大文字伝子が行く74
クライングフリーマン
大文字伝子が行く74
午後6時。峰岸が、撃たれた肩を押さえている。
「みちるに何ていい訳する積もりですか?」と伝子は言った。「言い訳できないな。」と峰岸が自嘲気味に言った。伝子は峰岸を平手打ちした。
遡ること12時間前。午前6時。
「すまん。」峰岸はアパートに向かって、片手で拝んだ。
午前7時。同じ警備会社の同僚、中条真吉が、ある会社のビルを見張っていて、峰岸は中条に合流した。「ここは?窪内組?奴は反社と付き合っているのか?」と、峰岸が呆れた。
午前8時半。「会社に電話しますね・・・あ、峰岸です。すみません。子供が熱出しまして・・・。はい。すみません。」
「峰岸さん。そろそろ中に入って待ち受けませんか。」「そうですね。」
二人はビルの中に入り、組事務所の看板がある部屋の向かいの部屋に入った。しかし、中条は外から施錠をした。
「すまんな。あんたを巻き込みたくないんだ。」
午前9時。組長と組幹部が一人の男と組事務所に入って行った。
「これが、那珂国人が置いていった、札束。」「仕事は?」「遠山組を潰すこと。」
「自分らでやりゃあいいじゃないか。」「直接ショバを取ろうとするのは難しいから、ヤクザ同士潰し合って、後でいただく、と。旦那、漁夫の利どころじゃないんですぜ。俺たちを兵隊にする積もりだ。金は欲しいが性に合わない。」「今時分、任侠か?」
「作戦を伺いましょうかね。ああ。奴らは遠山組の野球大会に殴り込みをかけるらしい。自分らの人数が少ないから、俺らを利用する、ということです。」
「野球大会?」「コロニーのせいで倒産したアマチュア球団の差し押さえ物件だが、住宅には向かないらしい。組員も運動不足だし、とレクレーションに利用し始めたらしい。」
「まあ、いい運動にはなるだろうな。」「で、作戦って何です?」
午前10時。大文字邸。「何です?伝子さん。」「誰かが噂している気がする。」
「空耳?それとも、座敷童がいるのかな?」「変なこと言うなよ。」
「座敷童って何?お化けが出るの?この家。」と、綾子は言った。
「ああ。近寄らない方がいいよ、この家には。今日は仕事ないの?」「あ。いけない。」
綾子は慌てて出て行った。
伝子のスマホに電話が入った。みちるからだ。電話を切った伝子は高遠に伝えた。
「高峰圭二が行方不明。舞子が熱出した、って欠勤の電話が入ったが、舞子は元気に学校に行った。勝手に捜査しているのかも知れない、ってさ。あり得るな。」
「捜査って、交番巡査?」「うん。」「思い込みが強いからなあ、あの人。」「そこが問題なんだよ。あつこに指名手配するように頼むか。」「指名手配は悪いことした人でしょ。あそこの警備会社の制服、特徴あるから、赤木君たちに探して貰おうよ。」「そうだな。連絡してくれ。」
また、伝子のスマホに電話が入った。今度は筒井からだった。「うん・・・うん・・・うん。そうか。分かったよ、筒井。」
「筒井さん、何だって?今日、ヤクザのバトルがあるらしい。野球場で。」「はあ?」
午前11時。組事務所のあるビル。漸く高峰はドアの解錠に成功した。頑丈なドアだし、映画の様に簡単に蹴破れるドアなんて今時無い。高峰は隣の組事務所を覗いてみた。ドアは開いていた。誰もいない。昼飯にでも行ったのかも知れない。何やら固定電話の横にメモ用紙が置いてある。「横田野球場、午後4時」と書いてある。
高峰は、行ってみることにした。高峰がビルを出た後、そっと、その様子を伺っている者がいた。中津健二である。中津は高峰を尾行した。
正午。大文字邸。EITO用のPCのある部屋でアラームが鳴った。
伝子達が行くと、理事官が言った。
「大文字君。食事が済んでからでいい。横田野球場に行ってくれ。午後2時に遠山組の野球大会がある。」「反社の野球大会?レクリエーションですか?」「そうだ。ただ、殴り込みがレクリエーション中にある、とい情報が入った。そこで、エマージェンシーガールズの出番だ。頼むよ。今日はカレーかな?」
「なんで分かるんですか?」と高遠が間抜けな質問をしたが、画面は消えた。
「学、何を持っている?」「あ。ルーを入れる所だった。」高遠は、慌てて台所に走った。
午後4時。横田野球場。遠山組組員が揃いのユニフォームを着て、紅白試合をしようとしていた。ベンチの人数の方が選手より多い。用意されたパネルには、『勝ち抜き戦』の文字が見えた。
そこに、違うユニフォームを着た一団がやって来た。窪内真二郎が言った。
「ウチのショバで野球か。いい根性しているじゃないか、遠山の。」
「何?ここは借金の『カタ』に貰ったグラウンドだ。土地転がししようと思ったら、家建てるのに不向きらしいから、ウチのレクリエーションに使っているんだよ。文句あるのなら・・・。」遠山新八が言うより早く、窪内組と遠山組の乱闘が始まった。
誰かが那珂国語で叫んだ。少林寺拳法の道着を来た那珂国人が雪崩れ込んでいた。
そこへ、オスプレイから、エマージェンシーガールズが次々と降りて来て、全くの混戦模様となった。エマージェンシーガールズは、拳銃を持っている者を片っ端からシューターやブーメランで叩き落とした。シューターとは、EITOが開発した武器の一つで、平たく言うと、うろこ形の手裏剣である。殺すことは出来ないが、足止めすることは出来る。先端には、しびれ薬が塗ってある。那珂国人が銃を見捨てて移動すると、青山警部補達が回収に回った。
野球場の入り口で見ていた高峰が「なんだ、こりゃあ。」と言った。
伝子が、マフィアをトンファーで交わしながら窪内に近寄り、「日本のヤクザのシマを那珂国人に横取りされていいのか?」と言い、トンファー遠山に近寄り、「2つのシマをただ取りする積もりだが、許していいのか?」と、言った。
「やっぱりか。おい、遠山の。『敵の敵は味方』って言葉を知っているか?」と窪内は遠山に近寄り、言った。
「休戦協定か。望むところだ。おい、野郎ども。俺らの敵は那珂国野郎だ。迷うな。ユニフォーム着てない奴だけ叩け!」と窪内は言った。
続けて、遠山が言った。「日本のヤクザのシマは、日本のヤクザのものだ。死んでも守れ!!」
誰彼構わず攻撃していたヤクザ達は、那珂国マフィアの使いと思しき少林寺拳法道着の連中に向かって行った。エマージェンシーガールズ達は、ヤクザの邪魔にならぬように、ヤクザに加勢した。
闘いは、約1時間半続いた。圧倒的に2組のヤクザより那珂国マフィアの使いの方が数で勝っているにもかかわらず、マフィアの使いは劣勢に追い込まれていた。
メガホンで怒鳴る女が現れた。那珂国語で《何をしている。早く全滅させろ!!》と言ったのだが、日本人では、ただ一人を除いて皆分からなかった。
その一人とは、中条だった。その女の背後にいた中条は、思わず那珂国語で呟いてしまった。《ヤクザ達は嵌められたんだ。》
振り返った女は《貴様、裏切る積もりか?》と那珂国語で怒鳴って、中条に拳銃を向けた。
「危ない!」と中条を庇って前に出たのは、高峰だった。女は思わず引き金を引いた。
銃声が鳴り響いた。勢いづいたヤクザ達とエマージェンシーガールズは、マフィアの使いを殲滅した。
あつこと金森が投げたブーメランが2個飛んできて、女の拳銃は撥ねられ、女の左顔面を直撃した。
伝子が走り寄ってきた。どこかから、6時の時報チャイムが鳴った。
峰岸が、撃たれた肩を押さえている。
「みちるに何ていい訳する積もりですか?」と伝子は言った。「言い訳できないな。」と峰岸が自嘲気味に言った。伝子は峰岸を平手打ちした。
愛宕達が駆けつけ、女を逮捕した。何か喚いている。
中条は言った。「私は関係無い。ヤクザじゃないんだから。そう言っています。峰岸さん、済まない。悪いのは私だ。娘の治療費欲しさに、通訳とは言え、那珂国マフィアの手先になってしまった。巻き込んだのは、私だ。怪しい人物って、私が言ったのは多分潜入捜査官だろうな。」
オスプレイが降りて来た。担架が運ばれ、峰岸が乗せられた。ヤクザもマフィアの使いも逮捕連行された。
久保田管理官は言った。「一応、逮捕はする。事情聴取はする。あんたらは『親善試合』をしていた、野球のな。試合で興奮して、つい乱闘をしてしまった。マフィアなんか来なかった。だよな。小競り合いは、平和になるまでお預けだ。国民の大半は意識していないが、日本は那珂国と戦っている。戦争だ。有事だ。ヤクザでも『猫の手』ぐらいにはなる。」
「旦那。猫の手は、ちょっと酷いなあ。」と窪内は言った。「本当に『お咎め無し』ですかい?旦那。」と遠山が管理官に尋ねた。「平時なら、お咎めなしだ。何か奴らの情報があれば、いつでも流してくれ。」「ご褒美は?」「煎餅なら1ケースくれてやる。」
「煎餅??」と呆れた二人を、後から来た警察官が連行した。
そこへ、筒井と中津健二がやって来た。「一足遅かったようだな。」と筒井が呟いた。
午後8時。池上病院。手術室を終えた終えた高峰が病室に帰ってきた。
「今度やったら、離婚だからね。」と、くるみは言った。
「離婚だからね。」と、舞子が真似た。
「申し訳ない。」とベッドから謝る高峰に、舞子は「パパ。げんまん。」と求めた。
お決まりの指切りゲンマンを高峰は笑って応じた。
午後8時。大文字邸。「じゃ、初めから?わざわざ乱闘させたの?」と、料理をしながら、高遠が言った。
「そう。うまくリーダーの女が現れてくれたわ。那珂国マフィアは、実は80%は、日本で調達したバイトだったわ。」と、伝子は言った。
「中条さんは、どうなるの、警視。」と問う高遠に、「そうね。情状酌量の余地はあるし、掴んだ情報によっては、潜入捜査官扱いになるかも。」と、あつこは答えた。
「みちるが、今にも飛びだしていきそうだったから、署長命令で拘束衣着せられたそうよ、おねえさま。」と、あつこは、リビングから戻った伝子に言った。
「病院で警察官が暴れたら、洒落にならんものな。あつこ、今日泊まっていくか?」と伝子が言うと、「お仕置き部屋でない部屋ならね。」
「さ。出来たよ。にゅうめん定食。」「旨そうだわ。」と、あつこと伝子は目を丸くした。
―完―
大文字伝子が行く74 クライングフリーマン @dansan01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
130越えたら死ぬんか?/クライングフリーマン
★3 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
だからオワコンって呼ばれる/クライングフリーマン
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます