彼女は、追放された
普段だったら和気あいあいと互いを労い、互いをいたわる時間のはずだった。
人の手が入っていない森の中、少し開けた土地に結界魔法を張って生み出された安全地帯。それが私たちの、その日の宿だった。
地面に布を敷き、木々の間にロープを渡し、布を被せる。周りから『勇者パーティ』と称される、国を代表するパーティの野営がこんなに簡素なものであることはほとんどの人が知らない。
「あの、こんな時間に打ち合わせだなんて珍しいですね。私の知らない内になにかあったんですか?」
このパーティの始まりは三人組の幼馴染から始まった。男二人と女一人。そのうちの片方の男がリーダー。優しさを人の形に練った結果生み出されたような人間だった。残りの女が魔術師、一方の男はその、なんでも屋である。
さる偉いお方の指示で参加することになった私。
それから、ついさっきの声の持ち主。左側頭部から生えているくるりと曲がった角がそのあり方を示していた。
「申し訳ないね。今日もかなりの強行軍、魔王領の中を歩きっぱなしだったのに休む間もなくて」
「いえ、私としては『初めての魔王領』だったので、不謹慎にもワクワクしてしまいました。おじいさまが暮らしていた場所にやってきたのだと思うとつい」
「君にとっては初めてだったね。もっと都会に近づけばもっと驚くことになるんだろうけれどね。申し訳ないんだけれど」
「?」
彼の含みのある言い方を理解できていないのは一人だけでだった。魔術師もなんでも屋も視線を曖昧にして、二人に目を向けようとしなかった。魔術師にいたっては膝を抱えて小さくなっていた。体自体を二人からそらしていた。
「実はちょっと急な用事ができてしまってね。コレをアントレー教会に届けなくてはならなくなった」
リーダーがヤギ角に渡したのは一つの封筒。パーティを表す印で封蝋が押されている。パーティを示す印による封蝋はつまり、パーティ全体としての公式のものであることを示す。
危機的状況を示すものだったり、様々な方面に対する公式な返答だったり。とにかく軽々しく使えるものではない。
差し出されたのだから、ヤギ角も受け取る他ない。
何より、アントレー教会はこのヤギ角――聖魔術の使い手たる彼女がもとから所属していた教会である。
しかも、現在私たちがいるのは祖国の北西から魔族領に入ったところ。教会は国の南南東にある中規模教会。国を縦断しなければならない場所だった。
そのことを使い手が知らないわけもなく。
「えっと、これから、ですか?」
「そうなんだ。悩ましいところだなのだが、パーティの戦力を考えると君に託すのが適切だと考えていてね。本当なら連れていきたいのだけれど」
「そう……ですか。確かに私はこの中では新参者ですし、皆さんお強いので私の出番がないですからね」
「そういうつもりじゃないんだ。申し訳ない。僕もこんなことをお願いしたくないんだ。でも、背に腹は代えられないのが正直なところで」
「そんな! 気にしないでください。これだってパーティとして必要なことなんですよね。私が貢献できるのであればそれで十分です。神の導きがそうだった、というだけですから」
「そう言ってもらえると助かる。ありがとう。ごねんね」
使い手はそうして託された封筒を自らの鞄に収めるのである。
そして、一晩明けたときにはパーティを離れ、国に戻るのだ。
彼女以外は、それがパーティからの追放だと知っていて、そのことを終ぞ教えることはなかった。
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