魔術学院の魔剣使い

岡田リメイ

プロローグ


 薄暗い空間を照らすのは灯の魔法トーチの光。

 地上と比べ、ダンジョン内は肌を刺すように冷たい。


 そのダンジョン内の中でも隠し通路と呼ばれる特定の者しか知らないこの場所は、人の気配もなく、隔絶された世界を錯覚する程に静まり返っていた。


 そんな静寂の通路に響くコツンコツンといった足音が二つ。

 杖に魔法の光を灯す初老の男とその後ろをぴったりと付いて歩く少年の姿があった。


「まさかこんなに早く僕の所に来てくれるなんて想像もしなかったよ! 君はとても優秀な生徒だ。だから僕はわくわくしているんだよ? イヒヒヒヒ!」


「恐縮です」


 初老の男の称賛とも呼べる言葉に、少年は一言で返す。

 そんな返答にイヒヒと声を上げた男は、何の変哲もない壁の前で足を止める。


「君は謙虚だね~。さぁここが僕の工房だよ! 貴重な体験だから瞳がグジュグジュになるまでかっぴらいて見ていくと良いよ。イヒヒヒヒ!」


 そう言った男は壁に手をあて、小さく呪文を唱えた。


土よ溶け出せドログ


 すると、一見普通の壁に見えたその場所が、ドロドロと溶岩の様に溶けだし、人が通れる程の通路が出現した。


 男は何も言わずにその通路ヘと足を伸ばし、少年もその後に続く。

 不気味な通路を数名メートル程進むと、広い空間に出た。


「見てくれ! この芸術達を! これは全て僕が集めた物なんだよ!」


 男は声高らかに宣言した。


 紫色の歪な空間に飾られていたのは無数の目玉。

 そのどれもが液体の入ったカプセルに入れられ、キレイに陳列されている。


 目玉以外にも魔物のものであると予測出来る異形の腕や、元の姿を想像出来ないほど干からびてしまった何かの顔のような物散らばっており、とても芸術と呼べるものではない。


 その中で赤色の目玉を見つけた少年は握り拳にぐっと力を入れた。


「驚いてくれたかい? ここには君と僕以外誰もいないからね~! 本当に君はついてると思うよ! イヒ! イヒ! イヒヒヒヒ!」


 両腕を上げ、狂喜的な笑み浮かべながら飛沫を撒き散らす男。

 その瞳は焦点が合わず、どこを向いているのか分からない。


「えぇ。僕はついてますよ」


 少年は平坦な声で呟いた。

 少年の言葉を聞いて上機嫌になった男は、再び自身の芸術に視線を移す。


「そうだね! そうだね! 今日は朝まで君と語りあガッ......!」


 ──瞬間、男の背中に強い衝撃が走った。

 男は何が起こったのか分からずに混乱する。

 急激に熱くなった自身の腹。

 手を伸ばせば、ぬチャリと言う音と共に生暖かい液体が指に付着した。

 そこで始めて自分が剣に貫かれている事に気づく。


「な......ぜ......?」


「本当に僕はついている」


 少年は男に突き刺さった剣を勢いのまま抜き取った。


「ごはっ!」


 男は赤黒い血反吐の塊を地面に撒き散らしながら、すぐに少年と距離を取って杖を構える。


「君。自分が何を......したか......分かっているかな......? ここは誰もいないんだ。生きて返さないよ? イヒ!」


「その言葉そっくりそのまま返しますよ先生」


「面白いことを言うねぇ! 荒ぶる雷よ敵を貫けエル・ディウス!」


 激昂した男は少年に杖を向け、雷の中級魔法を唱えた。


「なっ......! なぜだい?」


 しかし、お手本通り綴られたはず魔法は、何事もなかったかの様に不発。

 そこで初めて動揺の色を見せる男。


「覚えてないんですか?」


 混乱する男は少年の顔に視線を向ける。

 すると薄暗がりに輝く紅蓮の瞳がこちらを捉えていた。


 その時、男は感じた事もないような冷や汗と、心臓が止まったと錯覚するほどの衝撃に襲われる。


「その黒髪! 真っ赤に燃え上がった瞳! まさか!?」


「忘れるわけないですよね? あなた達が一方的に蹂躙した僕達の事を」


朱眼ヴェルミオン黒悪魔ブラックデビル!? な、何故生きている! あの時、バロル族は一人残らず殺したはずじゃないか!」


 バロル族。

 一部の間で朱眼の黒悪魔と呼ばれているこの一族は、相手の魔法を妨害ジャミングする魔眼を持つ。

 特徴として黒い髪と赤い瞳を持ち、人里離れた場所に少人数で暮らしていた。


 しかし、その力を恐れた一部の魔法使い達が、バロル族を滅ぼす計画を立て、十年前に全滅させられている。


 だからいるはずがない。生き残りなんていない。そう思う理性とは裏腹に男の指先は酷く震えていた。


「この時を......この時を待っていました。十年間、お前をお前達を殺す為だけに生きてきた」


 少年は血塗れの剣先を男に向ける。

 深紅の液体がポツンと地面を濡らす。

 その瞬間、取り繕っていた優等生の顔が崩れ始め、そこには命を刈り取らんとする一匹のけだものが現れる。


 それは獲物に飢えた獣だった。

 獣は己の赤い瞳を光らせる。

 そして、人間とは思えない歪な表情で笑った。


「──同胞たちの無念を知れ!」


「待ってくれ! 話をしようじゃないか!? 君の望みは何だ!」


 命乞いをする男に声を震わせ、少年は歩を進める。


「お前に、お前達に命乞いをする資格なんてない......!」


 少年は刀身に闇の魔力を注ぎ混む。そして腹を押さえる男の前で歩みを止めた。


「ま、魔剣だと!? 何故その年で!? 君は一体──」


「死に逝くお前に教える事なんてない! 絶望と苦痛を抱えて逝け」


 闇の魔力が凝縮した剣は本来とは違った姿に変貌。

 全てを飲み込む黒の刃が男の頭上に振り上げられる。


「魔剣───────」


 そして復讐の刃が振り落とされた。




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