤーをかけていたツグミは、レオーネの体を抱きしめる。
「また変えたくなったら、いつでも言って」
「もう言わないよ」
「いいから、今日はそういう気分って日もあるだろうからさ」
抱きしめられてくすぐったそうに笑ってから、レオーネはツグミに真剣な目を向けた。
「ジーンには、ちゃんと僕から言うからね!」
「うんうん……レオーネはジーンと仲が良くて、俺は妬けるよ」
くすくすと笑って、ツグミはまたドライヤーを手にした。
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