五話
顔を上げた。
そこにハルがいた。地面に倒れ伏すアロを、じっとを見ていた。
モランはアロを踏みつけていた足をどかすと、一歩だけハルに近づく。それから、ハルに向かって銃を構えた。
「その平たい顔、間違いないだろ?
竜の里以来じゃないか。……まだ生き残りがいたとはな」
「……」
「で、なんでここに勇者がいる?
俺に何かプレゼントでも持ってきてくれたのかなぁ?」
ハルは口を開かなかった。ただただじっと、モランを観察していた。
「……」
「ん~?
なんだよ、なにか云いたいことでもあるのか」
「……その髪型、
鶏のトサカみたいだな」
「……」
モランはしばらく放心した。
自分の髪形が鶏のトサカみたいなモヒカンだという自覚はあった。
そしてこの髪形について人からとやかく言われるのが大嫌いだった。馬鹿にされるなんてもってのほかだ。
自分が人を顎でこき使える立場になった今、「鶏のトサカみたいですね」などという輩は必ず殺す腹積もりでいた。だが、偉くなった今では、面と向かってそんなことを言うやつは今の今まで一人もいなかった。
一方部下たちは大いに焦った。
モランの怒りの炎が、こちらに飛び火しないとも限らない。
「貴様、モラン様になんてことを……!!」と一人の部下が叫ぶと、周りもそれに乗って口々にハルに野次を飛ばした。だが、それとは裏腹に部下たちの心はなぜかちょっとすっきりしていた。
「おい、大丈夫か」
ハルは石のように固まって動かないモランの横を素通りして、アロに近づく。
「こりゃだいぶやられたな」
「うん……」
なんだか気が抜けてしまったアロは、何とかしゃべることができるくらいには身体が回復していた。流れる涙も一時的に止まった。
「オーケストラが動かないのはこいつらの仕業か?」
オーケストラの船体に目を向けながら、ハルはそう尋ねる。
「そうだけど……
ハルはこの連中の知り合いなの?」
モランの物言いに不安を覚えたアロがそう尋ねるが、ハルは首を振った。
「いや、面識はない。
多分竜の里にいくときに、船を貸してくれた会社の社員だと思うけど……」
「社員じゃねぇ」
ハルは横から口をはさんできたモランに、怪訝な目を向ける。
「俺は社長だ」
「ああ、そうなのね」
「それよりもお前、さっき俺の頭のこと「鶏のトサカ」っつったか」
「え?うん」
平然と応えるハル。
「なんで挑発するんだよ……」
アロがあきれた口調で言う。
この男には周りの状況が見えていないのだろうか。武器を携帯した野郎ども十数名に、銃を持った怒り心頭のニワトリ。額に青筋浮かべてるし……。
もう「ごめんなさい」ではすまない。
「お前を痛めつけたのはこいつらだろ?」
「ほかに誰かいるの……」
つい憎まれ口をたたいてしまったアロだが、ハルは特に気にした様子もない。
「お前をこんなにしたやつらに、気を使う必要はないからな」
「……それって」
つまりどういうこと?
そう聞きたいアロだったが、なんでか胸がつっかえて、終ぞ言葉にできなかった。
「とりあえず止血しよ――」
ハルの言葉を遮るように、一発の銃声が轟いた。考える間でもない、ハルが撃たれたのだ。モランの拳銃から、硝煙が噴き出した。
「ッ!!?」
ハルの身体が、傾いた。
「知ってるだろうが、国を脱走した九人の勇者には賞金がかかってるんだぜ」
儲けたな、とモランは思った。
その賞金どうせ全部モランの懐に入るんだろうなぁ、と部下は冷めた目で見ていた。
「ハルッ!」
実のところ、アロはハルに期待していたのだ。自分の銃撃を止めたように、ハルはモランの銃弾をも止めてしまえるのではないかと。
しかし、ハルはモランに背を向けていた。
ハルの『異能』がいかに強力無比であったとして、背後から不意打ちのように銃で撃たれたのであれば、防ぎようがない。
ハルはその背にまともに銃弾を食らったのだろうか。少なくともアロにはそう見えた。モランがあの距離でまさか外すわけもない。
「身の程を知れカス。勇者だろうが銃には……」
「――残念だったな」
だけどハルは倒れなかった。傾きかけていた身体を、ゆっくりと起こしていく。
「なっ!」
それどころか、ハルの背中には傷一つなかった。衣服にすら、銃弾が当たった痕跡が見られない。
「俺に銃は効かねーぞ」
「んなバカな!!」
モランはさらに銃弾をハルに撃ち込んだ。
一発、二発、そして三発撃ったところでモランの銃は弾が尽きた。確実に命中しているはずなのに、ハルは平然としている。
当たった気配すら感じない。
「勇者は霊格を纏えないはずだ!!」
「霊格?あのカッコいい奴?
違う違う」
まさか。
いつだったか聞いたことがある。
勇者の中に、どれだけ矢を放ってもかすりもしない『矢避けの加護』を持った勇者がいるという噂を。
「お前が『矢避けの勇者』なのか!」
「矢避けじゃないけどな。
俺の異能は『飛び道具無効』だ」
「飛び道具無効だぁ!?
なんじゃそりゃ!?」
癪だが、アロもモランと同じ思いだった。あまりに奇想天外な能力だ。この世の理から逸脱しているような力だ。受け入れがたい。
だが、事実、ハルは立っている。銃弾を受けても物ともしていない。
だけど……
「おいお前ら!」
モランの部下たちが、ハルとアロを囲んだ。モランはハルからそさくさと距離をとった。
「ちょっと、ハル!
それって、剣とか斧は防げるの!?」
「あ、ハンマーもありますよ」
ハンマーを持った部下の一人が「俺も俺も」と獲物を掲げるが、アロに「うるさい!」と一蹴されて肩を落とした。
「防げる、
と言ったら嘘になるな」
「防げないじゃないか……っ!」
そこはブラフでもいいから「防げるよ?剣だろうが投げたら飛び道具だし」とでもいっとけよ、とアロは悲嘆に暮れた。
「なんで敵前で弱点言うんだよ!」
「いや質問してきたのはそっちだろ……」
逆にハルにあきれられたアロは言葉に詰まった。ハルの言い分には何か納得がいかない。そもそもモランは、既にハルの能力の致命的な弱点に気がついている。
「おらっ!
聞いたかお前ら!このクソガキどもを叩き潰せぇ!」
部下の後ろ、安全そうな所からそう叫ぶ、勢いのついたモラン。既に護身用の拳銃に弾を込め終えたらしい。ハンマーを持った部下が「お前を叩き潰そうかな?」と思ったが、家族の将来がかかっているので思うだけにしておいた。
モランの部下たちが仕方なくハルに距離をつめる。
ハルはそれを手で制した。
「ちょっと待て」
「いや待たないけど……」
モランの部下の一人が、剣を振り上げた。が、そこで初めて、ハルの掌の上に浮かんでいるものに気が付いた。
「これ、返すよ」
それは高速で回転し続けている複数の銃弾だった。掌の上に浮かんで、ぴたりと静止している。
いやわずかに動いていた。
まるで強い力を上から無理やり押さえつけられているかのように、ぶるぶると小刻みに震えていた。
その銃弾たちが突如、息を吹きかけられた蝋燭の火のように、掌の上からふっと消えた。
と思った次の瞬間、周りにいた男が四人、後方に吹っ飛んだ。
「なんだっ!」
吹っ飛ばされた部下たちは地面に倒れ伏して、もうピクリとも動かない。気絶してるのか死んでいるのか、傍目にはわからなかった。
「無効化だけじゃない。
無効化した飛び道具をある程度操作できるんだ」
「そんなことが」
驚異的な能力の一端に、アロは閉口した。
「最初は文字通り、飛んでくるやつを無効化することしかできなかった。
多分異能も成長するんだろうな」
アロに得意げな顔を向けていたハルは、迫りくる巨大なハンマーの脅威にハッと気が付いた。
「やばいっ!」
間一髪、横に跳んでハンマーを回避したハルだが、強烈な風圧に煽られて転がった。とっさに顔を上げると、先ほどまでハルがいた場所に小さなクレーターが出来上がっていた。
「とんでもない威力だな……
さすが異世界人」
「モラン…様が撃った銃弾は四発!
もう君の手元に使える武器はないぞっ!」
ハンマーを握り締めたモランの部下の一人が勝機をつかんだとばかりにそう叫ぶ。
「よっしゃぁ!いけぇい!
無礼なガキをやってしまえぇい!!」
後ろからモランの声援が飛ぶ。こんな声援なら飛んでこないほうがましだなぁと、ハンマーの部下はつくづく思った。
「アロ!大丈夫か!」
ハルは急いでハンマーの衝撃で吹き飛ばされたアロのほうを確認した。
すると衣服がはだけて色々と丸見えなアロが見えたので、すぐに目線をハンマーの部下に戻した。
「私は大丈夫!」
アロが気丈にそう叫ぶ。
「そうか、そう思ってるならよかった!」
「白かぁ……」
ぼそっとハンマーの部下が呟きながら、しかし全く油断せずにハンマーを構えなおす。
「飛んでくるものがなければ、何もできないんだろう?」
「そんなこと俺が一番わかってるさ」
ハルは腰のベルトに取り付けてあった、手の平に収まるほどの大きさの、灰色の球体を取り出した。
「それは……フライトコアか?」
「飛行石もどきと似てるものけど……違うな」
ハルはそれを上空に放り投げた。
灰色の球体は頂点に達すると、やがて重力に引っ張られて、ハルの手元に落下してくる。
「……まずいっ!!」
ハンマーを持った部下は危機を察した。
ハルに向かって、巨大なハンマーが振りかぶられる。
ハルの手元に落ちてきた球体は緩やかに空中で静止して、その場で高速回転しだした。
「
灰の球体は光輝く。
直後、振りかぶられたハンマーは根元からへし折られていた。柄を失ったハンマーの頭は、重力に従ってその場に落ちていく。
「うげぇっ」
そのうめき声は、ハルまで届かない。
ハンマーを持っていた部下は、モランの遥か後ろまで吹っ飛ばされて、べしゃりと音を立てて落ちた。
モランには、目の前で何が起きているのか、全く分からない。
ハンマーの男だけじゃない。部下が次々と吹き飛ばされて、自分よりはるか後方に吹きとんでいく。
「
ハルがそう呟いた。
周りを囲んでいた敵は一言しゃべる機会すら与えられずに、ハルに吹き飛ばされた。モラン以外には、もう一人として立っている者はいない。
灰の球体は油断なくハルの周りをまわって周囲を警戒している。
「おい!」
ハルはハッとして声のしたほうを向いた。
モランはいつの間にかアロに近づいていた。そしてアロの身体を抱えて、そのこめかみに銃口を押し付けている。
モランが何とか頭を働かせた末の人質作戦だった。
「その妙な球遊びをやめるんだな!」
これで何とかならないかなぁと、モランは願う。すると、
ボトリ。
と音を立てて、灰色の球体は地面に力なく落下した。回転が止まると、球体の輝きも失われてただの灰色の球に戻っていく。
「それでいいんだよ、それで」
モランはアロを引っ張ったまま、じりじりと後退していく。まさかそのままアロを連れて逃げるつもりか。
「おい、待て。後ろを見ろ」
「そんなベタな手に引っかかるか!」
「そうか、じゃあ振り返らなくてもいいや」
「ん?」
モランの視界の端から、スーっと、金色に輝くの球体が現れる。
「なんだこりゃ」
「
金色の球体は高速で自転し始め、その輝きを増していく。
「アロ!顔を伏せろ!」
ハルがそう叫んで、アロはとっさに顔を伏せた。「あと耳も!」耳もふさいだ。それとほぼ同時に、金の球体の周囲に弾けるような閃光がほとばしった。
「
強烈な閃光と耳をつんざくような破裂音が、モランの目と耳の機能を消し飛ばした。
「ぐぎゃぁ!!」
モランは目が焼けただれたかのように感じた。実際熱はほとんどなかったものの、あまりの光量を受けた眼球は、一時的に使い物にならなくなった。耳もキーンとしてうまく音を拾えない。
「くそぉ!!」
モランは何度も目をこすった。
ほんの少しだけ戻った視界の中央に、一つの影が立った。
「よう」
ハルはモランのすぐ目の前に立ってた。
モランは身をよじって逃げようとする。だが何もかもが遅かった。
目の前で光り輝く、灰色の球体が見えた。
「お、おい!待て……」
灰色の輝きが、限界に達した。
「吹っ飛べ」
灰の球体が、モランの身体に突き刺さる。
モランのみぞおちが、衝撃で陥没した。そして、部下の誰よりも遠くに吹っ飛んだ。
アロは眩しそうな目で、モランが森の中に落ちていくのを見た。
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