日常と生きづらさの抽出

『君色』 


 この世界には魔法少女がいて、倒すべき異形が出現する。突如現れた、魔物と呼ばれる黒いミミズのような生き物。奴らは人に寄生し肥大化してゆく。

 ストレスや悪意が魔物に啓発されることで人々は異形と化してしまう。人々が混乱の渦中にあったとき、流星のごとく出現したのが初代の魔法少女たち。ピンク色の猫を連れて煌びやかな衣装で現れた彼女たちは、異形を一掃し、人々を元の姿に戻した。

 未だなお人々の悪意やストレスは絶えない。初代たちがもう少女とは呼べなくなった今でも、魔法少女という称号は、地位は現代を生きる少女たちに継承されていっている。そして、他ならない私も、ピンク色の魔法少女として努めたひとりだった。


 エミちゃんは画家になって、ヒロくんは飛行機の整備士になったらしい。今日はこられないという二人を皆は口々に称賛していた。同窓会の席では大抵が明るい話ばかりだった。

 二人ともすごいよねぇ、まあ、魔法少女なんかやってたアンタたちほどじゃないけど。そう言って随分と太った旧友の一人が笑っていた。酒が回っているらしく大皿のポテトをつまむ彼女はご機嫌だった。それは彼女に限った話ではなくて、この場にいる、元六年二組のみんながそうだ。

 私の悪口もよく言っていたガキ大将はすっかり落ち着いているし、昔は根暗だった子も夢を叶えた今では意気揚々と皆の会話に混じっている。

 数年前から更に老けた周囲の友人たちを見ていると自分もまた歳をとっているのだと実感するのに。どうしてか私は生きた心地がしなくなるのだ。

 魔法少女を引退してから、こんなモヤモヤとした感情に行きあたることが増えた。

「百花、大丈夫? また度合ってない眼鏡使ってるんじゃない?」

 曇ったメガネを拭いていると隣に座る友人の玲奈が話しかけてきた。彼女もかつては魔法少女、ブルーとして活動していた。

「別に、これが一番みやすいからいいの……」

 玲奈は幼少期から更に心配性になった。昔から世話焼きではあったけど、結婚して子供を産んでからはそれに拍車がかかった。この年になっても彼女にまだ世話を焼かれている事実は緩やかに私の首を絞め続けている。

「玲奈こそ子供のこと不安なら無理して居る必要ないよ。みんなには私から言っとくから」

 玲奈はありがとうと言って手元のノンアルコールジュースにようやく口をつけた。私もジョッキグラスのビールをあおるように飲む。もうすぐ空になりそうなジョッキグラスには水滴が滴っている。もうこれで三杯目だ、私には玲奈と違って子供もいない。それに夫はおろか彼氏すらもう何年もできていない。焦りのようなものが喉を通り抜けた。

 玲奈くらい奥手で謙虚な方が女としては上手くいくんだろうな、なんて最低な思考と共に、床に叩きつけられるグラスの映像が頭をよぎる。

「あ、」

 危ない、言おうとしたところで向かいからガシャン! とグラスの落ちる音。旧友たちの恰幅のいい笑い声が一気に驚嘆の声に変わった。誰かがグラスを落としたようだ。

 隣を見た時には既に玲奈は立ち上がっていた。斜向かいの机の上はこぼれたサワードリンクでびちゃびちゃだ。玲奈が立ち上がったのを見て同級生たちは俄かに色めきだった。

 玲奈が仄かに青く輝く指先を少し動かすだけで空いたグラスの中へ浮き上がった水が流れてゆく。まるで手品のように。

 酔っ払った同級生たちの間から感情が上がる。いつからか私は内心玲奈を見下していたのかもしれない。そして、今はいつ私が玲奈に見下されてもおかしくないと思っている。

「やっぱり玲奈はすごいね」

 戻ってきた玲奈に声をかけると、彼女は何度も首を横に振った。

「あんなことくらいで褒めないでよ、恥ずかしい」

 私にはその『あんなこと』すらできないのになあ。残りのビールを飲み干すと、頭が少しだけ冷えた気がした。

「……ねぇ玲奈。子供産むとさ、人生って変わるもの?」

 夜風がいつもよりも心地良かったから、私達は近くの噴水広場で駄弁っていた。結局、玲奈が帰ると言い出したときに私も同じく席を立つことにした。

「そうだなあ。守るべきものがようやく定まった、みたいな感じはするかも」

 彼女の子どもの写真は何度か見せてもらった。一緒に写っている玲奈は、今まで見たことのないような幸せそうな顔をしていた。厳しかった先代の魔法少女にようやく認められたときも、強敵を倒したときも、彼女はあんな顔はしなかった。

「魔法少女を卒業してからね、ずっと自分が何をすればいいのかわからなくなってた。もう守るべき人を守れるのは後輩たちだし、力も残り滓くらい」

 玲奈は噴水に流れる水をイルカの形に歪めてみせた。でもすぐに形を保っていられなくなる。私がさっと避けた次の瞬間には、元座っていたところに水が散っていた。

「私たちはもう、少しだけ特別が残っただけのただの一般人なんだよ」

 魔法少女の魔力は一人に一つ。世界に五人しかいないから、魔力の種類は合計五つだ。それを後輩に譲っていく形式。だからいつの世代も魔法少女はきっちり五人しかいない。自分の力を譲れるのはたった一人だけ。

「私なんて、未だに前に進めてないよ。魔法少女やめてから。なんの為にまだ生きてるんだろうって感じ」

 魔法少女になりたがったとき、周囲にはよく馬鹿にされた。可愛くないから、片親だから、運動音痴だから、オタクだから。当時の私にはいくらでも負のレッテルはつけようがあった。だから、ことあるごとに夢を馬鹿にされ続けた。いつからか自分の夢を語るのは恥ずかしいことなんだと思うようになった。

 だから、中学で出会った先輩──先代ピンクにステッキを託されたときには、喜びよりも優越感の方が勝っていた。

 ほら、あんたたちよりも私は優秀なの! だから選ばれた! 何万人もいる女の子の中から私が選ばれた! 街を歩くのが楽しくなった、学校に通うのが楽しくなった。友達を作るのも楽しくなった。生きるのが、それまでの何倍も楽しくなった。

 今思えば、それはとてつもなく馬鹿なことだった。

「百花はこれからゆっくり見つけていけばいいんだよ。お金も時間もあるんだもん」

 確かに、魔法少女としての活動で一時の名声も莫大なお金も手に入った。いまだに手をつけられずにいるけど。

「もう私たちはやりきったんだから、後は今の子達に任せればいいの。私たちはもう彼女たちに守られる側なんだから」

 ポケットから取り出した携帯が震え出す。

 駅前の電光掲示板を赤い文字が流れてゆく。『第十四代魔法少女、正式に引退を発表。次世代のヒロインの座は誰の手に……』

「どうだろう、そう簡単にはいかないかも」

 携帯の着信画面には私たちにとって懐かしい名前があった。引退したきりずっと会っていない相棒から。私は迷わず応答を押した。


 突然の連絡から一晩、私はオフィス街に佇むいっとう大きなビルに呼び出されていた。

「突然の招集に応じてくれてありがとう、九代目ピンク。三門百花、めう」

 ピンク色の猫が私に向かって小さな頭を下げた。彼の首輪にかかった輝く石がこすれて音を立てる。

「本当に久しぶりだね、コット」

 私とコットは肉球と腕で握手を交わした。相変わらず彼の肉球は柔らかい。

「久しぶりの連絡がこんなことで申し訳ない、めう」

 もう十年以上経つのに可笑しな語尾は変わらないらしいことに少しだけ安堵した。

 魔法少女のパートナーでもあるマスコット、それがこのコットだ。彼は私が現役で活動していた頃はおろか、初代と共に戦っていた頃から姿が変わっていない。

「早速だけど会わせたい子がいる、めう。ついてきて欲しい、めう」

 広く長い廊下には歴代の魔法少女たちの歴史が写真と共に掲示されている。初代から十三代目まで。ずらりと並ぶ長い歴史に私もいるというのが未だに信じられない。

「……十五代目のピンクに関係することで、少し、ともいえないトラブルが起こったんだめう」

 てこてこと廊下を先導していたコットはこちらを振り返る。私が年表に釘付けになっているのを見ると呆れたようにため息をつかれた。

 あ、私の写真だ。若いな、花束なんか抱えて笑っている。見ているのが億劫になって、私は視線を床に逃した。

「もう百花がこれ以上に罪悪感を抱く必要なんかないと僕は思うよ、めう」

 私の次に並ぶピンク、十代目の顔写真には、黒い布が被せられている。

「ううん。多分、一生忘れられやしない。でもこれは私の問題だから」

 私の直々の後輩だった彼女は魔法少女になってまもなく、若くして殉職した。うっすらと透ける黒い布の向こう、彼女はどんな顔で笑っていたんだっけ。

「……百花。ここめう、コンコン。入るめうよ」

「あ、ハイ。どうぞ」

 帰ってくる裏返った声に、違和感を感じた。

 眼鏡の奥で一つの光景が弾けるように脳裏に飛び込んでくる。私──ひいてはピンクの能力、予知。無意識のうちに映像が流れ出す。応接室、机とソファ。下座に腰掛けている人の姿。あれが、『十五代目のピンク』……? ありえない。

「どういうことなの、今すぐ説明して!」

「ああ、もう視えちゃったか、めう。急がずともすぐに話すから落ち着いて、めう」

 コットの首についた石が光りだすと、ぎぃと音を立てて応接室の扉が開く。そこには、所在なげにソファに腰掛ける学ラン姿の少年がいた。


 画面の中で笑っているだけの存在だと思っていた彼女たちが、本当はどれだけ苦渋を味わっているかを僕は知っている。

 今から十年前、五歳の頃の話だ。その日もいつも通りの休日として終わるはずだった。どろんこのまま家に帰ってきて父とお風呂に入り、家族みんなで夕飯を食べた。

 疲れから母の隣でぐっすりと眠っていた僕を揺すり起こしたのは違和感だった。母の寝息がおかしいことに気づいたとき、父の悲鳴が聞こえた。

 熊のような唸り声と共に僕を抱きしめる母の力がとても強くなっていて、僕は泣いてもがいた。父が僕を後ろから羽交いじめにする母を引き剥がそうとするけど、振り払った母の強い力で寝室の壁に叩きつけられた。

 テレビの中でしか見たことのない、人の異形化だった。怖くて後ろを振り向けない僕は、そのまま窓ガラスを突き破った母に掴まれたまま連れて行かれた。

 背中越しに伝わる、母だったものの荒い息。首に食い込んだ血管の浮き出た太い腕は母のものとは思えなかった。外の空気がいつもの何倍も冷たく感じられた。息が苦しくて遠のく意識の中、歪んだ視界の端に、煌めく一筋の光を見た。

 次の瞬間、眩しい光が花火みたいに弾けて嘘みたいに苦痛が消えた。どかん、という衝撃と共に宙に放りだされる僕を、誰かがすぐに抱えた。細いのに力強い腕だった。

「もう大丈夫。よく頑張ったね」

 優しい少女の声に僕は泣き出してしまった。お母さん、お母さんが、と僕がうわごとのように呟いていると、彼女は「お母さんのことも助けるから」と約束してから僕を自衛隊に受け渡した。彼女は飛ぶように母の方へ向かっていった。迷いのない背中はとても格好良く映った。

 母は街を壊し火事を引き起こしたが無事魔法少女たちによって沈静化された。人が異形化するのにはいくつかパターンがあって、母の場合は朝食の鮭に潜んでいた魔物を体内に入れてしまったことが原因だったようだ。魔物自体は僕たちでも殺せる虫程度の黒い生物だが、人の体内に入り込むと人を異形に変え凶暴化させてしまう。彼らは特に心の弱った人間を狙うからタチが悪かった。

 さて、僕はそれからすっかり魔法少女ヲタクになってしまう。僕を助けてくれたのが当時のピンクだと知ったのは後日のことで、僕は男だから魔法少女になんてなれないという現実をつきつけられるのはもっと先のことだ。


 今、僕の目の前では憧れていた元ピンクと、魔法少女たちの相棒コットが難しい顔をしている。僕の隣に腰掛けたピンクが一気にカップの中の紅茶を飲み干した。

「第十五代が魔法と権利を放棄してこの子に勝手に譲渡したって? ありえない、ふざけないでよ」

 先程から空気のような僕は黙って座っていることしかできない。眼鏡をかけたきしんだ茶髪の女性、変身していない魔法少女を見るのは初めてでついまじまじと見てしまう。

「……百花、落ち着いて。信じられないかもしれないけど本当のことなんだ、めう。実際、彼から流れる魔力、君にもわかるだろう? めう」

 目の前に座るコットが僕をちらりと見て、心配しないでとでもいいたげにしっぽを揺らした。全部どうにかする、そう言ってくれた彼は、はなから僕には期待をしていないようだった。

『ねえ百瀬くん。魔法少女に憧れているんでしょ?』

 数日前、僕の落とした魔法少女のキーホルダーを拾い上げてセーラー服の少女は笑った。僕を嘲笑しているようにも、哀れんでいるようにも見えた。彼女は、クラスで僕の次にのけものにされている子だった。とても真面目で先生たちからは評判の良い子だった。

 彼女の刺すような視線に押されるように頷くと、彼女は良かった、と呟き僕の手を握った。

『ならあげる。君の方が向いてそうだし、私はこんなものいらないから』

 視界が桃色の光に覆われ、僕はたまらず目をつぶった。驚いて後ずさると、手のひらにキーホルダーが乗せられていた。そして、体に残る違和感。

『魔法なんかで集まる注目も歓声も、手のひら返しも心底気持ち悪い』

 一体、何を言っているの? 彼女はもう僕になど興味がないみたいに踵を返した。すぐにわかるよ、とだけ残して。

「……この子からもう一度、十五代目に魔力を返還することは!?」

 ピンク──百花さんはついに立ち上がりコットに詰め寄る。

「無理めう! まだ変身すらできない、この子の微々たる魔力を誰かに移植したら、君の後輩のピンクたちが培ってきた魔力ごと消失する恐れがある、めう」

「なにそれ……じゃあなんで私なんか呼んだの」

 ふと僕の視界がピンク色に光った。話し込んでいる二人は意に介する様子がない。僕にしか、この光と衝撃は見えていないんだ。脳裏に流れる一瞬の写真のような光景。床に落ちて割れる、ティーカップ……?

「一番暇そうだから。というのは半分冗談で、この子を鍛えてあげて欲しいんだ、めう。幸いお披露目までは時間があるから、それまでに魔力を一定に鍛えればまだ取り返しはつくかもしれない、めう」

「あの! 僕」

「君、なんで大人しく力を受け入れたの? これはそんな安請け合いしていいような事象じゃないんだよ。人命だって関わってくるの」

 百花さんが僕の学ランの襟を掴んだ。間近に見る彼女は二十代後半とは思えないくらいに若々しかった。

「やめるんだめう! その子はなにも悪くないめう! 百花もわかっているはずめう!」

 コットがソファから立ち上がり、平テーブルに飛び移る。

 あ、来る。僕はティーカップとソーサーを咄嗟に抑えた。僕の動作にティーカップに足を引っ掛けそうだったコットも動きを止めた。

「……もう、視えるの?」

「はい。桃色に目の奥が光って、モノクロの写真みたいなものが見えるんです。それが、大抵数分後だったり、遅くとも一時間後には実際に起こります」

 すぐにわかる、と言われた通り力はすぐに発現した。最初はデジャヴのようなものだと思っていたが、それは段々と予知めいた未来予想に変わっていった。猫、迷子、老人、僕はそれをはっきりと意識するようになってから、彼らを助けられるようになった。

「わお! 精度はまだ低そうだけど、成長速度は早いめう」

「本当、ですか」

 コットが褒めてくれるのに対して、百花さんの反応は悪くなる一方だった。

「やっぱりこのままにはしておけない。魔法少女の歴史は変革するには長すぎる」

「僕、ずっと魔法少女に憧れていて、だから……」

「悪いけど、君を魔法少女にするわけにはいかない。リスクが大きすぎる。コット、今回ばかりは断るわ」

 百花さんはそれだけ言って部屋を出ていってしまった。僕がかつて見た彼女の後ろ姿とは違いすぎた。昔よりも成長しているはずの背中は、どこか小さく見えた。

「悪く思わないであげて欲しい、めう。あの子は、変わらざるを得なかったんだ、めう」

 コットは詳しく言葉に出さないけど、僕はそれについて知っている。十年前、百花さんの次のピンクが亡くなったのだ。任期が始まって一年と経たないうちのことだった。

 インターネット上では心ない憶測が飛び交った。継承に問題があったのでは? やはり魔法少女は必要ないのでは? 自衛隊は何をしているんだ? 

 九代目ピンクの目が狂っていたのでは?

 そんなことはないと声を大にして言いたかった、今度は僕が彼女を救えたのなら。

 僕の視界がキラリと光った。太陽を直視したかのような鈍い痛みに瞳を瞑る。暗い瞼の奥に、学ラン姿の僕と百花さんが高架下の橋で隣り合って話しているようだった。


「やっと来たね、別に君と話す予定はなかったけど」

 肩で息をする百瀬少年は予想していた時間ぴったりに到着した。

 私の脳内に未来が駆け巡ったのは応接室を出てすぐのことだった。諦めの悪そうな桃瀬少年に後ろ髪を引かれているような気がして、私はしぶしぶそこへ向かった。それに、何かしらの形で過去は未来へ収束する。

「君の同級生の子、本当に逸材だったみたい。あの短期間で人に渡せるまでに魔力を育てられるくらいだし」

 どうすれば彼を諦めさせることができるだろうか。

「……どうして僕じゃだめなんですか。僕が女の子だったら、納得してくれましたか」

 彼の目はまだ澄んでいて、本当に魔法少女に憧れているんだろうな、とわかった。

「僕だって誰かを助けたいんです。昔、あなたに助けられたように、僕も誰かの力になりたいんです」

 彼の目は、能力の使いすぎで濁り切った私の瞳とは違う。彼を、こんなふうにはしたくない。

「人を助けたいのなら自衛隊って手もある。福利厚生もしっかりしているし、そっちはれっきとした職業だ。百瀬くんの想いにも合っている」

 やりたいとやっていけるはまるで違う。やりたいことと自分の能力が見合わないことなんていくらでもある。

「そんな……」

「それに、君にはいざというときの覚悟はある? 誰かを助けられなかった時詰られる覚悟、インターネットで誹謗中傷に耐える覚悟、世間からの期待とプレッシャーに耐える覚悟、ある?」

 百瀬少年が俯いた。彼くらいの歳でそんなものがある人はいないことくらいわかっている。そして、それは少女たちも同じで、言ってしまえば少女たちの方がよほど繊細でセンシティブな存在だ。世間が五人ぽっちの少女に押し付けるものがどれだけ大きいのか、全貌をしっている人はごく僅か。

「わからないけど……僕、昔から耐えることだけは得意なんです。だから、僕が耐えることで夢が叶うなら」

 ああ、この子はだめだ。直感的にそう思った。

「君が魔法少女になることで誰かが死んだとしても、その言葉や意思に責任持てるの?」

 彼が、ようやく言葉に詰まったようだった。

「私の一つ下のピンクに何があったか、知っているでしょう?」

「でも、あれは仕方のないことで……!」

「私は、私の一つ下の後輩を殺した。中途半端な状態で継承をしたせいで、私の全てがその子に渡らなかったの」

 私は、継承ギリギリまで活動をやめなかった。玲奈たちはとっくにやめていたのに、後輩たちのために魔力を保持していたのに。

 予知を繰り返して、魔力を摩耗させてまでも多くの人を助けようと思った。それが傲慢だった。魔力だけでなく、視力までも摩耗していってもどうでもよかった。

 もう誰にもバカにされない、それどころか羨望を浴びる自分自身に、私は酔っていた。結局、私の原動力はそんんあ汚い感情でしかなかった。

「私は、もしかしたら魔法少女になった君の未来の姿かもよ? 私には、もう何も残ってないの」

 自嘲気味に笑って、私の愚かさを伝えるしか私にはできなかった。玲奈だったらもっと優しく、もっとしっかり説得できたのかな、なんてどうしようもないことを考えてしまった。

「そんなことは絶対にないです!」

 先ほどまで俯いていたはずの百瀬少年が、まっすぐにこちらを見ていた。

「あなたがいなかったら僕はいなかったし、今の当たり前はなかったはずなんです!」

 時が止まってしまったみたいに、あたりの静けさが急に際立ったように思えた。

 一人で塞ぎ込んでいた頃の静けさにも似ていたし、喜びを一人で噛み締めているときの静けさであるようにも思えた。

 魔法少女とは、本来こういうことなのだとようやく思えた。理不尽にも声をあげること、一人でも立ち向かうこと。

「僕は、あなたみたいな魔法少女になりたい」

 百瀬少年の声は震えていたのに、夕日を背負うように立つ彼は昼間の弱々しい少年とは似ても似つかなかった。

 彼のもたらすものを見てみたい、そう思った。思ってしまった。

「……君がやりたいのなら好きにすればいい。私はそれを阻むだけだよ」 

 私の瞳の奥に桃色の光が走る。意図して能力を使うのはどれくらいぶりだろう。遠い未来に思いを馳せるように、私は彼の瞳を覗き込んだ。

 目が痛い。乾いた瞳に久しぶりに涙が滲む。なけなしの魔力で彼の未来を覗き見ようとする私はやはり底意地の悪い大人になってしまったものだと思う。

 でもそうか。こうやって、受け継がれていくんだ。今まで抱えていた荷物をようやく下ろせた気がした。

 夕日の眩しさと魔法でぼやける視界の裏、見知った色が光り輝いていた。

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