フィギュアスケート(克)

「克」

 僕はこの字が好きだ。


 フィギュアは僕の人生の全てを賭けてきた。

 父や母に際限なく援助を求め

 体が動く限り滑り込み

 眠れば世界一になる夢を見た。


 滑れるなら、時間一杯滑りたい。

 滑るために走り込み、体を作る。


 とにかくスケートスピードを上げた、速く滑れば滑るほど、リンクを広く駆け、近づく壁面が勢い良く流れ、僕がリンクの支配者である事を実感させる、最高だ。


 体が動かなくなれば、音楽を聴き振付のイメージと同調させる。

 表現については、コーチが頭を絞ってくれる。表現しなくとも、僕の全力がベストマッチするように選曲しプログラムを練り上げてくれる。僕の調子の波を引き上げてより高みへ導くサブプランの提案までする、未来を見通す最高のコーチだ。


 休日は、スケート鑑賞だ、DVDを見ながら、ストレッチメニューをこなす。この一週間を振り返り、よくやったと自分を褒めながら、いつもよりいいプロテインを飲む。20歳を超え体の痛みが出やすくなってきて、整体による他人の手を借りた体のケアがベストな選択なのかと悩む事が増えた。


 僕には幸運がある。この環境は自分の力ではない。


 その幸運と僕のこれまでの人生全てを氷に乗っけて、リンクの支配者を気取ろうとも勝てない奴がいる。


 後悔は山ほどあるが、ベストを尽くしてきた。


 僕はあいつらを倒したいのか?

 違う。あいつがどんなに強くとも、僕の得点は変わらない。

 

 どうすればいい?決まってる。


 僕が僕に「克」しかないのだ。

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