第6話 『琥珀とほろびの関係性』
衝撃の入学式がやっと終わり、森の中に静かにたたずむ寮の相部屋で昼寝をしていた。夢現で思い出すのは空蟬胡桃の血塗れの亡骸の惨状だ。
入学式が終わりすぐ、空蟬胡桃の遺体を見た。学園のど真ん中に生えている妖精樹に、まるで
「(犯人は大体分かった……あとはしばらく警告を破らない方がいい)」
「それは……私にも言っているの?」
「(姫騎士様は……じゃじゃ馬だから聞かないよ)」
「言いたい放題ね。じゃじゃ馬のわがまま娘でごめんなさいね」
「(…………‼)」
地雷を踏み抜いたのをやや遅れて察知し、すぐに覚醒し平伏する。寮の相部屋の抽選係に学内通貨を譲り、僕と琥珀は同じ相部屋になった。外行きの顔はいざ知らず、琥珀は、僕にだけ蕩けるような甘えた態度をとってくる。だが、その前にちくりと痛いところを刺すのがこの手のパターンだ。
「私は……じゃじゃ馬なんだね。悲しいな……世界で唯一の信頼できる魔法使いなのに」
「ごめん……そんな貶すつもりじゃなかったんだ」
「だったら……どういうつもりだったの?」
ベッドの上で、枕に顔を埋める仕草を取りながら、ちらちらと僕を見つめる。全てじゃれ合いなのだ。竜胆の屋敷でも執事やメイドがいない時はこんな風に普通の少女のような態度をとる。
竜胆家当主としても重圧から解放される瞬間なのだろう。
「姫騎士様の仰ることなら、すべて受け入れましょう」
「ほろび……私は、どんな手段を使っても竜胆家を再興して見せるわ。だから、どこにも行かないで、私の隣にいつもいてね」
「琥珀の目標は、僕の目標でもある。僕から離れることはないよ」
そして琥珀もまた誓いを新たにする。
「竜胆の名を冠するほろびの夢を私は全力で応援するわ」
「例えば……世界が変わって、竜胆琥珀や竜胆ほろびが消えてなくなっても?」
「それでも……――私たちが存在した意味は消えないと思うわ」
魔女の真祖アリスの宿題の一つ『世界をあるべき姿に戻すこと』は、長年議論が絶えない。過去に遡り魔女の真祖アリスを殺すことだと考える極端な話まである。だが、僕はそういうことじゃないはずだと考えている。
「ほろび……久しぶりに二人っきりね」
琥珀は目をトロンとさせて、途端に抱きついてい来る。少し痛いくらいの強さを持ったハグだ。だがその感触が僕は嫌いではない。むしろ抱かれる赤子のような安心感を覚え、強く抱きつき返す。お互いの心臓がドクンドクンと激しい音を響かせる。
「ほろびの心臓の音……――聞いてると他のことがどうでもよくなるわ」
「いけない姫騎士様だね。今日は何をしようか?」
「このまま抱き合ったままキスがしたいな。二人共幸せになれるおまじない」
僕は、後天的に付けられた三大欲求に忠実になることにした。それはとても気が楽で一歩間違えれば、琥珀との関係性が根底から崩れてしまう恐れがある。それが嫌なので、琥珀とはキスとハグくらいしかしていない。身体を重ねるまでは怖くて踏み込めずにいる。
「琥珀……いつにも増して綺麗だね。なにか嬉しいことでもあったの?」
「ほろびが……――
「僕の出る幕はなかったじゃないか?」
「それでも戦う男に女は惹かれるものよ」
安心感のあるハグから強い衝動を持つキスへと愛し合う行為はすぐに変化していった。深く深く琥珀の熱が伝わってくる。琥珀は手を何度か繋ごうとしてきた。僕はそれを受け入れると、しっかりと恋人繋ぎをする。今この瞬間だけは世界に僕と琥珀だけしかいない。
「ほろび……ほろび……大好きよ。あなたと初めて出会ったあの日から……愛しているわ」
「僕もだよ……君に出会ったから……こうして、日の当たる世界にいられる」
「……スゥ……スゥ……」
「琥珀……――寝ているのかい?」
「……スゥ……スゥ……うぅん」
まったく、わがままなお姫様だ。だが、僕は知っている。琥珀は竜胆家当主の責務を果たしながら、学院生活を送ると決めていることを。他の五崩家……
「僕の姫騎士様……――願わくば、神の導きがあらんことを」
「うぅん……ほろび……愛している」
「どんな夢を見ているんだろうね……琥珀、君のことは何を犠牲にしても守るよ」
しっかりと繋がれている手を解いてお手洗いに行こうとした。だが、そこで琥珀が目を覚ます。
「もう……ほろびは、一緒にいてくれるんじゃなかったの?」
「お手洗いに行こうと思っただけだよ」
「そろそろ、ちゃんと服を着た方がいい」
「誰か近くに来ているのね」
お姫様は勘が鋭い。特に僕が生まれて数年後から隠れて会っていたので、習性というか醸し出す雰囲気を読み慣れている。だから、敵が来たわけじゃないことも恐らく理解しているだろう。
起きた琥珀が黒い学生服に着替え終わると、コンコンと軽めにドアを叩く音がする。近づく前から誰かは気付いていた。なにかを持っていることも分かる。
そっとドアに近づく。その気配の主は――――――
――――――――――――
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