第19話 先んじるなら背後に注意

「センピョー? あー、選考委員のお言葉ね」

「そう。それを読んだら、もう少し、方向がはっきりするかも」

「そのためには、あと二週間、待たなきゃ……。あ、授賞式は?」

 思い付いて、振り返るユキ。場所がちょうど、書店の出入口だったせいもあって、後ろを歩いていた堂本とぶつかりそうになる。

「何て?」

「だから、授賞式。そういうのはないの? そこで話が聞けるんじゃないかと思って」

「あるにはあるけど、十二月だったかな?」

「そんなに先なんだ」

「それに、非公開」

「え? それって、他のマスコミが来るなんてことはない訳? 残念」

「去年もそうだったんだ。売り出すための戦略らしいね。作者のプロフィールは一切明かさず、顔写真も知らせない。それによって読者の興味をかき立てようって寸法。三年ぐらいして、まだ作家を続けていられたら、公開するとか」

「じゃあ、当分の間、この賞でデビューした人のプロフィールを知ることができるのは、出版社と同期デビューの人だけなんだ」

「いや、僕だって、他の人には会わせてもらえないらしい。授賞式も、一人ずつ、別々にやると聞かされているんだ」

「うっわー、徹底してる!」

 道すがら、半ば呆れたように叫ぶユキ。

「でもって、寂しい授賞式になりそうだね」

「それはどうだか知らないが、ぽっと出の素人作家を、お偉方で囲んでしまおうなんて、意地の悪い発想には違いない」

 真っ平御免とばかり、手で顔を扇ぐ堂本であった。


 今日のユキは、一人で書店に来た。学校が休みだったせいもあるが、堂本がいないところで、選評を読んでやりたく思ったのである。

 店内は、休日の昼過ぎということもあってか、徐々に客が増える頃合。客のざわめきに、店の流す音楽がかぶさる。

(お、これか)

 これまで見たことのない雑誌なので、なかなか見つけられなかった。やっと手にした「アウスレーゼ」は、どちらかというと女性向け、それもティーンズ層をターゲットとした小説誌。そんな印象を、表紙から受けた。

 無言でページを繰り、どこに選評があるのか探すユキ。が、これも簡単には見つからない。いらいらしてきたユキは、一番最初のページを広げた。

(えーい、目次だ、目次。最初から、こうすりゃよかった。うーんと、桜井美優先生の新連載「最高の遺言」、お呼びでない。感動の最終回・杠葉純涼「風車の塔」、最後だけ見てもしゃあない。読み切り・室生薫子「首のない馬」、馬に首がなかったら乗りにくいだろうなー)

 すぐに探せばいいものを、目次を順に見て、いちいち突っ込むユキである。

(あ、あった。F&M賞の結果発表は、二百五十ページか。ニーゴーレー、にーごーれー、と)

 目的のページを開ける。目に最初に飛び込んできたのは、大きく濃い活字で、

「決定! 第二回F&M賞」。以下、文庫本にあった挟み込みと同じ文面が続く。選評が載っていたのは、二ページ先であった。

(最初は亜藤すずなって人か。<堂本さんの「白の六騎士」は最初、純然たるファンタジーとして読んでいたのが、最終盤に来ていい意味で裏切られます。いくつかの不思議な出来事が魔法なしにできたんだと説明されたり、今にも開戦しそうなのにしなかったり。もし仮にそういった部分がなくて、単なるファンタジーだったら、大したお話にはならなかったかもしれません。安易な方向に走らなかった作者の腕前を称賛します>。おお、一応、誉められている。

 甲賀明日夫。<「白の六騎士」。物語世界はファンタジー色ながら、随所にミステリーの小道具やトリックが散りばめられている。作者がF&M賞の名を意識した結果なら、拍手を送ろう。この作風で、怪奇現象を論理的に解明してみせる辺り、驚かされた。既存の著名トリックのアレンジであるのがマイナスポイントだが、それだけにとどまらずもう一捻りあったので帳消しとしたい。また、ありがちな王制打倒の物語にしなかったのもいい。いつまでもこのタイプを書けるとは考えにくいのだが、チャレンジを続けてもらいたい>。これも一応誉めてるけど、次回作以降に疑問符ってところかしら。

 次は桜井美優。<「白の六騎士」。これもファンタジーと思わせて実はミステリー。いや、作者自身がどう考えているかは分からないものの、私にはそう感じられます。いくつかの場面転換が細切れになっていて、説明調なのが鼻につきました。その他の点では、まずは合格。殊に黒騎士の不気味さがよく描けていて、引き込まれます。さらに、この手の作品には珍しく、本格的な戦争にならないのも好感>。ん、まあまあの評価か。

 四人目は杠葉純涼……何て読むんじゃ、これ? 紅葉もみじかと思ったら、違うじゃないの。ま、いいや。<「白の六騎士」――悪役のコウティが、案外、あっさりと倒されるクライマックスに、ちょっとがっかりさせられるも、それまでの話の運びで充分、カバーされていると思います。戦争を起こさなかったのも、このラストのためなら、うなずける。あと、これから二つの部族がうまくやっていけるのか、気になる。けりを付けつつも続きを読みたくさせるというテクニックだとすれば、なかなかの手前だなと>。好意的な意見が続くなあ。

 最後、蒲生克吉。この人だけ作家じゃなくて、編集者なんだ。<僕は少し偏見があって、ティーンズの女の子達には、論理的な展開よりも、神秘的な展開の方が受けるのでは、という気持ちが強い。でも、それを打ち破ってくれそうな、神秘に論理を絡めた作品が多くて心強く感じられた。その一つが「白の六騎士」で、魔法がありそうな世界で、さながらフランケンシュタインのごとく蘇った黒騎士が、実は……と種明かしをされるに至り、堪能できた。トリックが完全オリジナルでないのは残念だが、種明かしされるまで気付かなかったのだから使い方が巧いのだろう>。そっか、フランケンシュタインって、そういう話だったっけ。

 まあ、概ね好評ってとこか。そうでなきゃ、佳作にならないだろうけど)

 「白の六騎士」に対する評価を読み終わり、顔を上げたユキ。そのとき、ようやく、隣に彼がいたのに気付いた。

「ど、堂本……クン」

 思わず、後ずさってしまう。

「そんなに引かなくてもいいだろう」

「び、びっくりしたぁ。い、いつから来てたの?」

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