第4話 『魔法学院入学式 前編』

 由緒正しき魔女学校――ロンドニキア魔法学院の入学式が遂に始まった。在校生三〇〇〇人以上教員二〇〇人が同じ席に座るのは、この時だけらしい。ロンドニキア魔法学院は実力至上主義とされている。六年間で卒業足り得る成功を収めた者だけが卒業できるという。逆に六年間何の成果も収められなければ放校処分となる。


「私はロンドニキア魔法学院、学院長ミネルバ・リヒテンです。入学生の皆さま改めて学院の敷居を跨いだことを祝福しましょう。本当におめでとう。あなたたちに魔女の真祖アリスの加護があることを切に祈ります。六年間の学院生活で、優秀な成果を残し魔女の歴史に名を残す偉大な魔法使いになることを期待しています」


 僕は夢現の境目で話を聞いていた。正直言って、こういう場は苦手なのだと思う。さっきからあくびすらも出そうになっている。そんな僕は、右からわきに肘うちがされて、しゃっきりと覚醒する。名前の順で座っているから首席入学の琥珀にはバレバレだったようだ。


 新入生代表の挨拶の場面になった。右側から強い圧力を感じる。


『新入生代表挨拶』


 生徒会という人だろうか進行を務めている。真横の琥珀が緊張した面持ちでカツカツと戦闘用のブーツで、歩きだした。流石に魔剣は席に置き、帯刀していない。大丈夫だろうかという、琥珀に聞かせたら自尊心を傷つけかねない気持ちが沸く。マイクの前で息を整えているのが見て取れる。


「新入生代表、竜胆琥珀。冬の寒さも和らいで、桜が咲く季節がやって来ました。海外からロンドニキア魔法学院にやって来た新入生は心を打たれたに違いありません。入学を迎えた我々新入生五二三名は桜の花と一緒に期待と不安の気持ちを以って学院生活に入ります。これから学院生活を送るうえで三つの目標として――――――――」


 琥珀らしい凛とした声で、完璧な新入生の挨拶をしっかりと行う。終わる頃には主に教職員から大きな拍手が送られた。竜胆家は、ロンドニキア魔法学院では立場が強いのが見て取れる。僕は、その影響が悪い方に作用しないか少なからず心配した。多分杞憂だと思うけれど。


「琥珀……一〇〇点満点の挨拶だったよ」

「じゃあ……全然駄目ね」

「え⁈ なんで、拍手も起こっていたじゃないか?」

「拍手喝采の一二〇点の挨拶くらいできないと、これから苦労するわ」


 前の席に座るアンジェがちょっと後ろを向いて話に加わる。気真面目で気分屋で気難しい琥珀も、誰にでも優しく気さくに笑い合うアンジェには攻撃的になりきれないようだ。


「すごく挨拶良かったよ。三つの目標の努力のところは琥珀の本音が出てたみたいで、感情移入できたよ。自由と実力至上主義の学院生活を営む為には、正しい努力と結果を残さなければならないってところとかも納得できたな」

「アンジェ……――ありがとう。でも竜胆家の代表としては及第点には届かないわね」

「琥珀さんは、家をその歳で背負っているんだもんね。気苦労が多そうね。私にできることがあったら、迷わず言って」


 そこで会話が中断してアンジェが前を向く。日本政府のお偉い政治家さんの話が始まった。空気は垂れた糸のように弛緩する。みんな興味がないのだ。


「(姫……琥珀……いい友人ができたね。学院生活は上々のスタートじゃない?)」

「(ほろび、入学式の前に私に会いに来た教員の数を覚えている?)」

「(いっぱいいたとしか覚えていないよ。それが何か重要なの?)」

「(とても重要よ。二〇〇人のうち五〇人だけ……そのうち半数は純粋な興味だけの者だけよ)」


 僕はそれを言われて少し間を取った。魔法学院を作るにあたって竜胆家は様々な根回しをしたという。今は亡き琥珀の母紗月が当主だった時の話だ。紗月が死んで二年間、叔母が竜胆家を実質乗っ取っていた時期に竜胆家は少なからず格が落ちたらしい。それが言いたいのだろう。


「(これから先の為、影響力を回復させる為に手を打つということ?)」

「(ほろびは理解が早くて助かるわ。これから先のことも考えて、学院では序列一位と二位を私とほろびで取るわよ)」

「(合間にアリスの宿題を解いてもいい?)」


 僕は、あくまでもロンドニキア魔法学院の中で、魔女の真祖アリスの宿題を解きたいスタンスは変えないつもりだ。生理的な欲求は後付けされたものだが、知識欲と愛欲だけは人の形をとる者のさがらしい。


 入学式が終わったら、大図書館で魔導書を借りようと思っていた。そこで丁度良く、『大図書館の利用上の注意』という説明が始まる。


『大図書館の利用上の注意』


 生徒会の司会者が話を進める。小柄な老婆が


「こんにちは、私は大図書館長を務めるニーナ・ブルックリンです。多分、新入生の皆さんと顔を合わすのは一年に一度くらいしかないでしょう。ロンドニキア魔法学院には極めて素晴らしい魔導書が幾つもあります。司書ロボットがいるので、配られたデバイスを使うことで目的の魔導書はすぐに見つかるでしょう。中身をデバイスにダウンロードして読むことも可能です――――――」


 ダウンロードできるなら、それを研究すればいいか……などと考えていると図書館長から物騒な発言が飛び出た。思っても見なかった発言でゾゾゾッと血の引く音がする。


「――――――ただし一つだけ注意をしましょう。禁書指定の魔導書は借りることは絶対にやめて下さい。昨年も一昨年も、呪いがかけられた魔導書を開き、蜥蜴に変えられた生徒や彫像のように石にされた生徒がいます」


 さすが魔法学院だ。知的好奇心をくすぐってくる。それは隣の琥珀にも伝わったようだ。


「(禁書指定の魔導書を読むのは、竜胆家当主として禁止よ)」

「ええ……――そんな殺生な……‼」


 決闘なんかより余程楽しみにしてたのに、竜胆家の姫様は僕という従者にはいつも手厳しい。



――――――――――――


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