第9話


 部屋の照明が消えた深夜。

 瞼を照らすのはカーテンの隙間から漏れる月明かり。

 暗がりに響くのは大柄な少年の寝息だけ。


 シルバが眠りに落ちた事を確認したアインはゆっくりと布団を剥がす。

 胸にふつふつと沸き上がる焦燥感。

 少年は誰にも気づかれないように学生寮を出た。


 校舎と学生寮の間に位置する巨大な穴。

 学内に存在するダンジョンの入口。

 その近くでこちらを手招く金色の髪の少女。

 アインはそっとその少女に近づく。


 アインが目の前までくると、彼女は穏やかに笑った。

 優しくアインの手を引く少女。

 二人は一言も発することなくダンジョンの中へと消えていった。





「ありがとう......大体の状況は把握した」


「そう......もう行ってしまうのねアイン」


「あぁ、余り長居は出来ないよ」


「久しぶりに貴方の顔が見れて良かった......」


「僕も......僕も会えて良かった。これからは定期的に連絡を取ろう。それじゃ......」


 そう言い切って立ち去ろうとするアイン。

 再会の言葉とは裏腹に、その姿は足早にこの場から去ってしまいたいようだった。


「アイン!」


 アインの心臓が跳ね上がる。

 そんな少年を呼び止める少女。

 自身の胸に手を置き、立ち去ろうとする少年に語りかける。


「私は貴方の味方だから。......貴方だけの味方であり続けるから!」


 背中に当てられた少女の叫び。

 本来であれば喜ぶべき言葉。

 しかし、アインは振り向かない。


「......」


 名残惜しそうな少女の視線を感じながら、アインはダンジョンを後にした。





 ダンジョンを出て自分の胸に手を押さえるアイン。

 心臓が締め付けられるように痛む。

 久しく忘れていた感情のマグマが煮え、あの日の自分を思い出した。

 

 かと言って彼女の事が嫌いかと言われれば、そうではない。

 どちらかと言えば好き、いや大好きだと言えるだろう。

 しかし、そんな感情とは裏腹に己の中のどうしようもならない後悔が叫びをあげ、自身を否定する。

 そういった感情を起因させる。

 彼女はそんな存在だった。


 冷たい風が吹き付ける深夜。

 己が身に当たる風で身体の熱を冷ます。


 こんな感情のまま、あの学生寮には戻れない。

 気持ちを落ちつけるため、少し散歩をするのも良いかもしれない。

 そう思いながら夜の学院をぶらつくアイン。


 ふらふらと彷徨うと、広い場所に出た。

 周りに比べ丘の様になった場所がある。

 静まり返るその中央に見えた少女の人影。

 アインは吸い込まれるように近づいた。


 そこに見えたのは白銀の長髪。

 空を見上げる紫紺の瞳。

 月明かりに照らされた一人の少女。

 その儚げな横顔にドキリと胸が高鳴る。


「あれ、アイン? こんな夜更けにどうしたの?」


 ソフィアに声をかけられた。


 



 

















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