O2-K

Unknown

O2-K

 ──オレンジレンジも悪くねえ、と俺は思った。Amazonミュージックで唐突におすすめに出てきたから「O2」という曲を聴いた。コードギアスとかいうアニメの主題歌だった記憶がある。

 俺のアパートは1Kであり、9.5畳の部屋と、キッチンと便所と風呂で別れた構造になっている。

 俺は深夜3時、無線イヤホンでオレンジレンジのO2を聴きながら、死んだ目で喫煙していた。

 未来の展望は何も無い。

 職は無く、友も無く、彼女も無く、ついでに童貞。ここにあるのは酒とタバコと精神薬とギターと孤独だけだ。

 最近は本当に何の活力も無く、ただベッドに横たわって音楽を聴いてるだけのゴミのような毎日だ。

 26歳の俺の日々は、死ぬほど腐っていた。


 ◆


 夜の6時になり、腹が減った俺は自分の車に乗ってマクドナルドのドライブスルーに立ち寄った。買ったのは期間限定商品である「こく旨かるびマック」と「ポテト」のMだ。この二つと、あとは冷蔵庫に備蓄してあるストロングゼロという酒が今日の俺の晩ご飯だ。

 

 アパートの駐車場に車を止め、なんとなくポストを見たら、一つの封筒が入っていたので、部屋に戻ってから見ることにした。


 ボールペンで小さく【進呈】と書かれた茶封筒を開けると、中に入っていたのは宗教団体のパンフレットであった。


【日蓮大聖人の仏法】という見出しの一枚のパンフレットだった。


「なんだ、宗教かよ……」


 俺は小さく呟いて、パンフレットの中身を読み始めたが、中身に一切興味は無かった。


【人生の目的を知らずに生きているのは、行方不明のバスに乗っているのと同じである。人生の目的は、実に成仏を得るにある。成仏とは、生死を乗り越えて永遠に崩れぬ、無上の幸福境界を言う。日蓮大聖人の仏法を実践すれば、いかなる人も宿命が変わり、現世には幸いを招き、臨終には成仏の相を現じ、死後の生命も大安楽を得る。これが成仏の境界である──(以下略)】


【故に日蓮大聖人は「されば先づ臨終の事を習うて後に他事を習うべし」と仰せられている──(以下略)】


 一応俺はパンフレットに全て目を通した。その上で「くだらん」と思ったので、封筒ごとゴミ箱の中に捨てた。パンフレットの下方には「顕正会 発行」と書かれていた。


 俺は小さな声で呟いた。


「顕正会か……。俺は宗教なんかに興味はねえんだよ、馬鹿野郎」


 特に気に食わなかったのは【日蓮大聖人の仏法を実践すれば、いかなる人も宿命が変わり、現世には幸いを招き、臨終には成仏の相を現じ、死後の生命も大安楽を得る。】という点である。


 俺は、これは絶対に違うと思う。


 自分の宿命は自分の手の中にあるのだ。自分の宿命は自分が変えるものだ。安易に神や他人の手に委ねていいものではない。そんな生き方、俺は糞食らえだ。何が日蓮大聖人だ。人生がそんな簡単でたまるかよ。

 

 と思いつつも、そのパンフレットの内容に少しだけ惹かれている俺がいた。

 

「俺は26歳で職も友人も恋人も無い。更には童貞。更にASDという発達障害や鬱病もあり、精神障害者として障害年金を貰いながら、日々を死ぬほど自堕落に生きている……。正直言って、今後の人生が不安で仕方ない。俺は、もしかしたら、神に頼ってもいいのかもしれないな──」


 俺がアパートの中でそう呟いた瞬間、アパートの中に制服姿の女子高生らしき黒髪の大人しそうな人物が現れ、俺にこう言った。


「それは違うよUnknown! Unknownはそっち側の人間じゃない。Unknownは神になるべき人間なんだよ!」

「お、お前は誰だよ! 警察呼ぶぞ!」

「私は前田愛莉。Unknownの味方だよ!」

「そっ、そうか。じゃあ警察呼ぶのはやめとくわ」

「うん」

「それで、愛莉ちゃんは一体何者なんだ?」

「私は天使みたいなものかな」

「何も状況が掴めねえ。とりあえず冷めちゃうから【こく旨かるびマック】と【ポテト】食ってもいいか?」

「え、マック買ってきたの? 私に食べさせろ!」

「やだよ。なんで見ず知らずの愛莉ちゃんに俺のマックあげなきゃいけないんだ」

「じゃあポテトだけでいいからちょうだい」

「まぁポテトならいいわ。ほら」


 俺はポテトを愛莉ちゃんに手渡した。

 すると愛莉ちゃんは美味そうにポテトを食い始めた。

 俺は聞いた。


「なんで愛莉ちゃんはいきなり俺の部屋に現れたんだ? 家の人は心配しないのか?」

「私は既に死んでる霊体だから、誰も心配しないよ」

「あ、幽霊なんだ」

「うん」

「それで、何のために俺の前に現れた?」

「Unknownが人生の道を踏み外しそうになったから、私がそれを止めに来た」

「え?」

「Unknownは宗教に入るべき人間じゃない。宗教を作るべき人間なんだよ。神になるべき人間なんだよ!」

「は? なに言ってるんだ。俺はただの一人暮らしの孤独な無職だよ」

「Unknownは素晴らしい力の持ち主なんだよ」

「大体、なんで君が俺の名前を知ってるんだ?」

「私、Unknownのカクヨムの文章の大ファンだったから、名前は知ってる」

「あ、俺の読者さんだったんだ。俺の小説読んでくれてありがとう」

「お礼はいらない。私が好きで勝手に読んでただけだから。むしろお礼を言うのは私の方だよ。素晴らしい文を書いてくれてありがとう」

「……そんなに褒められると、なんて返したらいいのか分からない」

「とりあえずunknownは、今から“日蓮大聖人と戦ってもらう”から!」

「は?」


 意味が分からなかったので、俺はハンバーガーを食いながら、間抜けな顔をした。

 すると、突然俺の部屋のインターホンが押される音がした。

 ──ピンポーン。


「はーい」


 俺がそう言ってドアを開けると、そこには、めちゃくちゃ高そうな白いジャケットを着ているサングラス姿の派手な金髪の男が立っていた。X JAPANのYOSHIKIにそっくりな外見だ。

 俺は訊ねた。


「え、誰ですか?」

「はじめまして。私は日蓮大聖人です」

「は、はじめまして。俺はunknownです」

「どうぞよろしく」


 そう言って、日蓮大聖人は笑顔で俺に右手を差し出してきたので、俺は思わず握りそうになった。

 すると、俺の後ろから愛莉ちゃんが思いきり叫んだ。


「その手を握っちゃダメ!!!!!!」


 俺は、すんでのところで日蓮大聖人と握手をしなかった。


「どうして手を握っちゃダメなんだ?」


 と、俺が後ろに立っている愛莉ちゃんに訊ねると、愛莉ちゃんは神妙な顔をしてこう言った。


「その手を握ると、unknownが日蓮大聖人に洗脳されちゃう! unknownはunknownじゃないとダメなの!!! 今すぐ日蓮大聖人を倒して!!!」

「……よくわからないけど、分かったぜ。俺は今からこいつを倒せばいいんだな!?」

「うん!!!!!!!」


 そのやりとりを見て、日蓮大聖人は慌てたような素振りをしながら、こう言った。


「ちょ、ちょっと待ってください。私はただ、あなたを救いに来ただけで──」


 その言葉を遮って、俺は叫んだ。


「うるせえ黙れ!!!!! 神に自分の生き方の全てを委ねるなんて、クソ喰らえなんだよ馬鹿野郎!!!!!!」


 俺はそう叫んで、日蓮大聖人の顔面に大渾身の右ストレートをぶっ放した。


「うらぁぁあああああああ!!!!!!」


 ──ドカーン!!!!!!!!!!


 そして、日蓮大聖人は星となった……。


 ◆


「はぁ……はぁ……」


 日蓮大聖人を空の彼方へとブッ飛ばした直後、俺は肩で息をしていた。

 そんな俺の背中に、愛莉ちゃんは抱きついてきた。


「unknown! 超かっこよかったよ!」

「愛莉ちゃん」

「なに?」

「一体、日蓮大聖人をブッ倒したことに、何の意味があるんだ?」

「わかんない」

「わかんないんかーい!!!」


 俺はずっこけた。




 完結




【あとがき】

今朝、ポストを見たら宗教のパンフレットが入ってたので、短編のネタにしました。

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