第11話 『決闘の約束』

「雨傘理事長、提案とは何ですか?」


 アンジェが眉根をやや寄せて怒った表情を作る。ちらりと僕の方も見たが、初めて会った時の柔和さは、もはや微塵も感じられない。蛇蝎を見るような目線を作っていた。心から友達になりたいと願った相手にこんな表情をさせてしまって、只々悲しかった。


「三対一の決闘を行うのでありんすぇ。負けた方は何でもいうことを聞きなんし」

「そんな……なんで……竜胆家に有利な条件をつけるんですか?」

「誰も竜胆家の肩を持つとは言ってないでありんすぇ。一人で戦うのは竜胆ほろびだけでございんす」


 その言葉を聞いて、やはり雨傘理事は信頼できると思った。普通の魔法使いではないから、公平を期す為に相手を三人にしたのだから。並の魔女っ子では相手にすらならない。下手なことをすれば、相手は死ぬ。それだけは絶対に嫌だった。上級生を助っ人にできる提案は僕の気持ちを理解してくれてのものだろう。


「ミネルバ学院長、雨傘理事長の提案をどう思いますか?」

「わざわざ、自分の首を絞めるとは……学院始まって以来の天才も地に落ちましたね」

「地べたを這いずり回って、天を仰ぐだけの存在と同じにしないでくんなまし」


 僕はようやく冷静になれたようで身体から溢れ出た炎は消えつつある。それを見て琥珀が近づく。その表情はなんとなく悪戯心を抱いているような感じを受けた。僕の腕を引っ張って、学院長と処刑部隊から引き離す。その時アンジェの顔がちらりと目に入った。なんとなく泣きそうな顔だと思う。僕が一番嫌いな表情だった。


 だから僕は――――――はっきりと宣言する。


「僕が勝ったらアンジェにはいつでも笑顔でいてもらう。だから、たとえ星堕リリィを連れてきても、必死の覚悟で、絶対に勝ってみせるよ」

「な、なんで、私にそんなに執着するの? 私はあなたを退学させようとしているのに……」

「女の子が泣きそうになっていて、手を差し伸べない男はクズだ。まあ、ほとんど師匠の受け売りだけどね」


 隣の琥珀がその言葉で表情を変えた。ちょっと怒っている。琥珀は独占欲が強い。さらに僕に依存している。ただ、こういう時の竜胆琥珀は魔剣の刃より切れる言葉を吐く。


「星堕リリィが本当に相手をして来たらどうするのよ?」

「戦って勝つさ。竜胆ほろびは、嘘偽りを吐かないよ」

「それは知っているわ。あなたのことを私ほど知っている者はいない」


 そこで雨傘理事長が手を叩く。おおまかな合意は取れた。あとは解散するだけだ。


「琥珀ちゃんの要請でありんすから 、イギリスから転移してきたけど、竜胆ほろびは、面白い生徒でありんすね。ちと悪戯がしたくなるような可愛らしさがありんすね」

「雨傘理事長でも……――ほろびは、あげませんからね」

「もしかして男と女の関係でありんすか ?」

「ば、馬鹿なこと言わないでください。そんな爛れた関係なわけありません。健全な義理の姉弟の関係です」


 それを聞いていたアンジェが念押しの一言。


「私、本当に星堕リリィ先輩を仲間に引き入れるかもしれないよ?」

「いいよ。いつか戦わなきゃいけない相手だし……それに僕は誰にも負けない。それだけは断言できる」

「ほろびって、もしかして自信過剰なの? 全学年でトップを独走しているって、学院の外でも噂になる人よ?」

「僕は……――想像している以上にかなり強いよ?」


 僕は、殺気とも呼べそうなプレッシャーを出してみた。雨傘理事長と琥珀を除き、全員が驚き、慌てふためく。特に効果があった学院長は、驚いて椅子に持たれかかった。


「明後日、実技演習場で午後一〇時にしんしょう?」


 雨傘理事長がそう言うと、反論はなく決闘の日時が決まった。


「雨傘理事長は僕のことを知っているんですか?」

「君の師匠は酒を飲み交わすと、なんでも話してしまうからね。それだけが彼女の欠点ともいえる。だが、それを除けば彼女ほど魔女としての才能を発揮できる存在はもういないだろう」

「母の竜胆紗月くらいということでしょうか?」

「そうだね。彼女は、ほろび君の師匠とは違う魔法の深淵に佇む者だった。彼女の御業で作られた最後の遺作を守るのは親友の一人として義務感……いや違うな。彼女の遺作がどのような結末を迎えるのか見たい好奇心が勝っているね」


 竜胆紗月――琥珀の母は、凄腕の人形師だった。それは人体とほぼ変わらない精度の人形を作ることすら可能にしていたと聞く。一二年前、僕は禁忌の魔法でこの世界に産み落とされた。それは、他の五崩家と竜胆家の中の裏切り者たちを驚愕させたらしい。結果として、琥珀の叔母が武門では世界有数の星堕家を引き入れて、竜胆紗月は殺された。


「ほろび、星堕リリィが現れたら本気を出すことを許可するわ」

「それは……――僕に生徒会長を殺せと言っているんだね」

「その他の気持ちはないわ」

「分かった。ただ、他の魔女っ子が現れたら、程々に手を抜くよ。人殺しになる為に魔法学院に入学したわけじゃないからね」


 愛する人に決闘を勝ち切ることを――――――心から誓った。



――――――――――――


 第一章完結です。ここまで読んで頂き誠にありがとうございます。もし面白いと思った方は評価や応援をして下さるとモチベーションが上がります。面白くないと思った方は評価を☆一つにして下さると幸いです。よろしくお願い致します。

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