第5話 『魔法学院入学式 後編』
入学式も少しずつ終盤に近付いてきた。魔法学院の創設に関わった政治家や財界人が祝辞を述べたり、電報を生徒会役員が代読したりと一生徒としては、睡眠導入剤を飲んだくらいの強烈な眠気が襲ってくる。
隣の魔女は寝言で「コミマの壁サークルになった」と喜びながら、デュフフフと気持ちがゾッとする笑い声を上げている。なんだか変な魔女もいるんだな。いや魔女自体が世間一般の常識が通用しない存在だから、仕方がないのかもしれない。
『生徒会長からの諸注意』
八頭身の色素の薄い容姿をした美人が演壇に立つ。それを見て琥珀が強いプレッシャーを放ったのが分かる。ざわざわと新入生にすらもどんな人物か知らない者はいないらしい。僕は大して人間個人に興味は沸かない方だと自己分析している。だが、演壇に立った生徒は間違いなく強者の頂に立つ者だ。少なからず興味が沸いてきた。
「こんにちは、三年生の
散発的な笑い声と拍手が起こる。隣で琥珀がラプラスの魔剣を握りしめるのが分かった。相手は琥珀の仇敵の一族の娘だ。琥珀の母であった紗月が殺された皆既月食の日を思い出す。あの日は、身体が凍るように寒い夜だった。あの日は、運命が僕と琥珀を奇跡的に救った日だった。あの日以来琥珀は心から笑わなくなった。
「私からは一点だけの注意をしようと思います。実力がない者は夜は外に出ず、ベッドの中で、朝が早く来るのを震えて待ちなさい。以上です。死にたくなかったら決闘などしないで下さいね」
笑いどころか拍手さえ起きなかった。シーンと凪の海のような状態になってしまう。
ロンドニキア魔法学院の姿を短いが確実に言い表したようだ。
「(星堕って……――琥珀のお母さんを……)」
「(そう……殺した相手よ。家に招き入れたのは叔母だけどね)」
「(殺すのかい?)」
「(必要とあらば、直ちに……ね。その時はほろびの力を貸してもらうかもね)」
沈黙が長く続く。司会を務めていた生徒会役員が気を取り直した様子で、進行を務める。
『学内序列について』
顔に傷がある宝塚歌劇団の男役のようなイケメン顔の女性教員が演壇に立つ。
「学内序列は、決闘前に合格通知と一緒に送ったデバイスを使うことで公式な決闘と認められる。その場合は……――死んだら遺体くらいは回収してやる。非公式な場合は……――野犬や
僕は腕に付いている緋色のアクセサリーのようなものを触った。映像が宙に映し出される。そこには『竜胆ほろび。学内序列二五二〇位。学内通貨一〇〇〇〇ポイント』と映し出されていた。恐らく一年生は全員まだ二五二〇位のまま固定なのだろう。戦いは全く楽しくない。だから僕は琥珀が命令するまでは動かないつもりだ。
「(ほろび……もしかしたら近いうちに星堕リリィと決闘をするかもしれないわ。その時はよろしくね。戦いと情事だけはあなたに負けてしまう)」
「(その他は
「(初めてあなたを外の世界に連れ出した時に言ったことを覚えている?)」
「(『ほろびという名の道具として使う』だっけ……分かっているよ。僕……人間じゃないしね)」
そこで、前の席のアンジェが声をかけてくる。不安が溢れ出る表情をとるのも理解できた。彼女はブックマン。魔法が使えないとされる一族の未来の当主なのだから。
「もし、夜に外出しなければならなかったら、二人共ついてきてくれると嬉しいんだけど」
「僕は、全然かまわないけれど……琥珀はどう?」
「アンジェさんはもう友達なんだからそのくらい問題ないわ」
「よかった、ありがとう。私がロンドニキア魔法学院に入学した目的の一つがここにしかない魔導書を読む為だったの」
「アンジェ目的の一つってことは他にも理由があるの?」
そう聞くと、アンジェは少し考えてから答えた。
「それは……――もう少し時間をかけてから教えるね」
「アンジェさん、あと六年も時間があるわけだし……――夢とか目的とかはゆっくりと語り合いましょう」
バターンッと講堂のドアが音を立てて開いた。憔悴し切ったように見える教員の魔女が講堂へ入ってくる。
「学内序列三位の
シーンとしていた為に、その声は全生徒に知れ渡った。ざわつく生徒と教員たちの中で、一人だけ静かな者がいるのをなんとなくの雰囲気で察知する。
隣で琥珀があきれ顔を作っている。まともな
僕は――竜胆ほろびは人間ではない。厳密には限りなく人に近い――――――だ。
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