最終話
「すごい……
いったい何なのそれ」
モランを彼方へ飛ばした小さな灰の球を、アロはじっと見つめる。
「ん?これは
「それが何なのかって聞いてるんだよ!」
「別に大したもんじゃないよ」
懐から包帯を取り出し始めたハルを見て、アロはハッと思い出した。
「待って、私のことはいいから、オーケストラを……」
「オーケストラを?」
「大事な部品が奪われたの!あれが無かったらオーケストラが……」
ハルが突如として空を見上げた。
黒い飛空艇がハルとアロの上空を覆っていた。黒い飛空艇のハッチが開き、中からモランの顔が覗く。
「コケケケッ!!
じゃあなガキ共!!」
そんな捨て台詞が聞こえてくる。
「まだ動けたのかよ……」
ハルはベルトから新しい、赤と青のマーブル模様の球体を取り外す。するとそれを見かねた黒い飛空艇が急上昇した。
「
球体は黒い飛空艇へ向かって飛翔する。だが、突然ぴたりと空中で静止すると、力を失って落下し始めた。
「ダメか……」
モランはすでに
追跡を諦めたハルは地面に落ちた球体を拾い、アロのもとに戻る。
「とりあえずけがの治療をしよう。不幸中の幸いというか、弾が突き抜けてるから腹のけがは見た目より大したことなさそうだぜ」
そういいながら、ハルはそこでようやく、アロの目から零れ落ちる涙に気が付いた。
「お、おいおい……」
ハルは慌てて応急手当てに取り掛かる。
「えーと、ほら、痛み止めもあるから大丈夫だって」
「痛くて泣いてるんじゃない」
アロは目元を裾でごしごしとこすった。
「じゃあなんで」
「もう、オーケストラが戻らないから……」
「船なら新しいのを手に入れれば」
肩を震わせて涙を流すアロをどうにか慰めようと、肩にそっと添えたハルの手は、アロの手に弾かれた。アロの目に怒りが籠っているのに気が付いたハルは狼狽えた。
「オーケストラはっ!!」
アロの慟哭は長く続かなかった。瞳に宿った怒りもすぐにしぼんだ。アロにはこの状況を変えるだけの力がないから。行き場のない怒りは、しぼんでいくしかなかった。
「私は……オーケストラが傍にいてくれれば、それだけでよかった」
故郷。両親。
代替品のないものを失った。オーケストラはその空いた穴の埋め合わせにはならなかったけど、何物にも代えられない存在にいつしか変わっていった。
「珍しくなくてもいい、価値のある部品なんかなくても、オンボロ船でいいから」
アロはようやくわかった。
オーケストラは、一人で故郷を飛び出してから苦楽を共にした、唯一の友達。
「オーケストラは私の一番の親友だから!
だから代わりなんていない!!いないのに……」
アロがどれだけ泣いても、オーケストラはもう戻らない。そうとわかっていても、アロは流れる涙を堪えることができなかった。
「……まだだ、諦めるな。」
アロはにじむ涙を拭って、ハルを見た。
「親友なんだろ」
ハルの手の中には自転し始める赤と青の石球があった。
「ここにきてから、あまりいいことはなかったけどさ」
球体は赤と青の二つの光を内側に灯した。
「ずっとこういうのを求めてた気がする。アロと、それからオーケストラに会えて本当に良かった。
上手くいくかわからないけど、何とか追いかけてみるよ」
ハルは足元に落ちていた、血に汚れたアロの銃を拾った。
「これ、もらっていいか?」
「い、いいけど。
でも、追いかけるってどうやって……」
「飛ぶ」
第三石球がハルの頭上を緩やかに飛翔すると、ハルが手に持っていた拳銃が、球体に引っ張られるようにして浮かび上がっていった。
〇
黒い飛空艇、バルーンがぐんぐんと上昇していく。
「いいか、バルーン。俺が社長にまでなれたのはな、引き際ってもんを弁えているからだ」
『なるほど、さすがモラン様ッス!』
船内を震わせるかのような声が響く。黒い飛空艇に宿る意思『バルーン』の声だ。
「あんなバケモンと戦ってもなんの得もねぇ」
手に入れた『マーブルコア』。あのガラクタから抜き取ったこれさえあれば、モランの念願がかなうのだ。
「俺には利益だけあればいい」
それから、モランの口からぎりぎりと歯ぎしりが鳴る。
「だが俺の髪形を「鶏のトサカみたい」といったあのガキは絶対殺す」
『あっ、そうだ!そんなに嫌なら、違う髪形にしたらどうッスか?』
バルーンがそう提案するが、モランは首を振って答えた。
「側頭部から髪が生えてこないから、どう頑張ってもこのモヒカンにしかならないんだよ……」
『あ、そうなんですね』
一気にバルーンのテンションが下がった。
「でも坊主はもっと嫌だからトサカは剃れねぇ!」
『あの、もうわかったんで……』
あきれたような声を出すバルーンの船体に、巨大な影が近づいてくる。モランはバルーンの舷窓からその影を見た。
「あ?なんだ?」
モランは窓に近づいて、そっと外の様子をうかがった。
そして愕然とした。
それは巨大な岩の塊のようなものだった。バルーンとほぼ同程度の大きさのそれが、こちらに向かって飛んできているのだ。
信じられない光景だった。
「……なんじゃありゃぁ!!」
その巨石の上にハルは乗っかっていた。
「遅くなったな。
お前のためのプレゼントを大きくするのに、近くの鉱山に寄ってたから時間がかかったんだよ」
ハルは、船内にいるモランには届かないと承知で話しかけた。バルーンの舷窓からこちらを凝視するモランと目が合った気がしたからだ。
「逃げるんだバルーン!!」
『……すんません、加速できないッス』
バルーンの焦ったような声を受けて、モランは壁に張り付いているいくつかのタコメータの針が、めちゃくちゃに振り切れているのを見た。
『磁場ッス!
あの岩からとんでもない磁場が発生してるッス!!』
そういう間にも、バルーンの船体は徐々に巨石に引き寄せられていた。
「テラ・
ハルはつい先程考えた技名を、堂々と口にした。
そして巨石がさらに加速し、バルーンとの距離が急激に縮まる。
モランは舷窓をこじ開けると、巨石の上にいるハルに向かって叫んだ。
「おいぃ!!やめろぉ!!
俺は社長なんだぞ!!」
「うーん、どこの会社の社長かわかんないしな」
「とにかくやめるんだ!!離れろ!!
俺はここで死ぬわけにはいかねぇんだよ!!」
「どうかな」
ハルの身体がふわりと浮いて、巨石から離れる。
「俺は死んだほうがいいと思う」
巨石が、窓から身を乗り出していたモランの身体を押しつぶした。
その衝撃でバルーンの船体が歪み、直後船は真っ二つにへし折られた。
そして空中でバラバラになったバルーンは、黒い煙を引きながら落ちていった。
〇
「よかったな、オーケストラが無事に戻って」
「うん……」
アロは少し照れくさそうに頭を掻いた。
『アロさんだけでなく私まで助けていただいて、本当にありがとうごさいます』
「いや、当たり前だよ。だってお前はアロの一番の――」
「わ、わーっ!!」
アロは慌ててハルの口をふさいだ。
「うぐぐぐっ」
「それは言わないでっ!」
呻くハルをさらに押さえつけるアロ。
『?……まあ、とにかく感謝してますよ』
オーケストラはそんな二人を不思議そうに見ていた(とアロは感じた)。
「というか、感謝したいのはむしろこっちだよ」
ハルはアロの手を口から何とかどかすと、そう言った。
「本当に俺も載せてもらってよかったのか?」
ハルは空を飛ぶオーケストラの船内にいた。ハルとしては色々とありがたいのだが、どうして殺意すら抱かれていた自分に、アロが親身になってくれるのだろうかと不安になる。
「よくわからないけど、なんか困ってるんでしょ?
それともお節介だった?」
キョロりとした目で見つめてくるアロに、ハルは慌てて首を振った。
「いやいや助かってるって」
「ならいいじゃん」
「……そうだな」
どこか申し訳なさそうな表情を浮かべるハルの顔を見て、アロは初対面で銃を撃ったことや、けがの治療までしてもらったのに罵詈雑言を浴びせたことなどを思い返した。
……やはり、後顧の憂いを立つためにもここは一度謝っておいたほうがいいかもしれない。
「あのさ、確かにハルにはあんなに怒ってたけど」
いざ口にしようとすると、オーケストラの時と同様、どうしても気恥ずかしくなってしまうう。アロはなぜがハルの顔を直視できなくなって、俯いたまま矢継ぎ早に言葉を続ける。
「その、……今はすごく感謝してるから。私とオーケストラを助けてくれたこと。
あの、だから
……ありがとう」
アロは自分の気持ちをしっかり言葉にできたことで、心がスッと軽くなった気がした。そして心からの笑顔を浮かべた顔を、ハルに向けた。
「おお~!!
雲が近い!!」
ハルはこちらを見ていなかった。舷窓に張り付いて外の景色に没頭している。
これでは話を聞いていたかも怪しい。
「俺飛行機乗ったことないんだよなぁ。
……あっ、鳥だ、鳥がいる!」
「……」
『アロさんも初めて飛んだときはあんな感じでしたね』
「むぅ……」
なんだか、癪に障る。
まあ別にいいけど。
これから三人での船旅が始まるのだろう。
里を飛び出した時や、オーケストラと出会った時ほどではないけど、久々に心が躍った。きっと自分は期待しているのだろう。この旅が素晴らしいものになることを。
「祈っておかないとね。航海の無事を」
「おい、アロ」
ハルが窓の外を凝視したまま、アロを手招きした。
「何?」
「あれは鳥じゃない」
アロはハルに促されるままに、窓の外に広がる景色の中を探した。そして天空に広がる雲の間にいる、それを見つけた。
「あれって……?」
確かに鳥ではなかった。
少なくともオーケストラより巨体。蝙蝠のような翼に、全身を覆う鱗。蜥蜴のような身体。アロはその姿を、その伝説を故郷で聞かされていた。
「まさか……竜?」
「やっぱりそうだよな!」
『へぇ、実在したんですね』
それは伝説に聞いた通りの姿をしていた。
故郷のみんなが、両親が必死に信じていた、そして自分がその存在を否定した伝説が。
雄大な雲海の下を縫うように飛んでいた。
確かに竜は実在したのだ。
「いやー、見れてよかった。
……アロもそう思うだろ」
「えっ、……うん」
口にして、気が付いた。
広い大空を眺めるとき、いつも無意識に竜を探していた。架空の存在だと笑った竜を、心の奥底では望んでいた。
それはなぜか。
アロはじっと、竜の姿を目で追う。
竜はやがてオーケストラに気が付いた素振りを見せると、急上昇して厚い雲の中に潜り込み、姿を消した。
「そっか……」
雲の向こう側に、父と母がいるような気がした。
アロは呟いた。
「嘘じゃなかったんだ」
いつか故郷に帰ろう。
そう、心に決めた。
ロストナイン 洞廻里 眞眩 @Dogramagra
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