番外編『一人ナポレオン軍』 ジーン・リードの場合

――ナポレオンは副官を必ず指名するが、指名した後であまりのカードとカードを入れ替える。

――そのあまりのカードの中に副官に指名したカードがあった場合や、わざと自分の手持ちのカードを指名した場合は、副官なしで、一人ナポレオン軍として戦うことになる。



 昇進試験を受けてみないかと言われて、ツグミは心底驚いた。ジョエルやロザリンド……いわゆるエリート組と違って、ツグミはどちらかと言えば努力に努力を重ねて何とか警察官になった部類である。まだ三年目で、パトロール警官としても慣れているとは言えない。


「いいんですか?」

「受けてみろと言っただけで、受かるとは思っていない」


 アスラの物言いに、ツグミは猛勉強を決意した。

 同期のカイに声がかからなかったのは、警察官になって早々に育児休暇で抜けたのと、これから育児休暇で抜けるだろうという予測の元なのだろう。

 仕事を終えてロッカールームで着替えて、ツグミは部屋に戻った。




 タブレット端末でひたすらに勉強するツグミに、隣りに座っていたジーンが覗き込んで、説明を始める。


「ツグミは権利に関しては詳しいから、省いていい。最近の傾向としては、法律と実技が重視されるらしいから、射撃訓練もしておいた方がいいだろう」


 リビングでドーナッツを齧っていたリリアが、ジーンに目を向けた。


「射撃、ジーンが教えてあげたら?」

「私は、教えるのは下手だ」

「でも、一緒にするだけでもいいよね、ね、ツグミ?」


 リリアの笑顔に、勉強が忙しくてジーンと過ごす時間が減りそうだと思っていたツグミは、こくこくと頷いた。



「ちょっと待て。ジーン・リードの射撃訓練だと?俺も行く!」


 話を聞きつけて最初に乗ったのはカイだった。二人きりで過ごせると思ったのにと、断ろうとするツグミに、赤毛の長身のジョエルが顔を覗かせる。


「ジーン・リード狙撃手のお手並み拝見だって?俺も行く!」

「なになに? 射撃訓練?」


 ロザリンドまで楽しそうに混じって来て、ツグミは断る隙を失った。



 地下の射撃訓練場で待ち合わせしていたジーンは、思ったより多い受講者に目を瞬かせたが、ヘッドガードを受け取って所定の位置に付いた。


「よろしくねージーン」

「よろしく、ロジー。撃ってみて」


 ぴょこんと頭を下げたロザリンドに、場所を譲ってジーンはヘッドガードを付ける。カイ、ジョエル、ツグミも、ヘッドガードを付けた。

 ロザリンドが一マガジン、十五発分を一気に撃つ。ヘッドガードを降ろしながら、終了を告げるボタンをタッチすると、手元のパネルに当たった位置と弾数が表示された。


「どうかな?」

「精度は悪くないが、少し時間がかかっているかな。ロジーの体格なら、一マグ十三発の一型軽いのを使ったら、もっと良くなる」

「そっか……分かった、練習してみるね」


 嬉しそうに銃の交換に行くロザリンドに、次はジョエルがツグミを押し出した。実はあまり射撃が得意ではないツグミは、緊張しながら定位置に付いて銃を構えた。

 一マガジン分、十五発一気に撃ってから、ツグミはタッチパネルに表示された結果にがっくりと肩を落とす。胸と頭の位置を撃ち抜けたのは1発ずつだけで、他はほとんど左に逸れてしまっている。

 全弾中心ではなかったが、的内に打ち込んでいたロザリンドとの差にがっくりとするツグミに、ジーンは空の銃をそのままツグミに持たせて、「構えて」と促した。ツグミが構えると、ジーンが後ろから手を添えて、僅かに斜めになっていた銃身を真っ直ぐに整える。


「ツグミ、右目をつぶってみて」


 言われた通りに右目を閉じると、的の位置の見え方が変わってツグミは左目と右目で見え方が違うと言うのは分かっていたが、改めて驚く。


「ツグミは右利きだが、利き目は左のようだな。だから、銃弾が左に逸れる」

「じゃあ、俺は射撃は無理?」


 絶望的な表情になったツグミに、ジーンは緩々と首を左右に振った。


「そういう人は多い。次の休みにでも、一日、左目を隠して生活すればいい。それで大抵修正できる」

「良かった……」

「後、銃身が傾くと、最悪、送弾不良を起こして、撃てなくなることがある。可能性は低くても、修正しておいた方がいい」

「はい」


 頷いたツグミに、ジョエルが面白そうに目を輝かせている。


「相当詳しいな」

「ある程度、だ」

「まぁ、俺にはご指導はいらないと思うけど」


 自信満々で、ヘッドガードを付けたのを確認して、ジョエルは抜きざまに、二発撃った。完璧に頭と胸を撃ち抜いた結果に、満足げにジーンを見る。


「抜いて一秒以内、充分だろ?」

「確かに、腕は認める」


 ジョエルと位置を変わって、ジーンは銃を腰のホルスターに納めた。抜いた瞬間に、響いた銃声は四発。きっちりと、頭と胸に二発ずつ決めて、ジョエルを振り返る。


「的は動かないが、実際の人間は動くから、確実性を求めるなら、二発ずつは決められた方がいい」

「……えぇー!?」


 気持ち悪いものを見る目付きになったジョエルに構わず、ジーンはカイを促した。


「この状況で、ラストが俺って、ハードル高すぎるよ」

「頑張れ、カイ。骨は拾ってフェリアさんに届けてやる」


 ツグミに肩を叩かれて、カイは銃を構える。一マガジン分十五発撃って、素早くマガジンを捨て、二マガジン目を入れて、十五発。合計三十発撃ったカイの結果がパネルに表示される。撃ち抜いた場所はばらばらだが、一応全部体を模した的内には全弾入っていた。


「速さは問題ない。いっそ、動くもの相手の方が当たりそうな感じだな。マガジンを変えるスピードはとてもいい。ただ、撃つたびに腕が跳ねているんだと思う。それを修正しないまま次を撃っているから、命中率が下がる。なまじ腕力があるから、手首だけで支えようとしてる感じだから、腕、肩、腰の位置を決めた方がいい」

「あー……つまり、姿勢が悪いと」

「言ってしまえば」


 指導を受けて、射撃場に残るジョエル、ロザリンド、カイを残して、ジーンはツグミの袖をつんっと引いた。


「俺ももうちょっと、撃ってから行こうかと……」

「ツグミは利き目の修正をしてからがいい」


 帰ろう、と上目遣いで言われて、ツグミは素直に頷いた。ジョエル、ロザリンド、カイに先に帰ることを告げると、ジョエルが半眼になっている。


「俺も、ハルバート班で世の中には鬼みたいな連中がいるもんだと思ったけど、あれは……」

「ツグミが惚れたのも、ちょっと分かった」


 ぽんぽんとカイに肩を叩かれて、ツグミは真顔になった。


「あの人、あれで、料理させたら、キッチンがすごいことになるんだぞ?」

「できないことが一つくらいあった方がいいよ!」


 明るいロザリンドの言葉に苦笑して、ツグミはジーンと駐車場に向かう。


「ツグミと二人だと思ってた」


 小さく落とされたジーンのかすれ声に、ツグミは自分よりかなり華奢な体を抱き寄せた。


「次は、二人で」


 言ってから、思ったよりも真剣で厳しい指導を、一人で受けられるのかと空恐ろしくなったツグミだった。

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