第4話


 静まり返る大衆。

 刀を鞘に納める少女。

 その場の誰もが息を飲み、誰もがその剣技に見惚れていた。


 アイン自体、二刀流の存在は知っていたが見るのは初めてだった。


 片腕で剣を握ると、その分速度が落ちそうなものだがそんな事はない。


 極めて俊敏、極めて華麗。

 まるで舞踏のような体捌き。

 それは一線を越えるものだった。


 どれほどの才能とどれほどの努力があったのか。

 目を奪われた大勢にその研鑽は計り知れない。


 今が非常事態だった事を思い出したアインはふと我にかえる。

 そして、現を抜かす大衆を尻目に少女達の元へと向かった。


「大丈夫だったか!?」


 白銀の髪をたなびかせる少女はアインに気づくと、にこりと笑みを浮かべて見せた。

 一方、近くで震える緑髪の少女は立てなくなっているようだ。


「私は大丈夫! それより、あなた怪我はない?」


 白髪の少女は座り込んでいる少女に声を掛ける。

 潤んだ瞳を向ける少女は申し訳なさそうな表情で口を開いた。


「ベ、ベネットは大丈夫です......助けて貰いましたから。ほら、もう立ち上がったって......痛っ!」


 緑髪の少女は立ち上がった瞬間に悲痛な声を上げる。

 とっさに両腕で右の足首を押さえた。


「君......ちょっと足首を見せてくれ」


 アインが緑髪の少女の前にしゃがみこむ。

 ブーツをゆっくりと脱がし、足首を確認する。

 すると、真っ赤に腫れ上がった足首が熱を持っている事が確認できた。

 大丈夫と言うが、どう考えても処置が必要だろう。


「痛っ ......くないです......。ベネットは大丈夫ですから......」


「こんなに腫れているじゃないか。無理はしない方がいい。今から医務室まで運ぶから、肩に手を──」


「後は私に任せて貰おう」


 アインの後ろから放たれた男性の低い声。

 振り返ると、グレーの髪をオールバックに纏めた大柄な男性がいた。


「あなたは?」


「私はグレイル・ラージハルト。この学院で教師を勤めている者だ。少し騒ぎがあったようだが────君たちが解決してくれたようだな」


 グレイルがケルベロスの亡骸に確認し、答える。


「失礼しました、グレイル先生。僕の名前はアイン・フォーデンです。このケルベロスはそちらの少女が倒してくれました」


「そうか、君のお陰で被害を最小限に押さえる事が出来た。ありがとう。そして、すまなかった」


 そう言ってグレイルは白髪の少女に頭を下げた。

 慌てて白髪の少女が口を開く。


「頭を上げてください先生! 私が助けたくて勝手にやったことですから。それにその子を救えて良かったです。あ、あと私はソフィア・エスカトルです」


「ソフィア・エスカトル......? エスカトル家の『月光姫』とは君の事か......」


「私の事知ってるんですか?」


「あぁ、エスカトル家の次女。先祖返りの白銀の髪プラチナヘアー。二刀流の月光姫とは君の事だろう」


「そんな大層な肩書きは恥ずかしいですけれど──多分私の事ですね」


 グレイルは顎に手を置き、眉間に皺を作る。

 数秒思考した後、思い出したかように口を開いた。


「ふむ。今は怪我人が居たのだったな。式典も間もなく始まる。君達はそちらに行った方がいい。こちらの事は任してくれ。礼はまた後程」


 そう言ったグレイルは緑髪の少女を抱き上げ、校舎内へと消えて行った。


「ふぅ。一時はどうなるかと思ったけど、君のお陰で助かった。名前は......ソフィアさんだったかな?」


「うん。ソフィアって呼び捨てでもいいし、ソフィって愛称で読んでくれてもいいよ。その代わり私もアインって呼ばせて貰うね」


「分かったソフィア。よろしく頼むよ」


 ソフィア・エスカトル。

 エスカトルの名前は有名だ。

 数ある魔法貴族の中でも名門と呼ばれており、その血統魔法も強力だと聞いたことがある。

 魔法貴族だった事には驚いたが、本人はその事を鼻に掛ける事なく、フレンドリーに接してくれている。

 それなら今の話し方を崩す事なく、普通に接するべきだろう。


「いや~剣を忘れて来た時はどうしようかと思ったけど、間に合って良かった~」


「僕もビックリしたよ。それにその武器は剣と言うよりも刀だろう? かなり高価な物だと聞いたことがある。盗られる事なく戻ってきたようで何よりだ」


「うんうん。きっと私の日頃の行いが良いからだね!」


「用心するに越したことはないけどね......」


 なんと言うか、戦っている時とは別人だ。

 あの時の少女は本当に彼女なのだろうか?

 そんな事を考えてしまう程、今のソフィアは天然で親しみやすく、おっちょこちょいな普通の女の子のようだった。

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