第10話


「あ、あぁ、少し夜風に当たりたくて散歩をしていたんだ」


「ふ~ん。良かったら少し話さない?」


 自分の隣をトントンと叩く少女。

 アインは導かれる様に近づき腰を下ろした。


「で、アインは何を悩んでたの?」


「僕は別になにも......」


「嘘だね。自分の顔、鏡で見た方が良いよ」


 そう言われ顔を急いで手で隠す。

 どうやら酷い顔をしていたようだ。


「そんな顔してたら誰でも気がついちゃうじゃん」


 彼女は空を見上げて呟いた。

 空気の澄んだ夜空。

 今日は月が一段と綺麗に見える。


「......何があったのか深く聞かないのかい?」


「うん、だって聞いて欲しくなさそうだもの。アインとはもっと仲良くなりたいから。親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ」


「そうだね......今はその方が助かるよ」


 そこで会話が止まる。

 草原に響き渡るは虫の声。

 少女は何も言わず唯々月を見つめている。


「ソフィアこそ何をしていたんだい? ベネットが寂しがっているかもしれないよ?」


「ベネット......ベネット......ベネットは寝ちゃったから大丈夫」


「どうしたの? もしかしてベネットの事を忘れていたとか?」


 アインは軽い冗談のつもりで言葉を吐いた。

 しんみりした空気を変えたかったから。

 しかし、ソフィアは少しうつむきながら、陰のある表情で呟いた。


「ううん、忘れない。──忘れないよ、アインもシルバもベネットの事も」


 何度も。

 それは僕たちの名前を自分に刻み込む。

 そんな風に何度も。


「......」


 アインは黙った。

 それは友人が初めて見せた表情だったから。

 彼女にだって何かある。

 僕にも言えないことがあるように。


 何があったのかはまだ聞けない。

 きっと時間を共有するなかで、新たな発見があって、少しずつお互いを理解して、そんな時間を大切にしたいから。


 永遠にも、刹那にも感じる時間の中でソフィアが口を開く。


「私、元々こんな髪の色じゃなかったんだ」


 ソフィアがふと自分の髪に触れた。

 肩まで伸びた白銀の長い髪。

 彼女の手から流れる髪が月明かりに反射し白く輝く。


「6歳の頃。先祖返りって言うのかな? 突然髪が白くなったの。その日から私の魔力が嘘みたいに高くなって、がむしゃらに剣を振るう毎日に変わって、気づいたら『月光姫』って呼ばれる様になってた」


「納得した。あの異次元の強さは努力だけじゃなくて才能も必要だと思っていたからね」


「うん。でもそのせいで、今まで同年代の子と話したことなくてさ。だから、この学院でアイン達と友達に慣れて良かった~」


 彼女は髪から手を放し、にししと笑った。

 そんな彼女の手から溢れ落ちた白銀の髪は闇夜に溶け、キラキラと光った。


「僕もソフィア達と出会えて嬉しかった。これから楽しい学院生活を過ごしていく。そう考えるだけでもわくわくするよ」


 初めての経験、体験。

 重ねていく思い出。

 その側に、ソフィア、シルバ、ベネットがいたらどんなに楽しいことか。

 ソフィア達だけじゃない。色々な人と関わって、色々な時間を過ごしていく。

 きっと充実した時間になる。

 たとえ、それがを達成するまでであっても。


「そうだよね。だから忘れたくないんだ~。この瞬間も、これからの大事な時間も」


「大丈夫。忘れないよ。少なくとも僕は忘れない」


「ふふふ、ありがとうアイン。私は今を全力で楽しむって決めたからね! アイン達にも全力で付き合ってもらうよ? それにさ......」


「それに?」


「たとえでしょ? だから、明日からもよろしくねアイン」


 その時、彼女の言葉がアインの何かに触れた。

 それはアイン自身も分からない何か。

 ソフィアの目が、顔が分からなくなるほどに動揺した。

 きっとに置いてきた何かだろうとは予想がつく。


「......もちろん! いい学院生活にしよう」


 アインはそう言った。

 なるべく動揺を表に出さずに。


 ソフィアは笑った。

 屈託のない笑顔で。

 だからアインも笑って、手を振った。

 ソフィアが見えなくなるまで。



 

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