400m(全力)

クラスのみんなに聞いても、400mの世界記録保持者を誰も知らない。


 100mのように全力を如何に発揮するかではない。

 レーンによってカーブの曲がり具合が変わる、毎回同じようには走れない。


 1500mのように駆け引きで順位が変わることもない。

 コースは完全に分離され入り乱れることは無い。


 そもそも、いつも砂利の上で走る私には、完璧な準備はできない。


 無い無いばかりだけど、私はどうなりたいんだろう?

 一番になりたい。

 1分を切りたい。

 少し違うかも、きっと私は400mの走りに、全てをぶつけたいんだと思う。

 

 トレーニングでは毎日のように血を味わう、400mを駆けるたびに喉の奥に広がるのだ。気持ち悪い。

 それでも、全力を出し切ったと言い切るには程遠い。理想と現実をすり合わせる為、コーチを頼る。


 コーチは終盤に強い私を、気合と根性があると褒めてくれる。

 根性なんかで体を動かせば雑にフォームが乱れて失速するというのに、いい加減な話だ。

 私はもっと繊細に体をコントロールしているのにね。


  コーチのよく言う体に理想のフォームを染みこませる?

 言うは易し、常に成長している私の理想を本当に考えてる?

 トレーニングの日記を書かされるが活かされてないのでは?

 ○○選手を参考に、○○大学のトレーニングでは……

 ダメだな〜と思う。私を現実を見ろよ!

 今の私に対するベストと感じる指導は無かった。

 

 疑問は尽きないが、タイムは伸びる、予選の記録会を突破して

 コーチは喜ぶ……

 不満で、本当に100%の速度で成長できているか不安だ。


 ★

 それでも、私なりの答えを持って、フィールドに立ってるんだ。

 初めての県大会、記録会ではない、勝たなければ次は無い。

 実力的には、私の最下位確定のメンバーが並ぶ。

 じゃあ、自己ベストを更新しかないよね。


 軽く跳躍をし、スターティングブロックに足を掛ける。

 いつものワードが流れる

 オンユアマーク

 セット


 音に合わせてスタート。

 フライングとの境目に合わせて勝負を賭ける。


 コーナが私を外に追いやろうとする。

 右足を1ミリ内側に、肩を髪の毛一本分いつもより内に倒す。

 速度のロスは100分の99.99に抑える。

 実際にそうできているかは分からない。

 でも、脚から伝わる強いグリップと反発に手ごたえを感じる。


 終盤は減速との闘いだ。ピッチはキープできる。走りをゆったりと滑らかにカーブの曲線に沿わすように……変える。

 

 着く足は遠く……体を起こして腿を上げる。骨盤の角度を腹筋で調整。

 蹴る足は前へ……太ももの裏の筋肉を意識して使い体の芯を真っ直ぐ前に跳ねる。

 呼吸の拍子は一定に……胸を張る、腕の振りを紙一枚分後ろに、吐きさえすれば吸えている。僅かでも酸素をエネルギーに変換する。

 ふくらはぎの疲労は背中とお尻の筋肉が補う。


 体が自分の経験を越えて動く

 姿勢が震える

 限界の縁を見極める


 息が苦しい。

 目の奥がチリチリする。

 でも大好きなんだ。


 この、理想と現実の間に張られた一本の綱の上を走る。

 一歩誤れば転倒間違いなし。

 私の全力100%と言い切れるこの瞬間が!


 ★

 気づけばゴールしていた。

 

 無音の世界から解放されて、私の心臓の音がうるさい。

 汗が少し遅れて噴き出し、滴り落ちる。

 激しい呼吸は、喉だけでなく口の中を血の味で満たす。

 血を飲み込んで、顔を上げた。


 汗ごと握りしめた拳突き上げる。

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