12.スペードで十五枚

 結婚式はリョウの家の近くの小さな教会で行われることになった。リョウとハンとツグミとジーンの四人で下見に行って、ジーンは教会のピアノに触って、結婚行進曲を自分で弾きたいと言い出したので、リョウが苦笑する。


「結婚式は、ジーンも主役なんだから」

「私は弾いてる方が合っている」

「一人で歩くツグミがかわいそうだよ」


 笑うハンに、ツグミが名残惜しそうにピアノの鍵盤を叩いているジーンの肩に手を置いた。


「ピアニストは頼んであるんだ」

「私がいるのに?」

「ロザリンドが探してくれたんだよ、絶対に気に入る」


 断言されて、ジーンは渋々といった様子で引き下がる。季節は急激に冬になっていた。街も住宅街も、早々とクリスマスの準備を始めている。クリスマスと重なったら式は大変だっただろうが、ツグミの誕生日が月の上旬だったためになんとか予約はとれた。

 真っ白なショートパンツに刺繍の施されたボレロ、白いガーターベルトという姿のリョウの試着に、ハンが嬉しそうに記念写真を撮る。ハンはクラシックなグレイのタキシードだった。

 ツグミが真っ白のタキシードで、ジーンがややピンクがかった淡い色のタキシードを纏ったのに、今度はリョウが二人を並べて写真を撮りまくる。


「もっとくっ付いて!」

「今、撮るのか?」

「結婚式当日は撮れないから!」


 満足するまでリョウの被写体になって、貸衣装を着替えて、その日は打ち合わせをして部屋に戻った。



 結婚式前日のバチェラーパーティーに、ツグミはジーンを連れて行きたがったが、それは趣旨が違うだろうと一蹴されて、後ろ髪引かれる思いで、カイの運転する車に乗った。カイにジェレミー、その他、高校や警察学校の友達から、ひたすらに飲まされながら、ツグミはジーンが何をしているか考えていた。


「カイが結婚したと思ったら、次はツグミか!」

「明日泥酔してたら姉さんに殺されるから、あんまり飲ませるなよ!」


 グラスに次々と注がれる酒に、ツグミは苦笑する。


「俺はツグミを送って行かないといけないんだ」


 さっさとソフトドリンクを頼んでいるカイに、ツグミは恨めし気な目を向けた。


「ツグミ、みんな、お祝いしてくれてるんだから」

「あんたの時、俺が良いつぶさせたの、根に持ってるだろ?」

「そりゃ、もちろん」


 ツグミの言葉に、カイはにっこりと微笑む。



 一方、ジーンはリリアと一緒に、深夜まで開いているカフェで、ロザリンド、アージェマー、アレックス、ジャンマリーと一緒にコーヒーを飲んでいた。


「バチェラーパーティーの趣旨が間違ってるのは、リード中尉殿じゃね?」

「別に、バチェラーパーティーとは思っていない」


 言いながらコーヒーを啜るジーンに、アージェマーが目を細める。


「ツグがいないから、寂しいんだな」


 それに、ジーンは答えなかった。

 リリアはロザリンドに身を寄せて、自作のピアスを見せている。


「明日のピアス、ロジーとお揃いにしたいんだけど、どっちの色がいい?」

「んーとね、どっちも可愛いなぁ。リリアが選んでいいよ」

「ロジー優しい!」


 ピンクパールとイエローパールのどちらが似合うか、リリアはストロベリーブロンドの長い髪を耳にかけて、ロザリンドに見てもらっていた。


「僕、明日のドレスに合わせる靴が決まってないんだ。ジャン、買ってくれてもいいよ」

「この時間に店は開いてませーん」


 舌を出したジャンマリーの足を踏みつけるアレックス。


「バージンロードは、私とジーンが歩くのよ」


 嬉しそうなリリアに、それはもしかしてカップルを間違えられませんかと、言えないジャンマリーだった。



 結婚式当日は小雪がちらついていた。小柄な体に黒い清楚なドレスを着て、リリアは準備が整うのを待っている。控室から出てきたジーンに、リリアは腕を絡めた。

 ピアノの音が式場から響いている。その音色に、ジーンは息を飲んだ。


「リリィ……」


 腕を引かれるはずが、リリアの腕を引いて早足で式場に入ったジーンに、壇上で待っているツグミと、リョウとハンが笑ったような気がしたが、浴びせかけられる花びらの雨に視界を奪われる。


「ジーン? 打ち合わせと違うよ?」


 驚いているリリアに構わず、ジーンは声を張り上げた。


「ジーナ!」


 掠れた声が式場のホールに響いて、ピアノの音が止む。ピアノの椅子から立ち上がった五十代の赤毛の女性は、振り返って眼元に手をやった。着飾っている参列者の間を抜けて、ジーンは真っ直ぐにその女性のところに向かう。引っ張られてリリアが目を回していた。


「今日のピアニストの、ジーナさんだよ」


 ピアノのすぐそばの席に座っていたロザリンドが、ドヤ顔で紹介する。


「ギアさんから、ご招待いただきました……ごめんね、本当なら、顔を出せた義理ではないのにね」

「そんなことない。あなたが元気そうで、本当に良かった。来てくれて嬉しい」


 言いながら、勢いのままにジーナを抱きしめたジーンに、ジーナが嗚咽を漏らした。


「ロジーが探してくれたのか?ありがとう」

「発案者はツグミだよ。あーリリア可愛い!」


 褒められて目を回していたリリアが、えへへと恥ずかしそうに笑う。


「遺伝子を感じるな」


 スーツ姿のアージェマーが大仰に言って、ジーンとジーナは顔を見合わせた。


「親子だからな」

「まだ、親と思ってもらえてて良かった」


 鮮やかな赤い髪、空色の目、同じ遺伝子を間違いなく共有した二人がそこにいた。


「話はこれからどれだけでもできる。ギアさんのところに行って」


 促されて、ジーンはツグミの方を見る。ツグミはゆったりと微笑んでジーンを待っていた。もう一度結婚行進曲が流れる。今度こそゆっくりとジーンはツグミのところへ歩いて行った。

 リリアがツグミにジーンを預けて、席に戻っていく。


「驚いた……ありがとう」


 目を伏せて礼を言うジーンを、ツグミは抱き寄せた。



 披露宴は簡単な立食パーティーで、リョウは来てくれたレモン班のサキと、ハンはルイス、アート、そしてハルバート班の連中と飲みながら話をしていた。ツグミとジーンは、一応新郎新婦用に設けられている席に座っていたが、リョウとハンが座るべき場所に、ジーナを呼んで、ジーンはジーナに今の暮らしなどを聞く。ピアニストとして伴奏などをしているというジーナに、ジーンは安心したようだった。


「ミスター・ギア、ジーンは昔から恥ずかしがり屋で、私とそっくりで愛想がなくて……でも、本当に優しい子なんです。どうか、よろしくお願いします」


 頭を下げられて、ツグミは慌てる。


「お、俺なんて、新米警官だし、頼りないし、ジーンに世話になってばかりです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 深々と頭を下げたツグミに、ジーンが口元に手をやった。笑ったのだと分かったのはツグミだけだろう。


「私はお前に誕生日祝いも準備してなかった」


 ジーナが席を離れてから、会場の賑わいを見つつぽつりと呟いたジーンに、ツグミはその手を握った。


「帰ったら、俺のために一曲弾いてよ」

「一曲でいいのか?」

「疲れてるだろうから」


 優しいツグミの囁きに、ジーンはそっとツグミの頬にキスをして、「リクエストを考えておけ」と呟く。それから立ち上がり、アージェマーのところに人ごみを分けて歩いて行った。

 ツグミのところには、カイが近寄ってくる。


「酒が残ってなくて良かったな」

「カイがセーブしてくれたからね。……フェリアさん、来れなくて残念だった」


 産み月が近いフェリアは、体の関係で今は病院に入院していた。タキシードを着た小さな紳士、ジェイクが、叔父のヴァルナに抱っこしてもらおうと追い掛け回している。素早く逃れるヴァルナだが、ジェイクが転んで泣いてしまって、結局抱き上げる形になってしまった。それを見て、アスラが苦笑している。


「フェリアも残念がってると思う。写真と動画を見せるから、メッセージを」


 携帯端末を構えたカイに、何も考えていなかったツグミは口ごもった。



「アージェマー、かっこいいな」


 ほんのりと微笑んだジーンに並ばれて、スーツ姿のアージェマーは不敵に微笑んだ。


「トイレに行ったら悲鳴が上がったぞ」

「かっこいいからだね」


 それに対して、性別を間違われているからだとツッコミを入れるはずもなく、ロザリンドがうんうんと納得する。


「ロジー、こっちのケーキ美味しいよ」

「一口食べるー!」


 リリアに呼ばれてすっ飛んで行くロザリンドの耳には、リリアと色違いのピアスが光っていた。


「……いつもの格好が、かっこ悪いと言うわけじゃないが」

「私に惚れると、ツグが泣くぞ」

「ツグミがいなければ、考えていたかもしれないな」


 真面目な表情になったジーンに、アージェマーが「ごちそう様」と苦笑する。シャンパンをテーブルからとって来て、ジーンとアージェマーは乾杯をした。




 着替えも全部終えて部屋に戻る頃には、日付が変わる手前くらいだった。眠たそうなリリアは、歯磨きだけして、シャワーは明日浴びると部屋に入ってしまう。疲れ果てていたツグミが、自分たちもそうしようかとジーンに促そうとしたら、袖を摘ままれて引っ張られた。

 そのままゲストルーム兼ピアノ室に連れていかれて、ジーンは電子ピアノの音量を調整する。リクエストを聞くまでもなく、ジーンは鍵盤を押さえて弾き始めた。


 主よ人の望みの喜びよ


 遠い昔の音楽は、静かに柔らかくジーンの指で紡がれる。

 弾き終えてから、「私の一番好きな曲だ」と告げて、ジーンは誕生日おめでとうと、ツグミの唇に軽くキスをした。そのまま離れて行こうとするジーンの体をしっかりと捕まえて、ツグミは唇を割って、少し長いキスをする。



 その日、ツグミ・ギアは二十四歳になった。



「え?ジーン、一月生まれなの?」


 ベッドの中で初めて聞いた情報に、ツグミは目を丸くする。ようやく一つ年の差が縮まったかと思えば、来月には離れてしまう。


「プレゼントの心配をしているなら、私は何もいらない」

「違う違う違う。十歳差になる期間が儚かったなぁと思って」


 慌てたツグミに「そんなことを気にしていたのか」とあっさりと言うジーン。


「五十年後には、大差はないんだろう?」

「おっしゃる通りです」


 笑ってツグミはジーンを深く抱きしめた。


 願わくば、この幸せが、一日でも長く続くように。

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