第3話

………剣斗〜剣斗起きなさい!学校遅刻するわよ!!


「ん~~母さんもう少し…あと30分…………」


 少しくらいいいじゃないか。昨日は大変だったんだ。穴?に落ちて変なところに行って、風呂に入れられて…こっちとはちょっと違った飯を食べて………あれ?全然大変じゃないな


 でもさ、異世界に行ったのに全然チートじゃないの。笑っちゃうよな


 ああそうか、現実かとおもったらここまで全部夢だったのか。長い夢もあったものだ


 それなら起きなきゃな…高校遅刻する……



「…………………」


 目を開けたらそこは見知らぬ天井、そしてフカフカのベッド、豪華な部屋。


 頬をつねる


「痛っ。やっぱりこっちが現実か…」


 あの出来事はやはり夢ではなかったらしい


「お目覚めですか?」


「うおぅ!?メイドさん、どこから!?」


「はじめからおりましたよ」


 気づけばまたあの茶髪のメイドさんが立っていた


 ほんとに心臓に悪い


 というかはじめから居たということは俺の寝顔も寝言も全部見られてたってこと?……うわぁぁ恥ずかしい


「特に体の不調などございませんか?」


「ありがとう。昨日の夕飯も美味しかったし、至れり尽くせりで逆に調子いいくらいだよ」


「………そうでございますか。」


 やはり会話は続かない


「本日のご予定ですが、陛下からのお呼びはまだかかっておりません。この部屋の内部であれば自由にお過ごしいただいて結構です。あとこちらを…」


 テーブルの上に箱のようなものが置かれている


「…?あっ俺の服!」


 中には俺の服と鞄が入っていた。正直制服なんかこちらでは目立つだろうしいらないかと思ったが肝心なのは下着だ。こちらのものはほんとにスースーして心もとないのだ。後でこっそり着替えておこう。そして……


「あとお探しになられていたものはこちらでしょうか?そちらの鞄とは別に落ちていたものです」


 茶髪メイドが手に持っていた布の包みを開くとそこには見慣れた俺のスマホがあった


「それ!俺のスマホ!画面割れてない?傷は?うわぁ良かった無事だ!」


 茶髪メイドからスマホを受け取るとすかさず確認する。傷はない。というか汚れがなくなってピカピカの新品同様になっている


「電源は……入るじゃんやったーーーー!」


 地獄に仏、異世界にスマホだ


「電池、大事に使わないとな」


 この世界で充電は……多分無理だろう。魔法か何かではできるかもしれないが、試して壊れたりしたら目も当てられない。


 予備バッテリーを使い終わったらの最終手段にしておこう。


「問題ないようですね。壊れものと聞いておりましたので安心いたしました。あとちょっと時間は過ぎておりますが、昼食の方はいかがいたしましょう?」


「……え?昼食?もう昼なの?」


 スマホを見ると14時過ぎを指している。うわぁ、起こされなかったとはいえ寝すぎだろ


「うーん……なにか軽く食べれるものがあればいいかな?お菓子とか。あと夕飯はあんなに豪華じゃなくていいから。多くて食べきれないし…」


 正直昨日の夕飯の量が多かったのでまだあまりお腹が減っていない。


「ではそのようにいたします。しばらくお待ち下さい」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 しばらくして出てきたのはナッツのようなものだろうか?茶色い粒状のもの、色々なドライフルーツのようなもの、焼き菓子のようなもの、ティーポットにはいい香りのするお茶が入っていた。


 この香りどこかで嗅いだことがある気がするがどこだっただろう?


 そして俺はドライフルーツ?の中のオレンジ色のものに目が止まった


「………これはっ!?」


「これは昨日食べていただいたミッカンジーの皮の砂糖漬けになりますね。チンピーといいます。」


 だよね。オレンジピールのみかん版みたいなものだろう。普通みかんでは作らないが、あれだけの大きさだ。作れてもおかしくない。


「いただきます」


 食べてみるとやはりみかんの味がする。うまい。


 実は俺はオレンジピールを使った菓子に目がない。


 男のくせに甘い物好きなのでよく亜美にからかわれたものだがうまいものはうまいのだ。


 みかんピールを食べながらお茶を飲む


「……あぁ幸せの味がする」


「お口に合いましたようで何よりです。」


 コンコン


「ケントさん、ニコライです。入りますよ」


 余韻に浸っているとニコライさんがやってきた


 今日は、お付の人は部屋の前で留守番のようだ


「食事中でしたか…失礼しました。またあらためましょうか……」


「いや、そんなっ気にされないでください…あとその…一人で食べるのも味気ないので…」


 うまいものは皆で食べるべきというのが桜木家の家訓でもある。


「お心遣い感謝いたします。それならば遠慮なくご相伴にあずかりましょうか」


「…お願いできますか?」


「かしこまりました」


 ニコライさんがメイドに目配せするとすぐに新しいティーポットとカップが出てきた。


 ポットも?と思ったが俺のポットに入っていたお茶はいつの間にか空っぽになっていた。俺いつの間にそんなに飲んでたんだ…


 メイドさんがまた俺のカップにも茶を注いでくれる。先程とはまた別のお茶のようだ。あっこれもうまい


「ありがとうございます。ではあなたはまた呼ぶまで下がっていてくださいますか」


「おおせのままに」


 茶髪メイドさんが退場するとオレはニコライさんと2人きりになった。


「お体の具合はいかがですか?」


「特に変わりはありません。とっても元気です。食べ物も美味しいですし…」


「それは良かった。私の首も安泰です」


「ブっ」


「冗談ですよ」


 笑えない冗談ホントやめて……


「チンピー、気に入りましたか?」


 気づけば準備されたドライフルーツの中で、このチンピーだけもう残りわずかになっていた。


「いや、これ俺の住んでた場所にあったものに似ててつい」


「ミッカンジーはかつてあなたと同じように異世界からこちらにやってきた者が伝えたとされています。似ていても不思議ではありませんね」


「!やっぱりここは俺のいた世界とは別の世界なんですね……?」


「そういうことになります」


 魔法がある時点でわかっていたことなんだが改めて言われると衝撃が大きい


「あの、俺はなんでこちらに来たんでしょうか?」


 俺は取り柄もない凡人なのですが…


「陛下の前に私がお伝えできることは限られておりますが、我が国のとある儀式でケントさんは呼び出されました。」


「……とある儀式?」


「はい。それに関しては陛下にお聞きになる方がよいでしょう。それよりケントさんがいた世界のこと、お聞きしてよろしいですか?私は色々と話すことはできませんが、ケントさんが話すのは自由ですから」


 なんで話せないのかはわからないが、いろいろしがらみがあるんだろう。


 それから俺達はいろいろな話をした。


 あちらでは普段何をやっているとか、みかんとはどういうものかとか、電気製品の話とか。


 ニコライさんはそれを興味深そうに聞き、時には質問などもあって非常に話しやすかった。


 そして話はついに俺がこちらに来たきっかけの話になった。


「……………えっと……道を歩いてたら黒い玉が落ちてて、近くで見ようと思ったらいきなり大きくなって、それに飲み込まれたら、ずーっと落ちていって気づいたらここに…」


「……………っ」


 ニコライさんがひどく苦々しい顔をした気がした。


「苦しい思いをさせていまい大変申し訳ありません」


 深く頭を下げる


「そんな、頭を上げてくださいっ。こんな良くしてもらってて俺、感謝してるくらいなんですよ」


「ハルキウス様」


 いつの間にかまた茶髪のメイドさん現れている。だがどうしてだろう?いつもの無表情だが、いつもよりこう…怒ってる?


「今あなたを呼んではいませんよ」


 ニコライさんもなんだか険悪ムードだ。


「越権行為です。見逃せません。退室していただきます」


「嫌だと言ったらどうするのですか?」


「無理やりにでも出ていってもらうまでです。」


「ちょっとやめてください!どうしたっていうんですか!」


 全く意味がわからない


「ケントさん、あなたは決して許してはいけません。許してはいけないのです。」


 は?


「それってどういう………?」


「…ショックボルト」


「ぐぅぅつっはぁっ」


 茶髪メイドの放った魔法がニコライさんを直撃する


「ニコライさん!?えっちょっ大丈夫ですか!?」


 すかさず駆け寄る。


「くお……」


 良かった、意識はあるようだ。


「まだ意識があるのですか?上級神官は伊達じゃないですね。あ、もうすぐ神官長か。まあ動けなければ同じですけどね」


「!?」


 さっきまで俺の背後にいたはずなのにそこには倒れたニコライさんを見下ろす茶髪メイドがいた


「馬鹿な人。そんなことしても無駄だってわかってるでしょ?」


 茶髪メイドがニコライさんの首に手を伸ばす


 何だよ俺、見てるだけか!!!?動け体!!!


「やめろおおおお!!」


 俺はがむしゃらに走りニコライさんと茶髪メイドの間に入る!俺の足、こんなに速かったか?


「!」


 驚いた茶髪メイドの隙をつきニコライさんを抱きかかえる。初めてするお姫様抱っこがこのイケオジなら悔いはない。というか痩せ型とはいえ成人男性ってこんなに軽いのか?抱きまくらでも持っているくらいの重さしか感じない。


 これが火事場の馬鹿力というやつか?


「なぜその人をかばうのですか?」


「この人は俺を助けてくれた恩人だ!助けて何が悪い!!!」


「………何も知らないというのは幸せですね。」


 茶髪メイドが嘲笑う。これが無表情だった彼女が見せる初めての笑顔だった。


「たとえあなたでも今のままでは私には勝てませんよ。」


「今のまま?それってどういう……?」


「ウォーターボール」


 茶髪メイドの周囲に複数の水の球が現れる


「あなたを傷つければ私もその人も首を飛ばされてしまいますのでわからないようにいたしませんとね」


 複数の水球が俺を襲う!!……だが……!!!


「…見える!」


 水球の動きは見えている。速いが避けれないほどではない。襲ってきた水球をすべてかすることもなく完璧に避ける。


「一度避けたら終わりと思うんですか?」


「!?」


 壁に水球がぶつかった音がしないと思ったら追尾式だ。前からは新しい球も作られている。これはやばい


 逃げようにも出入り口はメイドの後ろだ。


 こうなったら


「おい!!!ニコライさんのお付きの人!!!いるんだろ!!助けてくれーー!」


 扉を開いた時確かにお付きの人がいた。いたはずだ!気づいてくれ!


「無駄ですよ。防音の魔法がかかっています。まあかけたのはその人なんですけどね。」


 万事休す、か


「でもあまり時間をかけたら怪しまれてしまいますね。そろそろ終わらせましょう。」


「くっ」


 水球が俺を取り囲み退路を塞ぐ…そして


 パチャン


 一発当たってしまった………え?何ともない……え??


 茶髪メイドを見ると面白げに笑っている


 単なる遊びだった???ニコライさんもグルのドッキリとか???


 だがそうではなかった


「!?!?」


 当たった水球の水が体を伝って頭に登ってきた。目的がわかってしまった。目指しているのは俺の口だ。


「ニコライさん!ごめんなさい!!」


 他の水球を避けつつニコライさんをベッドに投げる。


 ベッドはフカフカだったので問題ないはずだ


 空いた両手で登ってくる水を抑えようとしたが無理だった


 パチャン パチャ パチャ


「……っくそっっ」


 そうこうしているうちに当たる水球も増え、口を閉じても俺の口は水でいっぱいになっていた。


 ……息が…………っできない………でもこれは…あのお茶と夕飯の香辛料の香り??


 体の力が抜けていくのを感じる


「申し訳ないですがもう少し寝ててくださいね?」


 茶髪メイドが近づいてきた。


 そして俺の首を片手で掴むとベッドまで引きずっていく。そしてニコライさんと入れ替える形で俺をベッドに寝かせた。ニコライさんにも俺と同じ水球を入れたようで、すでに意識はない。


「大体あなたが早く起きすぎるのがいけないんですよ?ちゃんと寝てればこんなことにはならなかったのに。」


 そして茶髪メイドはニコライさん俺と同じように引きずっていく


「………ま…て」


 かろうじて出たその声はあっさりと無視された


 出入り口まで引きずり、入口付近でお姫様抱っこをする


「……?」


 扉を開き


「なっ!?ハルキウス様!?一体どうされたのですか!!?」


「ハルキウス様は食事に当てられたようです。神官による手当をお願いしますね」


「………ひっクオリ様……、かしこまりました!であれは?」


「あれも眠りに入りました。また早く目覚めないとも限りませんが、しばらくは大丈夫でしょう」


「私はもうしばらく様子を見ていますので父を頼みます」


 ………!?それだけ??お咎め無しなのか?それに………父!?


「かしこまりました…いらぬことかと思いますが、くれぐれもお気をつけて………」


 ニコライさんを渡し扉を閉める。


「気をつけて…か。思ってもいないくせに」


 そうつぶやくとこちらに戻り、俺の首に手をかけた


「まだ意識があるんでしょう?あの人の事を殺したくなければさっきあったことは誰にも何も言わないことね。目が覚めても今まで通り普通にして。本当に首が飛ばされるわ。私もあの人が死ぬのは本意ではないの。分かったら2回瞬きしなさい。そうしなければ今ここであなたを殺すわ。」


 首にかけられた手に力がこもる


 女の子の細い腕では考えられない力だ


「ぐ……ぁ」


 ほんとにもう訳がわからない


 抵抗は無駄だと悟った俺は2回まばたきをする


 男のプライドはずたずただが自分の命を守るにはこれしかなかった。


「……ありがとう。それじゃあね。せめて良い夢を……」


 ありがとうと言ったその顔はどこかホッとしたようで、悲しそうな、年相応の少女の顔に見えた


 そして特別濃いのか、色付きの水球が俺の口に入り込むと、俺の意識は闇の中へ落ちていくのだった。

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