第2話 『魔法使い♂と魔剣士♀』

 大海蛇シーサーペントのジェット噴射のような高圧力の水のブレスが狙ってくる。だが、危なげなく身を低くして回避をし、「炎よ燃え盛れ――――――ファイアボール‼」と魔法を短文詠唱した。バスケットボールほどの大きさの炎の球が宙に浮かび、大鷹のような姿を取る。血走った大海蛇シーサーペントの瞳へと直撃した。爆発音。


『ギャオオォォオオン?!』


 痛みからか大海蛇シーサーペントは耳障りな大声を上げた。魔法は想像力でいかようにも威力と精度が上がる。僕の魔法は、魔銃杖ガンドという枷があって一パーセントの力すらも出せない。魔銃杖は弾丸に使用される魔力が極めて高い魔鉱石マナタイトを消費して、常に一定の威力の魔法が放てる。魔力が低い者には重宝される弱者専用の異端の武器だ。


「魔法学院の新入生か⁈」

「はい、大海蛇シーサーペントを撃退するのに協力します」

「ありがたい。最近海底のダンジョンの入り口から出現したらしいんだ」


 船員はみんな男だ。魔法は魔女しか使えないので、自動小銃や機関銃で断続的に攻撃を仕掛けている。彼女が現れるまでの時間稼ぎをするのが僕の役目だ。「豪炎の壁よ、ここに現れろ――――――ファイアウォール‼」と魔法を再び短文詠唱した。魔銃杖から空薬莢が落ちる瞬間、定期船と大海蛇シーサーペントの間に灼熱の壁ができる。大海蛇シーサーペントは近寄ることができず、切り裂くような威力の水のブレスを吐くのみだ。


「いい腕前をしているなお嬢ちゃん?」

「それはどうも……船には上級生はいないんですか?」

「ああ……――全員新入生の魔女っ子だけだ」


 僕は、魔銃杖を使うのをやめて本気を出すか迷った。ファイアウォールが徐々に勢いを失くしている。そろそろ、次の手を考えなければならない。大海蛇シーサーペントごときは大した相手ではなかった。ただ、竜胆家りんどうけ当主から、真の力をむやみに人に見せるなと厳命されている。


「新入生で腕に覚えがありそうな者を連れてきたぞ。え……と、名前は?」

「竜胆ほろびです。目を狙うように指示を出してください」

「あの竜胆?! こりゃ勝ち戦は間違いないな‼」


 数名の魔女っ子たちが炎や雷属性の魔法を連発する。威力は魔銃杖と同じかそれ以下だ。本気を出したくても出せないのがもどかしい。早く主役である彼女がやって来ることを願う。もし仮に船が沈没するようなことがあったら、魔法学院入学さえも危ぶまれる。


「漆黒の炎よ、爆ぜろ――――――エクスプロージョン‼」


 魔銃杖の銃口から漆黒の炎が飛び立つ。そして大海蛇シーサーペントの水のブレスを吐こうとする大口の中に飛び込んだ。数瞬もせず爆発。初めて大海蛇シーサーペントがダメージを受けて、悶え苦しんだ。銃火器で応戦する船員と魔法を使う数名の魔女っ子たちがワーッと勢いづいて、更なる攻撃を一気呵成に加える。


 よし、これなら……――彼女が来る前に辛うじて撃退はできるかもしれない。


「切り裂く風よ――――――ウィンドエッジ‼」

「突き刺す氷よ――――――アイシングスピア‼」

「迸る雷撃よ――――――ライトニングボルト‼」


 新入生の魔女っ子たちも勢いに乗って、魔法を連発する。だが、大海蛇シーサーペント倒す決定打にはならない。追い払えればそれに越したことはない。だが、第六感というのか嫌な予感がして背筋がゾワッとする。


 それはすぐさま現実のものとなった。もう一対の大海蛇シーサーペントが海面から姿を現した。もしかするとこの海域は大海蛇シーサーペントの巣になってしまっているのかもしれない。僕を除く誰もが心を絶望色に染めているのが分かった。


 だが、そこに戦闘用のブーツをカツカツと気難しそうな音をさせながら近寄る主役の気配がした。


「ほろび……Cランクモンスターごときにおくれをとるあなたじゃないでしょう?」

「爪の鋭さを見せるなと言ったのは姫様だったはずです」

「む?! 姫様……?」


 振り向くと絹のような黒髪ロングの黄金律を擬人化したような少女が現れた。姫様――竜胆琥珀は僕の主だ。だが、ムッした不機嫌な表情をすぐに作る

 思わず、竜の逆鱗に触れてしまった。ケルベロスの尻尾を踏んだとでもいうのか。


「ほろび……姫様と呼ぶなと……言っているでしょう」

「はい、琥珀こはく……様」

「様も要らないわ」

「琥珀……船酔いは大丈夫ですか?」


 姫様――竜胆琥珀は、弱々しくうなずく。近くで話を聞いていた魔女っ子が、琥珀の携えている左右の腰に四本ずつ計八振りの魔剣に、目を向けてひそひそ話ながら驚いている。魔銃杖も異端だが、古来から魔剣士も異端とされてきたらしい。計八振りの魔剣は、ラプラスの魔剣だ。魔女の真祖アリスが生きていた時代にエドワード・ラプラスという魔剣鍛冶師まけんかじしが作った大業物おおわざもの


「さて、雑魚モンスターはさっさと倒さなきゃね」

「琥珀……援護する」

「これなら船酔いも醒めるかもしれないわね」


 瞬間、琥珀の姿が文字通り消えた。気が付いた時には一匹目の大海蛇シーサーペントの太い首を切り落とされている。魔剣士は全ての魔法の才を捨てる代わりに、一騎当千いや一騎万軍の莫大なる力を手に入れるのだ。大海蛇シーサーペントのねっとりとした紫色の血が雨のように降ってくる。


「漆黒の炎よ、爆ぜろ――――――エクスプロージョン‼」


 魔銃杖で弾丸を消費し、魔法を放って、もう一匹の動きを牽制けんせいする。


『ギャオオォォオオン?!』


 大海蛇シーサーペントが琥珀を噛み砕こうと口を開けたところに、大きな爆炎が起こる。我ながらタイミングはドンピシャだ。琥珀ならそんな援護は要らないだろうが、竜胆家の姫を守るのに、保険は幾らあっても損はない。


八剣流はちけんりゅう奥義――――――竜狩りの一閃……‼」


 八つの光が同時に、二匹目の大海蛇シーサーペントを襲う。瞬く間に大海蛇シーサーペントは、サイコロステーキより小さく半身をバラバラに切り裂かれ、あっけなく絶命する。


 竜胆琥珀という魔剣士の芸術品のような強さを見て、心の奥が感動で震えた。

 

 忌むべきである生命いのちを奪うことが、何故こんなにも美しいんだろう。



――――――――――――


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