彼らは、助けたかった
結界魔法を張っているとはいえ、無防備にいられるほど安全な場所ではない。
翌朝に聖魔法の使い手が出発する前夜、打ち合わせのあと。
彼女が寝息を立てているところで周囲を見張るのは二人だった。結界の中心で火をくべて、橙色が揺らぐのを眺めつつ周囲に視線を指すのはリーダーである。
結界の外に出て周囲の状況を確かめ終わった私は倒木に腰掛けた。近くの火から熱が照らされて顔が熱かった。
「本当によかったのかい?」
周囲を見回りした結果よりも先に出てきたのはリーダーへの言葉である。
「これでいいんです。僕たちは議論した、その結果通りにしただけです」
「それにしてはみんな辛そうな顔をしていた。多分、何かおかしいことぐらいは勘づかれているぞ」
「そりゃあ、数々の修羅場をくぐり抜けてきたであろうあなたに比べれば、僕たちは未熟なペーペーですし」
「勇者が何を言っているのか」
「勇者なんて僕たちは一度も言ったことないんですよ。知っているでしょう? 周りが勝手に言っているだけです」
「でも、それを否定していない」
「僕は弱いんです」
ぱちり、と薪が爆ぜる。リーダーが長い木で焚き火を突っつき、様子を見ていたかと思えば二つに折って放り込んだ。
「『彼女は魔王の血筋』――それは確かなの?」
「手紙の送り主は信頼できる魔術師です。僕たちの師匠の一人ですから」
「そう」
だからこそ、密書は幼馴染組をひどく憔悴させた。魔族領に足を踏み入れる直前の街で密かに渡されたそれには信じられないことが記されていたのである。
――『正魔法の使い手である修道女は魔王の血筋を継ぐものである。よって魔族領に侵入した後、秘密裏に殺害するように』。国はそのような指示を出すつもりだしい。どうしろとは言わないが、私はお前たちの決定を尊重する。決して道を違えるな。
はじめは私も知らされず、ただただ揃って体調不良と聞いてしばらく国境を超えられなかった。一週間ぐらいだったろうか? こっそり呼び出されてリーダーから密かに知らされたときには彼らの異変に納得したものである。
おそらく、手紙に書かれていた指示は私にされるべきものである。勇者パーティと呼ばれる存在に国の手先を紛れ込ませて裏でコントロールしようという意図が見え透いている。
だのに、手紙では『私に気をつけろ』ではなく『お前たちの決定を』である。私の思い過ごしだろうか? 手紙の送り主も知らなかったからそのような言い回しだったのか?
とにかく、私のような専門家ではなく、素質に振り回されているだけの彼らにそのような仕事を強要しているように思えた。
仲間を殺せ、というのは専門によく訓練された者でも困難を伴う。ターゲットの性質を多少なりとも知っていればなおさらである。リーダーに負けず劣らず、親切を人の形にしたような存在。もしかしたらリーダー以上かもしれない。それが聖魔法の使い手だった。
「それで、そちらの組織からは何かありましたか」
「何も。こちらの様子を伺うような存在も見当たらない。手紙によればまだ公式な指示にはなっていないのだろう? 指示を受けたとしても今頃国の山越えでもしているんじゃないか」
「どの山ですか? 北西に来るまでは王都からだと何本も山脈がありますよ」
「もしかしたら南の山脈を下っているかもしれない。私の荷物にこっそり入れられていた魔道具は鳥がくわえて持っていってしまったからな」
正確には、魔術師によって擬似的に作られた鳥によって、だが。
不意に訪れる沈黙の間。遠くからかすかに聞こえるのは動物が動き回る音か。あるいは魔物が近づいてくるのか。
目の前で炎が舞っている。
「パーティから遠ざけたところで、国が諦めると思えない。むしろ国の中に戻っているとなれば、直接手にかけるかもしれない」
パーティは『敵』の知力と執念深さを正しく理解していない。今回の動きはほとんど国に対する反抗である。利益がないと判断されれば、勇者パーティは一転、国賊パーティになってしまう。
「それだけじゃない。お前らは帰れなくなるぞ。どう転んでもだ。国に楯突くんだ」
「分かっています」
リーダーが新しい枝を炎に投げ入れた。火に巻き込まれゆく枝を眺めて、ややあってから居住まいを正して私の方を向くのである。
「だから、あなたにお願いしたいことがあります。僕の独断ですが、ですが、あなたでなければできないことなのです」
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