純白以上に危ういものは無い。

シューク

純白以上に危ういものは無い。

 指の隙間からするりとシャーペンが落ちた。

 机の脇に目を落とすと、乱雑に束ねられたプリントとリュックサックがある。帰ってきてからそのままで、まだ弁当箱も洗いに出していない。放課後に部活で揉め事があり、さっきまでイライラしていたのだ。

 シャーペンを拾い、ノートの上に置く。短いため息が漏れた。……うん、少しだけ休憩しよう。

「お前は計画性が足りない」、先輩にそう言われた。先週彼にアドバイスを求めた件だった。指示したのは先輩なんだからキレても良かったんだろうが、そうする気にもなれなかった。別に怒るのは好きじゃない。結局、メンバーが適当なところで折り合いをつけて終わったのだ。その方が平和的でいい。僕はただサッカーがしたいだけなんだ。

 窓から差した夕陽が、時計を紅く染めている。二階の角部屋で、秒針の音だけがよく響く。

 不意に、母さんが親友のことを悪く言って、親子喧嘩になった事を思い出す。裕翔ゆうとは礼儀がなってないとか、裕翔より僕のほうが勉強が出来るとか、そんなどうでもいい事だ。本当は無視すれば良かったのにそうすることが出来ず、母さんに突っかかろうとした。母さんの驚く顔になんだか無性にムカついて、それでも手を上げるわけにはいかないからダイニングテーブルに強くあたるしか無かった。

「くだらない…」

 去年の春。中学に落ちて落ち込んでいた時、友達に僕の努力を否定された。「佐藤みたいな天才でも落ちるんだね」、そんな言葉で片付けられた。僕は天才でもなんでもない。あれは、小学校時代の時間をすべて捧げた受験だったのだ。合格のためなら、友達との時間もどぶに捨てられた。死にものぐるいで勉強することが幸せの第一歩だと信じていた。……それなのに。

 自分でもびっくりするくらい血圧がどっと上がって、そいつをぶん殴るところだった。その友達は…いや、あいつはもう友達じゃない。

 「馬鹿」とか「死ね」とか、ストレートな悪口を言われる方がマシだった。

 好きなもの、愛しているものを否定される方がよっぽどつらいんだ。自分の大切な友達の悪口を聞くとひどく心がえぐれる。自分の信じてきたものを否定される……それは、自分を否定されたようで、存在意義なんて無いと言われているようで。気持ちをどう整理すればいいか分からなくなるんだ。

「………」

 要は、それだけ自己中ってことかな。

 僕は滅多なことで怒らない。

 今日も先生から

「お前って素直で良いやつだよなあ。いい意味で変わってるよ、いい意味で」

 なんて調子の良いことを言われたばかりだ。

「いい意味で」って何だ。今まで何度「素直」と言われたか。もう聞き飽きるくらいだよ。それって悪く取れば悪口じゃないか。これから自分が気づかないままに、いくらでも黒くなれるんだから。

 そうだ、純白以上に危ういものは無い。

「まぁでも、とりあえずは素直に褒め言葉として受け取っておくか」

 それが最善策だろう。そんな事をいちいち気にしていたら、これから生きていけない。

 いつだったか先生は僕に、君はいつか誰かに騙されてしまいそうだと言ったことがある。そうか。

「素直で…どうしようもない僕は、きっと」

 一度悪を信じてしまったら終わりなんだろう。


 次の日の放課後。屋上で、僕は一人の少女に出会った。

「はじめまして」

 僕に向けられた笑顔に淀みは無く、それは芸術品のように綺麗だ。白いワンピースを着て、細い手を差し伸べてくる。僕は一瞬ためらい、それでもゆっくりと、彼女へ手を伸ばした。

 そして微笑む。

 この人となら仲良くなれるような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

純白以上に危ういものは無い。 シューク @azukisuika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ