番外編『隠れた副官』 ツグミ・ギアの場合
――副官はカードで指名される。
――そのカードを出すまでは副官は連合軍に紛れて戦うことができる。
最初は、内容のある話だった。
ジーンがほとんどツグミと一緒に寝ているので、ジーンはともかくツグミは大柄なので、ベッドが狭くて、時々、ジーンがつぶされかけることに付いて話していた。ベッドを買い替えるかと考えているツグミに、ジーンは諸手を挙げて賛成という風情ではないようだった。
「邪魔なら、自分の部屋で寝る」
灰皿がツグミの部屋に常備されるようになったとか、ツグミの部屋でも夜にはジーンがタバコを吸うようになったとかいうのを気にし始めていた様子だったので、ベッドを買い替えるくらいなら別々に寝るというジーンの提案に、ツグミがごねた。
「それは嫌だな」
元々ジーンは自分の部屋かベランダでしかタバコを吸わない。それは、副流煙をツグミやリリアに吸わせないためであった。喫煙マナーを守る主義なのは、初対面からツグミも知っている。それでも、わざわざタバコを吸うためにジーンがベランダに行ってしまうのも、甘い時間の後で部屋に帰ってしまうのも嫌だと言い張って、ようやく今の状況になった。
「俺は気にしてないよ?」
「私は気にする。ツグミは長生きしないといけない」
「ジーンは短くていいって言うわけ?」
僅かに喧嘩腰になるツグミに、ジーンは口を閉じた。形勢が悪くなると、ジーンは黙り込んでしまう。
「ベッドは買い替えないと、そのうち、あんたに怪我をさせそうな気がするんだ」
行為の最中に熱中しすぎて、うっかりと無理をさせて、気を失わせてジーンを床に落としかけたのも、この話し合いの発端だった。無茶をさせたのは自分と分かっているけれど、だからこそ、ツグミは自分にも怒っていた。
「それほど柔にはできていない」
「そんだけ痩せてて身が薄いのに良く言うよ」
「ツグミと暮らして体重は増えた」
ぽつりぽつりと逃れようとするジーンに、ツグミは詰め寄る。
「あんた、俺に色々触らせてくれないよな」
「……話がずれてないか?」
僅かに困惑を見せるジーンに、ツグミは指の背でジーンの白い首筋を撫でた。ひゃっという小さな悲鳴が上がる。
「く、首は……」
画像を見せられていたし、実際に痣が残っていたのも見たので知っているが、ジーンは行為中に首を絞められた経験があった。だから、首には触れられるのを極端に嫌がる。同じように手首も縛られたため、腕を押さえられるのを怖がる。そして、背中に傷を負わされたために、大事にしていた長い髪を切ってしまったくらい、背中にも触れられるのを嫌がる。
日が立ったので、肩甲骨近くまで伸びたジーンの柔らかな赤い髪に触れると、ジーンは次は何をされるのかと警戒した表情でツグミを見つめた。
「背中に触ってもいい?」
「少しなら」
警戒されつつも了承されて、ツグミはジーンのパジャマの上を脱がせる。
「直に、か?」
焦りを見せるジーンを無視して、後ろを向かせてツグミは皮膚再生治療で傷跡もない白い背中に、唇を寄せた。舌を這わせると、ジーンが必死に振り向こうとしているのが分かる。
「ツグミ、顔が見えないのは、怖い」
「あんたに触れてるのは俺だよ?」
「分かってる……が」
逃げ出しそうな腰を捕まえて、ツグミは自分の膝の上に抱き上げてしまった。頸椎から腰椎まで、形を確かめるようにゆっくりと撫で下ろす。
「何がしたいのか、分からない」
「他の誰かが見たことがあるのに、触ったことがあるのに、俺はダメなんて、悔しい」
「ツグミ、呑んでるのか? 酔ってるのか?」
呑んでもないし酔ってもいなかったが、色々とうっぷんが溜まっていたのも確かだった。
「シャワー浴びて自分で準備するとか言って、毎回、俺には指も入れさせてくれない」
「そういう話だったか!?」
元々かすれ声だし、声量も大きくないので、あまり響かないが、ジーンの声にはもはや悲壮感が漂っている。
「私にも、恥とか、恐怖とか、ある」
「分かってるけど……分かってるけど、俺はもっとジーンのことを知りたい」
「話ならするから、急にこういうのは、困る」
「急にって、じゃあ、いつ言ったらいいわけ?署の近くのコーヒーショップで、『次は俺に準備させて』とか話すの?」
「怒っているのか? 何かしたなら、謝るから」
ゆるして、と小さく呟かれて、さすがにツグミは自分がジーンをいじめている気がして、膝から下ろした。下ろされて、ジーンはのそのそとパジャマのシャツを着る。
「ごめん」
正面から抱きしめて謝ると、ジーンはツグミの肩に頭をもたれかけさせた。
「ことが性急に運ぶのは、苦手なんだ。もう少し、ゆっくり」
「分かってるけど、あんた、秘密主義すぎるよ」
視力のことも、ラボへの移動のことも、ダニエル逮捕のことも、ツグミには何も相談してくれなかった。それでいて、アージェマーには全部話していたというのを聞いて、ツグミは大いに不愉快になったのだ。
「俺より、アージェマーが好きなんじゃないのか?」
問いかけに、明らかにジーンがむっとしたのが分かって、ツグミは言い過ぎたと慌てる。答えないまま、ジーンは立ち上がって部屋から出て行こうとした。その腕を掴んでツグミが引き止める。
「ごめん、言い過ぎた。本当にごめん」
「いや……ツグミが怒るのは分かる。いい」
諦めた口調に、ツグミはジーンを抱きしめた。
「怒ってるんじゃなくて、嫉妬してるんだよ。
「アージェマーは年下でも、異性で、それほど大柄でないし、優秀だから?」
「だって、ジーン、ラボに証拠届けに行ったら、すっごい仲良さそうで、寛いだ顔してて……」
「ツグミとアージェマーは、別だ。ツグミはツグミ、アージェマーはアージェマー」
唱えるように言ってから、ジーンはツグミの頬に手をやって、背伸びしてキスをする。
「ベッド買い替えるか?」
「買い替えよう」
ようやく話が元に戻って、ツグミはジーンと一緒にベッドに倒れ込んだ。ツグミの部屋は狭くないので、大きめのベッドを買っても大丈夫だろうなんて考えながら。
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