第3話

 公園からの帰り道、マリは自転車を漕ぎながら考える。


 誰かと話をしたの、久しぶりだな。こんなに楽しかったっけ。話相手はずんだ餅だけど……私を無視する人間よりずっと良い。……上手に喋れてたかな……。……ずんだくんもいつか私の事無視して別の人と話すようになるのかな。もう嫌だな……そんなの。


 微笑んだかと思ったのも束の間、すぐに顔を曇らせるマリ。すれ違う人は皆、この、表情を目まぐるしく変えながら、ブツブツと独り言を言うこの少女を注視し、道を開けた。ぼんやりしているマリはこの癖の"おかげ"で事故を起こさずに済んだ。風はいつの間にか勢いを増し、木々を揺らしている。マリは急いで家に帰った。



 家のドアの前に立ち止まるマリ。開扉の一歩手前で止まってしまった。


 ……お母さんにどうやって話そうかな。最初は、やっぱりずんだくんと出会った時の事から話すべきかな。……でも、ずんだ餅と話したなんて言ってお母さん信じるかな……それ以前にお母さん、今日もお話する時間無いかも。


 暫くドアの前で考え込んでいるマリに隣人が怪訝な面持ちで話しかける。

「どうしたの、家の鍵忘れたの?」

マリは酷く仰天して、困惑する。

「えっと……いや、違う……」

しどろもどろになるマリ。隣人は急に興味を失ったような顔をする。

「あぁそう。じゃあ早く入りなよ」

隣人は足早にドアを開け、マリの前から消えた。ようやくマリはドアを開けて家に入った。

「お母さん……ただいま……」

返事は無いが、足音は聞こえる。マリは黙ってリビングに行き、静かにバッグを置く。キッチンにいる母が、急いで振り返った拍子にマリを見つけた。

「あぁ、帰ってたの。これ、勝手に食べといて」

やけに奇抜な服をして、メイクをした母がカバンを持ち、玄関に向かう。置いてかれると思ったマリは、勇気を出して話しかける。

「お母さんあのね、今日ね、ずんだ餅と話したんだ!」

母が立ち止まる。二人の間に沈黙が流れる。

「は? あんたね、そんなつまらない嘘つかないでよ。そんなので興味惹こうとか……。私はね、忙しいのよ、あんたのせいで」

大きな足音を立てて母が玄関のドアへ走る。取り残されたマリはただ、途方に暮れるだけだった。

「……ごめんなさい」

母は振り向く事なくドアを開け、騒々しく閉めた。



 母が出た後の家は静かだった。既にボロボロの制服を脱ぎ捨てる。

「新しい制服、買って欲しいって話もしたいのにな……」

部屋の電気を付けることもなく、通学バッグを開け、数学の教科書と筆箱を取り出す。筆箱を開けた瞬間にファスナーの把手が取れる。マリはただ、ため息をつくだけで文句すら垂らさない。


 次の朝まで部屋は殆ど無音だった。

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