幕間『正ジャックは誰?』ハン・ハルバートの場合

 ハンはその日出勤して、自分の班のメンバーではなく、一番に夜勤明けで帰り支度をしていたサキ・タナカのところに駆けて行った。笑顔のハンに、サキが「おはよう」と声をかける。


「おはよう、お疲れ様、サキ」

「何かあったのか?」


 単刀直入に問いかけられて、ハンは笑み崩れる。


「昨日、リョウと一緒に、婚姻届を役所に出してきたんだ。結婚式は、出産後になると思うけど、サキにはぜひ来てほしくて」

「おめでとう。喜んで行かせてもらうよ」


 微笑むサキに、ハンは「本当に信じられない」とにこにこしていた。


 後日、サキは署で出会ったリョウに、おめでとうと声をかけた。リョウも嬉しそうだったが、ふと、サキにこんな話をした。


「初めて会った時、私、ハンを女の子だと思ってたんだよね」


 同性婚が珍しくない昨今、リョウは異国の地で出会った年下の少女(と思っていたハン)と婚約をした。今は肩の上で切っているが、当時は腰まであった長い髪を一つの三つ編みにして垂らしていて、民族衣装を纏っていたハンは、ハスキーな声の長身の少女にしか見えなかった。


「ベッドの中でだったら、性別は分かるでしょうに」

「あの頃は、私も純情で、ハンが成人するまでは手を出さないでおこうって思ってたの」


 直接話法のサキに、リョウは苦笑する。


 そして、起きた兄と父の死。

 急遽帰国したリョウは、二度とハンと出会えないと思っていた。


「そしたら、いたのんだよね、同じ管轄に。しかも、同業者で」


 リョウがそれに気付いたのは、ハルバート班が組まれてから半年……今からほぼ一年前のこと。リョウの中ではハンは女性だったから、まさかあんな風に再会するとは思っていなかった。


「ハンは気付いてたんだろ?」

「ご名答。自分が女性と思われてたこともぜーんぶ、気付いてて、その上で、こっちが気付くのをずっと待ってたんだよ、彼」


 ほだされたと言ったら聞こえが悪いが、リョウはハンが穏やかに静かに待っていたことに感動してしまった。


「らしいね」

「実に、らしいよね」


 紆余曲折を経て、ハンを配偶者として選んだリョウは、まだ目立たないお腹に手を置いて、この上なく幸せそうに微笑んだ。

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