11.ハートで十五枚

 光沢のある柔らかなシャンパンピンクのシルクのパジャマを受け取って、ジーンはまじまじと自分の目の前で人懐っこく笑っている褐色の肌の男性を見上げた。ツグミの同期で同じ年、だがもうすぐ二児の父となるという彼は、ツグミに渡せばいいのに、証拠物件の提出のついでにジーンを訪ねて来てくれた。


「ツグミはいい奴だから、あなたはいいパートナーを選んだと一生思えると思うよ」


 ツグミにも色違いのシャンパンゴールドのパジャマを上げたからと明るく言って立ち去る彼、カイに、照合待ちでパソコンを睨んでいたアージェマーが声をかけた。


「ガーディアは元気かい?」

「順調です」


 すらりと長い手を上げて、カイは仕事に戻っていく。


「大層祝われてるみたいだな」

「ツグミの人望だろう」


 いつもの襟付きのシャツの上に白衣を引っ掛けたジーンは、リボンのかけられた贈り物を、とりあえず近くの椅子に置いて仕事の続きに入った。


当たりビンゴだ。この弾丸は、前の連続殺人事件と施条痕が一致した」


 結果を担当の班にメールするジーンに、アージェマーが伸びをする。


「肩が凝った……」

「アージェマー、こうやって、肩を何回か回してみろ」


 両手を小指が上になるように交差するように組んで、自分の肩を回して見せるジーンに、アージェマーはそれを真似する。


「おぉ、いいかもしれない」

「何時間も動かない仕事をしてると、体が凝りまくるから」


 スナイパーという相手の動きに神経を尖らせて、ずっと同じ姿勢で何時間も狙い続けるという仕事を長く続けてきたジーンにとっては、ストレッチは習慣になっていた。足を交差させて、そのまま床に両手がぺったりと付くくらいには、ジーンの体は柔軟だ。だから、ミルワースに少々乱暴なことをされても耐えられたというのがある。


「タイ式マッサージがいいらしい」

「割引券持ってる」


 後で分けると言って、ジーンは証拠の弾丸の破片を証拠保管袋に移した。




 ロザリンドから声をかけられて、ツグミは立ち止まる。ハーフアップの赤い髪を、淡い黄色の天然石の付いた髪飾りで留めているロザリンド。ツグミの視線に気付いて、髪飾りを指差した。


「ジーンが石を選んで、リリアが作ってくれたんだよ。誕生日お祝いだって」


 そういえば、ロザリンドは今月が生まれ月だったと思い出し、ツグミは「俺も、近いうちに何か贈るよ」と言えば、「気にしないで」と笑われた。


「見つかったよ。連絡先を送っておくね」

「ありがとう、ロザリンド」

「これくらい、結婚祝いと思えば、全然! ジーン喜んでくれるといいね」


 明るく微笑むロザリンドにもう一度礼を言って、ツグミは携帯端末に送られてきた連絡先を確認して、丁寧にメールを書いた。


「つーぐーみーお前のパートナーに会って来たぞー」


 休憩室の椅子に座ってメールを送信していると、後ろからカイがのしかかってくる。ツグミも体格はかなりいい方だが、カイは更に長身である。つぶされそうになって、ツグミは非難がましい視線を向けた。


「証拠持って行ったのか……いいなぁ、俺も行きたい」

「毎日家で会ってるんじゃないのか?」


 素朴なカイの疑問に、ツグミはため息を付く。

 警察ラボが常に人員不足だということは、聞いていた。だから、ある程度覚悟はしていたが、続く残業、そして、現場には出ないがジーンは新人だということで覚えることも多く、毎日疲れ切って帰って来ているようで、夕食もそこそこに眠ってしまう。一時期悩まされていた不眠症は治ったようだが、純粋に喜べないツグミだった。

 それでも、ジーンが頻繁にカウンセリングに通うような状態よりはいいかと思っているのだが、折角、ツグミと暮らし始めて少し増えた体重が元に戻りかねない気がして、ツグミは心配でならなかった。


「カイ、お祝いありがとう」

どういたしましてユア・ウェルカム


 人懐っこく微笑むカイ。警察学校でカイとツグミのコンビは、よく大型犬に例えられていたのを思い出す。


「お互いにいい飼い主を得たよな」


 冗談めかして言うと、カイが黒い目を輝かせた。


「年齢も、性別も、人種も、何も関係ない。この人だと思ったら、その時に捕まえておかなきゃ、一生後悔する。ツグミも、いい判断をしたと思うよ」


 時折、カイは犬ではなく狼ではないかと思うのだが、現場での激しい大立ち回りと裏腹に、愛するパートナーの前ではこの上なく大人しく幸せそうにしている。自分も同じように見られているのかもしれないと思うと、ツグミは自然と笑みが浮かんできた。


「式はいつ頃になりそうなんだ?」


 カイの問いかけに、ツグミは甘ったるい笑みを浮かべた。




 十二月はツグミの生まれ月だった。リョウも出産から二か月近く経つし、ちょうどいいのではないかと打診があっていた。


「ジーンと年の差が十歳になるね」


 部屋に戻ってきたジーンをハグで迎えると、ジーンはぽんぽんとツグミの背中を叩いて、解放してもらう。スキンシップは嫌ではないようだが、ジーンから進んで行われることはほとんどなく、それを寂しいと思いつつも、ジーンは元から感情の薄いタイプだから、受け入れてくれるようになっただけマシかと思い直した。


「二十四歳か……遠い昔に思えるな」


 言いながら、鞄からカイにもらったパジャマを取り出したジーンに、「それ、一回洗うから洗濯出しといて」とツグミは告げる。一応、洗濯は乾燥までを洗濯機が自動でやってくれるので、ジーンも自分のものは自分でやっていたが、最近は忙しいので、ツグミが自分のものと一緒に洗っていた。


「何から何まで……すまない」

「いいよ、って言いたいけど、たまには外食くらいはしたいな。あんた、働きすぎだよ」

「仕事が楽しくて」

「それは何よりなんだけどさ」


 人に接するのを嫌がるジーンにとって、ひたすら届いた証拠物件を照合するという作業はかなり合っているようだった。


「アレックスが寂しがってるよ」


 別の部署に移されたアレックスは、最後までジーンの異動にむくれていた。


「アレクとは、今度飲みに行く約束をしてる」

「俺とはずっとデートもしてないのに?」

「ツグミは来ないのか? アレクが誘っておくと言っていたが」


 きょとんと目を丸くしてから、ジーンはため息を付いて額に手をやる。


「そうか……そうきたか」


 相談ひとつなく移動したジーンのことを根に持っているアレックスの意趣返しに気付いたジーンが、悪い笑みを浮かべた。


「俺、行っちゃいけない感じ?」

「いや、あっちがそうくるなら、こっちにも考えがある」


 ダニエル・リードの逮捕劇以来、ジーンが意外と策略家で、元軍の仲間には容赦がないことが見えてきて、ツグミは面白くてたまらない。こっちが事件前の元々のジーンの性格なのだろうが。


「また惚れ直すかも」

「ツグミは趣味がおかしい」

「あんた、自分がどれだけかっこいいか分かってないんだ」


 抗議するようなツグミに、小さく首を傾げるジーンに、ツグミは作り置いていた夕食を並べる。リリアは成長期だし、明日の学校があるので食事を先に済ませていたが、ツグミはジーンが泊まり込みにでもならない限り、食事は待っていた。泊まり込みになる時には、お弁当の差し入れをしにいって、ラボの主任とアージェマーを睨んで帰ってくるのだが。


「私が慣れて、もう少し手際よくこなせるようになったら、私も料理は覚える」

「うーん、それよりも、別のもの食べられるようになって、一緒にリッチなレストランとか行きたい」


 デートがしたいと言うツグミに、ジーンはフォークを手に取って「善処する」と小さく答えた。


「両親があれだったから、結婚なんて、考えてもいなかった」


 ぽつりと落ちたジーンの言葉に、ツグミがその横顔を覗き込む。


「実際してみてどう?」

「出会って半年で結婚なんて、大した電撃ぶりだと」


 真面目な顔のジーンにツグミが吹き出した。


「おっしゃる通りです」


 半年前にはツグミも考えもしていなかった。二十三歳で新米警官の自分が、十一歳も年上の同性と結婚して、並んで座って食事をしているだけでこんなに幸福な気持ちになるなんて。


「次の休みに、ツグミのお父さんとお母さんとお兄さんの墓参りに、連れて行ってくれないか?」


 リッチなレストランはその後に行こうと言われて、ツグミはフォークを置いて、ジーンの肩を抱き寄せていた。




「ま、マリーを解放しろ!」

「さぁ、どうしようかな。お前の態度次第だ」

「この、鬼畜!」


 ピアノバーでアレックスの恋人、褐色の肌のマリアンナがジーンの隣りにちょこんと座って、興味深そうにピアノのキーを叩いている。ジーンはそれに合わせて即興で曲を作るので、マリアンナはますます面白がって、次々と音を叩いていく。


「アレク、ピアノが弾けてる! あたし、ピアノが弾けてる!」

「そ、それは、良かったね……」


 僕のマリーをと、ぐぬぬぬとしているアレックスに、残されてスツールに並んで座っているツグミが、アレックスに視線を送った。ジーンは仕返しとして楽しいのだろうが、ツグミにとってはあまり愉快ではない。それほど大きくないピアノの椅子に並んで二人が座っているなんて。


「アレックス、こっちに来ませんか?」

「む……こうなったからには、仕方ない」


 手招きされて、自然な動作でツグミの膝に乗ったアレックスに、ピアノの音がぴたりと止まった。


「あーアレク、浮気しやがったな!」


 先に叫んだのはマリアンナで、アレックスは慌ててツグミの膝から降りて、マリアンナに駆け寄る。大事そうに抱きしめるアレックスに、冷たい視線を投げてから、ジーンはツグミの隣りに座った。

 ノンアルコールのビールを注文したジーンに、ツグミはその腰を抱き寄せて、膝の上に抱き上げてしまう。


「ツグミ……」


 非難がましい目を向けられたが、逃げられることはなく、ツグミはジーンの項にキスをした。うぁっ!?と悲鳴を上げて、ジーンが弾かれたようにツグミの膝から逃げる。その姿を見て、アレックスが爆笑していた。

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