第1話
──魔法は世界の礎なり。
これは歴史書に出てくる偉人が残した言葉だ。
この偉人アグラス・ヴラウラッドは数百年も前に生きていた魔法使いであり、世界でもっとも有名な魔法使いの一人とされている。
彼は生活魔法から攻撃魔法まで様々な魔法を発明した魔法の父であり、彼の魔法と血は現在に至るまで大切に受け継がれてきた。
数百年の月日が経った今も彼の言葉は遠からずと言ったものであり、人々の生活の側にはいつも魔法が存在した。
魔法学校。
昔では聞き馴染みの無い言葉だったかもしれないが、今は違う。
日々活発化している魔物達の数と比例するかのようにその名は人々の間に普及した。
今現在では大小様々な魔法学校があり、毎年若き魔法使いの卵達が集う。
そして、春先に見られる制服を着て旅をする少年少女はこの時期の風物詩でもあったのだ。
コーネル山脈を越えた先。
人里離れた地に
その姿は少し離れたこの街道から確認できるほど立派だ。
「さすがはディオラス大魔術学院と言ったところかな」
青色の瞳で学院を捉えた少年──アインは剣柄に左手を添えて呟く。
紺色を基調とした制服、その上には縁が青の黒ローブ。
新入生の装いをした少年もまた魔道の高みを目指し学院へと足を運んでいた。
その途中。
学院まで残り数キロメートルであろうか。
同じく紺色の制服を身に纏い、黒のローブをたなびかせる白髪の少女が歩いていた。
きっと彼女も同じ学舎で生活を共にする仲間だ。
ここまでそれらしき生徒を見なかったアインは少女に声をかける。
「こんにちは。君もディオラス大魔術学院の新入生かい?」
アインの声に少女が振り返った。
肩まで伸びた白銀の長髪。
こちらを見つめる紫紺の瞳。
彼女の人懐こそうな顔が笑みを浮かべながら近づいてきた。
「そうだよ。あなたも新入生みたいだね」
「あぁ、ここに来るまで新入生らしき人を見なかったから不安になってね。それで声をかけさせて貰ったんだ」
「わたしも君を見て安心したよ~。今日は入学式で間違いないってね!」
「今日は?」
「うん。私、間違えて昨日学院に行っちゃったから、今日も間違えてたらどうしようって思ってたんだ」
少女は頭に手を起き、照れくさそうにしている。
遠方から見知らぬ土地に移動してくると感覚は狂うものだ。
一日勘違いするのも仕方がないだろう。
「それは災難だったね。ここは見知らぬ土地だろうし、仕方がないさ」
「うん。三日連続で間違い中だったからさ、心細かったんだよね」
「三日連続......?」
「取り敢えず毎日行けば間違いないかなって」
「......」
──この人里離れた街道を毎日往復してたのか?
かなり根性があるな。
それに日付なんて町の人に聞けば分かりそうなものだが......
彼女なりの理由があったのかもしれない。
「ま、君が居るって事は今日で間違いないだろうし安心したよ」
「そ、それは良かった。せっかくだし、学院までそんな距離もないけど、良かったら一緒に行かない?」
「良いね、君ともっと話をしてみたいと思ってたんだ。どうやら剣を使うみたいだしね」
彼女はアインの腰に掛けられた剣に視線を移す。
アインはわざとらしく鞘を2回叩いた。
「まぁ剣がスタンダードに使いやすいからね。他の武器も使えはするけど、剣には劣るかな」
「ふ~ん。私は剣一筋だから、他の武器は分かんないや」
そんな言葉でアインはふと彼女の腰に目線を向ける。
腰にベルトは付いている。
しかし、剣など武器の類いは見当たらない。
「ところで君はなんで武器を持ってないんだい?」
「え? 武器ならちゃんと持ってるよ。ほらここに......あれ!?」
少女は自身の腰に手を置く。
しかし、何処を触ってもベルトの感触のみ。
剣がないことを理解し顔が段々と青ざめていく。
そして、ひきつった笑みでこう呟いた。
「私、剣置いて来ちゃった......」
「そ、それはなんと言うか......不味いね」
「まずい! まずい! まずい! 取りに戻らなくっちゃ!」
蒼白な顔であたふたする少女。
──彼女は天然なのか?
入学式の日を間違えただけでなく、初日から忘れ物をするとはかなりおっちょこちょいだ。
それに武器は自身の分身とも言える存在。
一番置いてきては不味いものだろう。
「私、剣取りに戻るから! ごめん一緒に行けない!」
「今から戻るの!?」
「うん、それじゃまた入学式でね! 黒髪の少年君!」
「あっ......! 入学式に間に合わないんじゃ......」
手を振りながら走り去る少女。
彼女は学院とは反対方向に消えて行ってしまった。
突然の出会いと突然の別れ。
何だか嵐のような出来事だった。
アインは溜め息を吐く。
「名前聞きそびれちゃったな......」
初めて出会った同級生なのに、名前も聞かずに別れてしまった。
というか名前を聞く暇もなかった。
「でも、感じは良さそうな子だった」
魔法使いには珍しいさっぱりとした性格だった。
彼女となら友達に慣れそうな気がする。
きっと学院内でまた会う機会はあるし、その時に名前を聞けばいいだろう。
何せ学院生活は4年間もあるのだ。
焦る必要はない。
そう思いアインは再び学院に足を向けるのであった。
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