第10話 『もしかして退学……それとも……?』
僕は、縄で縛られて、学院長のいる執務室に連行されている。無実だといくら訴えても、処刑部隊の面々は取り合ってくれない。アンジェに話しかけて許しを乞おうにも、ナイフのような恐ろしい殺気が迸っていて、とてもじゃないが口など簡単に聞けない。
学院長室のドアを処刑部隊の隊長が叩く。すぐに、「入りなさい」とミネルバ学院長の声が聞こえる。ドアが開かれて中に入ると豪奢な部屋に驚きを隠せない。上質な朱色の絨毯には金糸細工が施されており、天井にはクリスタルのシャンデリア、高そうな一枚板のガラスの机に、今にも動き出しそうな竜種のモンスターのはく製が飾られている。
「話はデバイスで聞いています。そこの竜胆ほろび君が風呂を覗き、その上、アンジェ・シリル・ブックマンの裸体を穢したそうですね。入学の時もほぼ理事長の権限で特別に入学許可が出たとか……私の頭を通り超えて話が進んだのは納得できませんね」
「学院長先生……それは申し訳ないことをしたと思いますけれど、実力至上主義の魔法学院が実力すら未知数の生徒を無理矢理退学処分になんてしていいんですか?」
「お黙りなさい。この魔法学院の実質的なトップは私です。私の判断を経ずに決まったことなど許し難い。それに昔ならともかく竜胆の名が容易く通じると思っているなら大間違いです」
この人は竜胆家を憎む敵なんだと僕は認識した。ならばとる手はただ一つ。助けが来るまで時間を稼ぐことだ。僕は心の中で琥珀ともう一人の到着を待とうと決める。そして、小さく呟くように詠唱を開始する。それを察知する者は誰一人としていない。
「(理を紐解く我が命ずる――――炎の精霊よ――――ここに
仄かな明るさを持つ炎を指先から出した。それが、縛られた縄を燃やし拘束を解く。まるで、奇跡でも見たかのような顔をアンジェはしていた。その他の魔女っ子たちはみんな杖を引き抜く。
「世界唯一の♂魔法使いとでもいうのか⁈」
「攻撃魔法を唱えなさい。私の学院を踏みにじった者など殺しても構いません‼」
「学院長先生……僕も生徒ですよ? それを殺せというのはどういうことですか?」
「黙りなさい‼ 竜胆家の者など見るだけで虫唾が走る‼ あなたの次は竜胆琥珀です‼」
僕の中で感情の糸がブチッと大きな音を出して切れた。何の罪もない琥珀まで毒牙に賭けようというのか。怒りが心を黒く染め上げる。轟々と炎が舞い散る。
それは僕の外見をも変えた。体中から炎が上がる。それは触れれば相手を灰になるまで燃やし尽くす瞋恚の炎だ。並みの魔法では打ち消すことも敵わない。
「あなたたち、何をボーッとしているのですか‼ 攻撃なさい‼」
「は、はい。で、でも竜胆の者を殺してしまったら……た、大変なことになりませんか?」
「竜胆は
ミネルバ学院長は、すぐさま魔法を短文詠唱する。どうやら僕を殺すというのは、方便ではなく、本気らしい。
「鋭き氷槍よ、噛み殺せ――――――フロストパイク」
氷の槍が四方八方からめった刺しにしようと現れる。だが僕の魂から出ている炎はそれらを身体に通さない。新入生を殺すとまで言ったことにかなり大きな憤りを感じる。
他の魔女っ子たちは判断に迷い、攻撃してこない。人を殺すのを躊躇なく行えるのは異常者だけだ。そういう意味ではミネルバ学院長は間違いなく常軌を逸している。
「琥珀をどうするって言った?」
「竜胆家はあなたと当主が死んで終わりです。ここでは法は力で決められます。私はそのトップです」
「万象燃やし尽くすは――――――――――――」
詠唱を開始した。この人でなしは最愛の人を殺すと宣言した。ならばこちらも魂すら焼き尽くしてやる。大地が揺れ、空が鳴き始めた。僕の周りには血のように赤く巨大な魔法陣が無数に現れる。それらは段々と手の平に収束していく。だが、そこで空気がコンクリートに変わったかのようなプレッシャーを感じ、詠唱を中断してしまった。
「こらこら、魔法学院を海の藻屑にする気でありんすか?」
カランコロンと足音が聞こえた。学院長の顔が大きく引き攣る。まるで天敵の姿に恐れをなした草食動物のようですらあった。僕はこの足音をよく知っている。間違いなく信頼できる味方のものだ。
「学院の一生徒を殺そうとするとは。随分と勝手なことをしようとしているみたいでありんすね」
「その声は雨傘理事長……?! 海外出張のはずでは?!」
「馬鹿が馬鹿やっていると竜胆琥珀から連絡があったので超長距離転移魔法で来んした」
そこに背景からピントが合ったかのようにスッと琥珀の姿が現れる。黒いマントの学生服に左右に四本ずつ計八本の魔剣を装備していた。いつでもここにいる者全員を地獄に送る準備は万端といったところか。頼もしさと恐ろしさを同時に感じ、身震いする。
琥珀は僕と目を合わせるとチャーミングな
「竜胆家に牙を剥くならば相応の覚悟をしてもらいます。取り敢えず、ほろびは落ち着きなさい」
「分かったよ。琥珀を殺すと言われて、思わず堪忍袋の緒が切れたんだ」
「私のことを想ってくれたのは嬉しいけれど……どこかの野蛮な人間のように暴力は駄目よ」
いつの間にか雨傘理事長が目の前にいる。和服を着崩しており、肌の露出面積が大きい。天狗下駄を履いていて、何故かハリセンを二本背中に背負っている。だが伊達や酔狂ではないようだ。只のハリセンとは違う魔力を僕は感じた。絶対的な強さの頂にいる存在だ。
「わっちから提案が一つありんす」
雨傘理事が大胆不敵に笑った。その驚愕の提案とは――――――
――――――――――――
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