幕間『正ジャックは誰?』 ツグミ・ギアの場合
――正ジャックとは、ナポレオンが指名した切り札のカードの柄のJのことで、
――切り札の中では一番強い。
――副官に指名されやすい札でもある。
食の細い年上の同居人は、日に日に痩せていくようで、ツグミはある日問いかけた。
「ジーン、あんた、好きな食べ物は?」
「レバーペースト」
端的に答えられて、ツグミは言葉に詰まる。レバーペーストを使った料理が、クラッカーに乗せるとかいう単純なものしか思い浮かばなかったのだ。
「他には?」
「米と、芋」
「ちょっと……もしかして、ジーンって」
相手がものすごく偏食だと気付いたのは、その時だった。体調が悪いから食が細いと思っていたが、中華粥以外に彼の口に合うものがなかったのだとやっと気付く。
細かく聞き取りをすると、ジーンは魚介類、脂の多い肉類、鳥皮、揚げ物、味付けの濃いもの、野菜全般が苦手だということが分かった。
「早く言ってくれよおおおお!っていうか、あんた、今まで何食って生きてたんだよおおおお!」
ツグミが叫んでしまったのも、仕方がないと思われる。
缶詰の豆、トウモロコシ、米、火を通してくたくたにした野菜、米、芋、卵、揚げていない鶏肉……食べられるものをメモして、ツグミはジーンを助手席に乗せて食料品店に向かった。たっぷりと買い込んで、帰って冷蔵庫に詰めて、ツグミは袖まくりをした。
弁当箱に詰められた、おにぎり、卵焼き、豆とトウモロコシのサラダ、ネギ塩ダレの蒸し鶏……覗き込んだロザリンドが、「わお!」と声を上げた。
「なんだっけ、これ。マクノウチベントー?」
「すごく違いますけど、弁当であることは確かです」
「手作りだよね」
「俺が作りましたけど」
ツグミがいないと積極的に食事をとろうとしないジーンに弁当を作るついでに、自分の分も作ったのだった。
「そういえば、ストーカー被害者の……あの赤毛のスナイパーを保護してるんだったか」
昼ご飯を買って署に戻って来たアート・ルインが、ロザリンドと話しているツグミに、目を向けた。恐らく自分の名前を憶えていないであろうアートが、手伝ったとはいえ、ジーンのことを覚えていたことに、ツグミが驚く。ロザリンドも同感だったようで、アートを凝視していた。
「アートがよく覚えてたね」
「かなりの腕だったからな。それに、人を射殺してあれだけ動揺のない人物も珍しい」
アートもジーンの反応の鈍さに気付いていたのかと、ツグミは誰の目にもジーンが異様に映っていること……恐らくは、精神的なケアが必要なことを痛感する。
「そろそろ仕事に復帰するって言ってるんですけど、少し心配で」
もう熱を出すこともなくなったし、アケビに診てもらった限りでは、身体的なダメージもかなり薄れているとのことだった。ドラッグも中毒になるほどまで使われていなかったようだったが、あれだけの経験をしたのだからフラッシュバックには気を付けておけと言い聞かされた。
「ルインさんも、ロザリンドの従兄と同居されてるんですよね? カウンセリングとか、どうですか?」
「行ってるみたいだが」
カウンセリングに行ったとしても、いい結果は得られていないのか、それともその同居人の精神的な傷がよほど深いのか、アーサーの表情は明るくはなかった。
「薬の影響か眠ってばかりだ」
「あー……ジーンは、だるいのか、よく寝てますね」
食事が不規則なので、昼食後の薬は飲んでいないことが多く、残薬を数えたツグミとアケビに説教をされたジーンの顔を思い出す。
「静かに寝てると、なんか、安心するのは安心するんですけどね」
「そうだな」
アートの同意に、ツグミは目を瞬かせた。
「そういえば、ジーン、偏食が酷くてですね、それで、手作り弁当に至ったわけですよ」
「それでか。栄養管理は俺も考えないといけないな」
話し合う二人に、ロザリンドが目を丸くしていた。
「君たちって、仲良かったっけ?」
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