幕間『裏ジャックの行方』リリア・リードの場合

 脂っこい物、肉、魚、野菜、辛い物、極端に甘いもの……ジーン・リードは自他ともに認める偏食である。そして、その妹のリリア・リードも間違いなく偏食だった。

 イタリア料理店に来て、赤毛の兄ジーンと、ストロベリーブロンドの妹リリアが、兄妹揃ってボロネーゼをフォークでかき混ぜているのは、そこにたっぷりと刻んだ玉ねぎが入っているからである。兄の方は火を通したものは一応食べられるのだが、好んで食べるというわけではなく、妹の方は本当に食べられなくて困っている風情だった。

 全快ではないが、一応、ジーンの退院祝いにと、リード兄妹を招いたギア姉弟は顔を見合わせていた。


「やっぱり、チーズソースのニョッキの方が良かったんじゃないかな?」


 穏やかに言うリョウ・ギアの婚約者ハン・ハルバートに、リード兄妹は声を揃えた。


「「ゴルゴンゾーラは無理」」


「チョリソーのピザは?」

「辛い」

「クアットロは……ゴルゴンゾーラ入ってるか」


 いっそ、和食の店にすれば良かったかと思ったツグミだが、生魚どころか、魚自体食べられないジーンとリリアを思い出して顔を歪める。やはりホームパーティでツグミが作れば良かったのか。


「俺、ジーンと暮らし始めてから、料理の腕が上がった気がするよ」


 苦笑するツグミに「私も、ツグミと暮らしたい」とリリアが唇を尖らせる。


「それにしても、これだけ偏食って、今まで何を食べて生きてきたのか、心配になるね」


 ハンの言葉に、ジーンとリリアが顔を見合わせた。


「私は、母がいた頃は手作りのものを食べていた記憶があるけど……出て行ってからは、誰かに食事を作ってもらったことはなかったな」


 ぽつりと漏らしたジーンの言葉に、リョウが目を見開いた。


「え?だって、あなたの両親が離婚されたのって……」


 救出の時に記録を見て知っているが、ジーンの両親が離婚したのは、彼が八歳の時である。それ以後、他人に料理を作ってもらったことがない、ということは、本当に、何を食べて生きてきたのかとリョウは聞くのが怖くなった。


「冷蔵庫にあったレバーペーストを湿気たクラッカーに乗せて食べてたわ」


 リリアも同じような食生活だったと知って、リョウとツグミは頭を抱える。


「ジーン、言い方は悪いけど、うちの弟はマメだし、気遣いもできるし、真面目だし、料理もそこそこできるし、優良物件だと思うよ」

「姉に売り込まれるとは」


 真面目な顔で売り込むリョウに、ジーンがちらりとリリアを見た。


「私より、リリアの方が年が近い」

「そうね。ジーンと十一歳で、私と六歳?」


 無邪気な顔で答えてから、リリアがハッと息を飲んだ。


「彼氏作れって言ってたけど、ツグミ!? 嫌よ、私! 私のこと好きじゃない人は嫌!」


 きっぱりと口にするリリアに、「優良物件なのに」と空色の目を細めたジーン。


 優良物件と思ってるなら、あんたがいい返事をくれよ!


 と、口にできないツグミだった。

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