第14話 未完原稿へのダメ出し
ユキは原稿から目を上げた。
結局、未完成のままの作品を読んでいる。と言うのも、堂本の方が進められなくなったと言い出したからだ。書き上げた分を読んでもらって、これからどう進めるべきか、検討してみたい。堂本はユキに、そんなお願いをしてきた。しょうがないなーと言って、ユキが引き受けたのは記すまでもない。
「あの、まず、関係ないところから言うけど」
「うん」
「名前さあ、何か変じゃない? アストブって、何だか『明日、飛ぶ』みたいで、イメージが……。コウティは『皇帝』に似せているのは、まあいいとしてもよ。ゴルドーは『ゴールド』を思い浮かべちゃうし」
「ゴルドーっていう名前、本当にあるんだよ。オランダとかに」
「あ、そうなの? それはそれとして、白の六騎士さんの名前のややこしさ、何とかならない? えーっと」
原稿をめくるユキ。目指すページを見つけると、その六つの名を読み上げた。
「ポルティス・アスト・ネーヴァ、オルトン・アスト・ペトリントン、ドゲンドルフ・アスト・ヨルフ、フーパ・アスト・ディクラション、ユストリング・アスト・ヘイティッド、エメーゼ・アスト・ボリッシュ――覚えられるかい!」
最後は何故か、関西弁の口調。
「で、でも。アストブの名誉ある騎士だからということで、ミドルネームにアストを付けたんだけど」
「ふーん。あれ? 王様とかにはないけど、そのミドルネームが」
原稿をぱらぱらとさせながら、ユキは気付いた点を口にした。
「王族や皇族は、それぞれ、ワルドー、ゴルドーという名前を持っている。それだけで尊称なんだ」
「ははあ。……それはいいとして、どうして、こうも国籍不明な名前を付けるのよ。せめてさあ、マイケルとかジョージとか、親しみのある横文字にしてくれりゃいいのに」
「それだと、逆にイメージが固定されてしまうと考えたから、なるべく耳にする機会の少ない名前にしたんだ」
「いくら理屈をこねようとも!」
ユキは、右手人差し指を立てた。
「名前の付け方のセンス、ずれてるんじゃない?」
「う……」
「ほれ、あのイラストの、ツリーバーからして、おかしい」
立てた人差し指を、壁にある妖精に向けるユキ。妖精に意志があれば、何ら
かの反応を示したろうが、実際にもじもじしたのは、堂本の方である。
「聞き慣れない名前にするんなら、ややこしいフルネームなんてやめて、ポルティスとかヨルフとか、短くしよう」
「そうかな」
「でなきゃ、六人の違いが、ぱっと伝わるようにしてくれないと。ほとんど六人まとめて紹介されたようなもんじゃない。何か特徴でもないと、とても、覚えきれない」
「特徴のつもりで、髭、赤髪、緑の瞳なんかを書いているんだが」
「あんなんじゃだめ。何てのか、見た目よりさ、中身とか性格の違いの方を、その、浮き彫り? 性格を浮き彫りにしてくれたら、きっと印象に残る」
「性格の方も、書いたつもりだけどなあ」
首を捻る堂本。納得できない様子だ。
「言葉だけで説明してるからよ。実際に、女たらしの……誰だっけ、そうそう、オルトンが女と遊んでいる場面を描写してこそ、自然と覚えられると思う」
「なるほど。的を射ている感じだ」
堂本は、ようやくうなずいた。そして、かたわらに置いていたメモ用紙に、ユキの言った旨を書き付ける。
「これまでの欠点を指摘してくれるのもありがたいんだけど、これからどう書くかについても」
「ああ、そうだったわ。予定ではどうなるの、この物語?」
「簡単に言ったら……。ヒネガの一部がアストブに反乱して」
「お決まりね」
「うるさいな。そういうのしか思い付かないんだから、しょうがない。……ポルティスは戦争を回避するために奔走するんだけど、うまくいかない。それどころか、キルティと恋仲であるのを怪しまれ、スパイ扱いされそうになる。ポルティスは悩んだ挙げ句、身の潔白を示すため、キルティを殺す」
「えー! 殺しちゃうの?」
悲鳴を上げるユキ。
「そんなんじゃあ、読者の共感は得られないよ、この主人公」
「慌てないで、聞いてくれよ。殺したと見せかけるだけ。アストブ側の人物にその様子を目撃させればいい」
「なーんだ」
「でも、表向きはアストブに改めて忠誠を誓った形になるんだから、もはや戦争反対と叫んでもいられない。結局、開戦してしまう」
「そうこなくっちゃ」
嬉しそうな表情を作ったユキ。これで面白くなるぞ、そんな顔だ。
胴元は開いた口がふさがらない様子。
「あのねえ……。ま、いい。ポルティスは白の六騎士の一人なんだから、言わば大将格。最前線に赴かないでは済まされない。だましだまし、戦っていくことになる。一方、アストブ内にも、火種があって」
「あ、ツァークとレイカのことね」
ユキが先回りする。堂本は別に嫌そうな顔一つせず、認めた。
「そう。ツァークは父・コウティのやり方に疑問を持って、段々と従わなくなる。その上、王族の血筋を厭う発言までする。他の面では冷静沈着な国王も、息子の反抗には激怒。継承権を剥奪の上、城内の地下牢に幽閉する」
「いきなり……そこまでするか?」
「だから、省略して話してるんだよ」
「勘当すれば、話は丸く収まる」
ユキの単純な結論を、堂本がすぐに否定した。
「体面がある。それに、戦争しようかという時期に、国民に人気のあるツァークを王族から追い出したら、士気が乱れる。ツァークの下に人が集まり、アストブに対して兵を興すような事態にでもなったら、大混乱になるじゃないか」
「ふむ。分かった」
先に行ってというように、ユキは左手をひらひらさせた。
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