第4話

 六時丁度にマリは目を覚ました。洗濯を忘れた制服が目に入り、溜息をつく。暗い顔をしながらも朝の支度を終わらせる。バッグを担いで静かに部屋を出る。


 別に誰を待つ訳でもなく、誰かが待っている訳でもないマリは、自転車に乗って学校に直行する。明るい太陽が、嫌にマリを照らす。風は強く、木々がざわめく。マリはずんだ餅のいる公園の方角を見つめながらぼんやりと自転車を漕ぐ。自転車が進むのは惰性の為である。パンクしていない為である。誰に褒められる訳でもなく進むのは、それを当たり前だとしている為である。誰も自転車を憐れんだりしない為である。



 マリはいつも朝早く学校に着く。というより、不機嫌な母の朝方の帰宅から逃げているという方が正しい。学校に着いたのは七時十分頃だった。昇降口にはまだ誰もいない。誰の外履きもなく、上履きだけが並んでいる下駄箱を見るのはマリの趣味だ(とマリは自らに言い聞かせる)。階段を登る音が反響する。マリの耳には入っていないが独り言も反響している。


 教室に着いたマリは席に座った。ただ、ひたすらに座る。本が好きな訳でも無ければ、勉強が好きな訳でもない。クラスメートもこんな朝早くにはいない、まして話相手もいるはずない。座る以外することが無いのだ。


 ずんだくん、今日もいるかな……また話がしたいな。……学校の誰かが話しかけてくれてもいいんだけど……。でも、私から話しかけても皆無視するし……。しょうがない、ずんだくんと何の話をするか考えよう……。


 誰かクラスメートが登校してきたようだ。足音がする。しばらくして、教室に辿り着いたクラスメートが、一瞬だけ顔を硬直させる。ドアに手をかけたところで開けるのをやめ、他クラスの教室に行く。マリに聞こえるような声で、隣のクラスの生徒に愚痴る。

「ねぇ、ちょっと、最悪なんだけど、あいつと二人とか絶対無理。独り言言ってるのはっきり聞いちゃったよ、もー」

「ウケる。あいつ本当キモいよね。違うクラスで良かったわ」

「私は最悪だよ。あいつ人の話聞かないしさ、なんか臭いし。給食の時とか最悪だよ」

「ドンマイ。てかさ、前聞いたんだけどさ、あいつ、給食代払って無いからって律儀に給食食べて無いんでしょ」

「そうなの! そこだけまじめなのも本当気持ち悪い」

「気持ち悪いって。ひどーい。まぁ実際、気持ち悪いんだけどね。あはは。」

マリの耳には届いていない。完全に彼女の世界にいる。


 その後、クラスメートが五人くらい固まって教室に入ってきた。ようやく教室に入る決心がついたらしい。マリは入ってきた事に気がつき話しかける。

「あ。おはよう……えへへ」

マリはずんだ餅と話した事で気分が高まっていたのだろう。勇気を出してクラスメートに挨拶した。

「チッ」

クラスメートは目もくれず舌打ちだけをして、マリを避けるように各々の席についた。マリはまた俯き、机を睨み始めた。結局その後一日中マリが喋る事は無かった。

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