幕間『裏ジャックの行方』 アレックス・ロビンの場合
――裏ジャックとは、切り札の柄の色と同じ色の柄のカードのJのことである。
――裏ジャックは正ジャックの次に強い。
――クラブならばスペード、ダイヤならばハートのJのことになる。
緩やかに波打つ長い鮮やかな赤毛を、緩く一本の三つ編みにして、ミントグリーン花の散った白の明るいフリル付きのワンピースを着て、ジーン・リードが休憩室で足を組んで座っているところを見かけて、遅れて出勤してきたツグミ・ギアは拳を握った。
「この人にこんな格好をさせた方は、今すぐ名乗り出て下さい! 人権について俺と二時間ほど語り合いましょう!」
響いた怒声に、平然としてコーヒーを啜っていたジーンの方が目を瞬かせる。指定された回数のカウンセリングが終わるまで、ジーンは内勤になっているので、ツグミとシフトが微妙に違う。夜勤で出勤してきたツグミが、昼勤でもうすぐ仕事上がりのジーンとは今日はほぼすれ違いの予定だった。
「わーツグミ、すっごい怒ってるよ」
「アレックスのせいだろう?」
顔を出したアレックス・ロビンが、ジョエル・J・ランカスターに苦笑される。その会話で犯人を突き止めたツグミは、自分よりかなり小柄なアレックスに詰め寄った。
「どういうことか、説明してもらえますか?」
ことと次第によっては、本当に二時間説教しかねない雰囲気のツグミに、アレックスが両手を掲げて降参の意を示す。
「アートがヴァルナに足引っ掛けられて、熱いコーヒーを浴びせられて、そのまま着てたら火傷するから、僕が着替えを貸しただけだよ」
「着替えを貸すって言っても、限度があるでしょう……って、え? あれは、アレックスさんの、私服?」
ツグミの表情が怒りから、驚きに切り替わる。それを見て、アレックスは声を上げて笑った。
「そうだよ、僕の私服だよ。って、君さぁ、僕の資料読んでないわけ?」
言われて、ツグミは異動初日にアスラから受け取った資料を、タブレット端末で開く。
アレックス・ロビン……。
「アレキサンドラ・ロビン!?」
「
男女平等が広まったとはいえ、軍においてはまだ根強い男尊女卑が残っているイメージがあったので、ツグミは考えたこともなかった。元軍人で、リードの部下だったアレックスが女性である可能性を。
そういえば、リードの暴行事件の証拠採取をリョウはアレックスに頼んでいた。性的暴行の関係する事件については、女性の警官が担当になることが多いし、リョウの班は全て女性で特にそれに力を入れていた。
中性的で優しげな雰囲気のあるアレックスは、確かに女性と言われれば納得してしまうところがある。
「ジーンはセクハラもしないし、性格的にも女性差別をしないから、部下に志願するのは女性が多くて、ほとんど黒一点状態だったよ、彼の隊は」
性自認が女性の兵士も、肉体的な性別が女性の兵士も、どちらともいえない兵士も、ジーンは特にこだわりなく平等に扱った。むしろ、ジーンの方が可愛がられていじられる方だったと、アレックスは語る。
「僕はねー別に、性自認が男性ってわけでもないんだけど、色々とコンプレックスがあって。でも、ジーンはそこらへんフラットだから、傍にいてすごく楽なんだよね」
だから、油断してたら遠慮なく狙うからね、と微笑むアレックスに、ツグミは恐怖のようなものを感じた。
「ツグミ」
ようやくコーヒーを飲み終えたジーンが、ワンピースの裾を気にしながら立ち上がる。
「あんた、その格好、嫌じゃないのか?」
「……サイズが合う服がないんだ」
「分かるけど……分かるけど」
頭を抱えるツグミに、ジーンは手を差し出す。
「車を貸してくれないか?この格好でバイクには乗りたくない」
それももっともだとツグミはジーンに鍵を渡した。
「着るものにはあまり、こだわらないんだ」
「ジーン、女性にいじられるの好きだからね」
くすくすと笑うアレックスに肩を抱かれて、ジーンは小首を傾げる。
「アレク、服は洗って返す」
タイムレコーダーに端末をかざして、退勤の手続きをしてから、ジーンは駐車場へとエレベーターに乗った。
「それにしても、細いし顔きれいだから似合うかと思ったら、それほどでもなかったという悲しみ」
「やっぱり、面白がってたんですね!?」
そこに座れ!と怒鳴るツグミに、アレックスは笑顔でするりと逃げた。エレベーターを上がって来たロザリンドが、ツグミの姿に気付いて駆け寄ってくる。
「ねぇ、ジーンが可愛い格好してたけど、どうしたの?」
「アートさんに聞いて」
情けなくツグミは眉を下げた。
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