幕間『よろめき』

――スペードA オールマイティは全てのカードに勝つが、場に指名された柄のカードを持っていない場合や、場に指名されたカードがハートの場合、スペードA オールマイティにハートのQをだすと、ハートのQが勝つ。

――これを、「よろめき」という。



 そのゲームが作られたのは、大昔のアジアの小国と言うが、ギア家においてはナポレオンは十二歳のツグミまでも巻き込んで、兄弟での大合戦になっていた。十一歳年上のスサキから、リョウ、アケビまで、容赦する気配もなく、手札を覚え、巡目を考え、どの札が切れたかを計算し、時にナポレオンとして立ち、時に副官として支え、時に連合軍として戦う。

 それは、ツグミにとっては最後の子ども時代の思い出だった。

 兄と父が死んでから、ギア家は一変した。



「クラブで十三枚」


 宣言したツグミに、リョウがにやりと笑う。


「ダイヤで十三枚」

「待った、スペードで十三枚!」


 ハートを飛ばしての宣言に、ツグミがリリアを見た。


「本命だ!」


 ギア家のローカルルールとして、切り札の宣言の時にそれよりも強い切り札か枚数を上げた時だけ、切り札の変更を許されていた。


「ハートで十四」


 静かに告げたジーンに、ツグミ、リョウ、アケビ、リリアの視線が集まる。


「ハートで十四枚、他にいないなら、私だな?」


 クラブ、ダイヤ、ハート、スペードと強くなるルールで、ハートで十四枚を宣言されてしまえば、スペードA オールマイティのあるスペードで十四枚か、次は十五枚に宣言を上げなければいけない。


「パス」


 最初に降りたのはリョウだった。


「俺も」


 ツグミがそれに続く。


「うぐぐぐぐぐぐぐぐ!」


 唸るリリアも十五枚が取れる手札ではないのだろう。


「どうぞ、ナポレオン様」


 肩を竦めたアケビに、ジーンは静かに副官を指名した。


「副官は、スペードA オールマイティで」



「なんなんだよ……一人勝ちって」


 スートが全部終わってから、ツグミが恨みがましい目でジーンを見る。副官に自分を指名することはあるが、ナポレオンになったものが取り替える山札の中に、副官の札が入っていることもある。今回はそれだったと、ジーンは涼しい顔で言った。


「本当に初心者なわけ?」


 詰め寄るリョウに、「カードなら、軍時代に別の隊の指揮官を裸にするくらいはした」と感情の読めない顔で告げるジーン。読みにくいジーンの表情は、正にカード向きのポーカーフェイスだった。

「唯一連合軍でカード取ったのが、ツグミっていうね」


 意味深に笑うアケビに、ツグミは自分の手元にあるスペードA オールマイティとハートのQを見つめていた。スペードA オールマイティが場に出された時に、スペードの札を持っていなくて、ハートQがあれば、ハートQを出せば唯一スペードA オールマイティに勝つという、「よろめき」というルールがナポレオンにはある。


「実際にうちのスペードA オールマイティ様が、ハートQによろめいて下さればいいんですけど」


 むくれたツグミに、ジーンは空色の目を細めて僅かに笑ったようだった。

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