第2話

 のだ……のだ……気がつけば、私の目の前にずんだくんがいる。目の前にはあのベンチが一つだけ。その上にさも当然みたいな様子でずんだくんは乗り、私に話しかける。

 ……来 欲 いのだ……マ    ん…… 話 な だ。

 あぁ、ずんだくんが何か話している。だけど、遠くて聞こえない。あともう一歩。もう一歩。


 マリの体中に衝撃が走る。椅子から落ちそうになり慌てて元の体勢に戻る。頬と耳が赤くなり、段々体が熱くなる。

 寝てしまっていたみたいだ。珍しいな。普段は休み時間をやり過ごす為に寝たフリをしているのだけど、今日は本当に寝てしまったみたい。……私、本当に昨日、ずんだくんと話したのかな。今思うとあれも夢だったのかもしれない……。だって私に話しかける人なんていないのにずんだ餅が私に話しかけるはずがないもの。……早く退屈な学校が終わらないかな……。そうしたら今日もあのベンチに行ってずんだくんが現実の住人である事を確かめなきゃ。






 


 やっと今日の学校が終わった。今日も、一言も発さずに終わった。……今に始まったことじゃない。今更気にしてない。それよりもずんだくんだ。早く学校から脱出して、あのベンチに行こう。

 

 既に時刻は午後五時を回っている。教室には西日が差し込む。マリは早々に帰りの支度を終えて、足早に教室を出ようとした。ふとマリの目に映った夕空は茜色で、雲もまばら。綺麗な空だなと笑みを漏らすマリ。その姿を離れた場所から冷笑するクラスメート。教室には、冷たい秋風が吹き込んでいた。


 マリは、大急ぎで公園に向かった。木々は風に騒ぎ立てられることなく、昨日と同様、落ち着いていた。いつもは徘徊が目的のマリも、今日はベンチに一直線だった。人間が数時間水を飲まないと水を強く欲するように、ほぼ丸一日話をしていなかったマリは、ずんだくんとの会話を強く欲していた。



「マリちゃん! やっと会いに来てくれたのだ!」

マリが、緑の生い茂る公園の中から真緑のずんだ餅を見つけるよりも早く、ずんだ餅がマリに気がついた。マリは答える。

「うん。ずんだくん。来たよ」

ずんだ餅が微笑む。もちろんずんだ餅に顔は無い為、本当に微笑んだかは分からない。だが、きっと微笑んでいる。

「来てくれて嬉しいのだ。今日は学校どうだったのだ?」

「え? うん。まぁ。……普通だったよ」

ずんだくんがうなずく。もちろんずんだ餅に顔は……以下略。

「普通が一番なのだ。人間は普通を追い求めて生きていくべきなのだ。マリちゃんもそう思うのだ?」

「うん、そうだね」

マリがうなずき返す。

「今日はなんの話をするか悩むのだ。……そうなのだ! 今日はファッションの日なのだ。十月二十九日を十(じゆう)に二十九(ふく)を着るって語呂合わせでファッションの日と決められてるのだ。マリちゃん知ってたのだ?」

「いや、知らない」

「嬉しいのだ! マリちゃんが知らない事を教えてあげると僕も嬉しいのだ」

その後も二人は会話を続け……殆どずんだ餅の独り言だったが……マリは楽しんだ。

「……ありがとう。私に話をしてくれて」

ずんだ餅が誇らしげな顔をする。

「お安い御用なのだ!」

マリは顔を赤らめ、自転車に鍵を挿した。

「もう帰っちゃうのだ? まだまだ話し足りないのだ」

マリの気持ちに気がついていないずんだ餅が寂しそうにマリに問う。

「うん。明日ね」

「わかったのだ! また明日会おうなのだ!」


 マリは逃げるようにして自転車に乗り、公園を出た。

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