第2話

それから俺は風呂に入れられた。


 メイドさんに吐瀉物まみれの服を脱がされスッポンポンになった俺は、これまたメイドさんのなすがままに体の隅々まで洗われた。


「まだ本調子ではないのですから力を抜いて、動かないでくださいね〜。」


 正直つらい。自分でできます!と抗議したがニコライさんにやんわりと断られた。


「彼女たちの仕事を取らないであげてください」


 とあの優しい笑顔で言われたらもう納得するしかない


 だが薬草?が浮かべられた風呂はなんとも気持ちが良かった。まるでどこかの王様にでもなった気分だ


 湯から上がる時にはもうすっかり気分の悪さも消え、自分の足で歩けるようになっていた。


 風呂上がりでポカポカな俺はこれまた豪華な客室に案内された。


 ちなみに歩いてみてわかった。ここはお城だ。


「お加減はいかがですか?…はいお水です」


 椅子に腰掛ける俺にニコライさんがまたカップを差し出す

 今度のは普通の冷たい水のようだ。

 何この人、気遣いのおばけなの?


「ありがとうございます。もう大丈夫そうです。」


「それは良かった。あなたになにかあったら一族もろとも首が飛んじゃいますからねー」


「ブフォッ」


「フフフ、冗談ですよ」


 笑えない冗談はやめてほしい


「では改めまして、あなたの名前を伺ってもよろしいですか?いつまでもあなたでは味気ないですからね」


「っ」


 何やら後ろの人が一瞬驚いたような表情をした気がしたが気のせいか?


「あ、すみません。俺の名前は桜木剣斗です」


「サクラギ様とおっしゃるのですね」


「…あっいや…えっと、こっちでは個人の名前が前か。剣斗!剣斗のほうが名前っす…あっ…です。あと様付けはちょっと…」


 自分より遥か年上できっと社会的地位もすごいであろう人に様付けなんてされるとむず痒くて仕方ない。


「そうですか、ではケントさんとお呼びしますね。ケントさん、状況がまだわからないとは思いますが、すべて陛下がお話致しますのでそれまでお待ちいただけますか?ちょっと事が事なのでお時間をいただくかと思いますが…。」


「………わかりました」


 説明はなし…か。ここが異世界であることは間違いないようだがこの対応は一体どういうことだろう?


「ありがとうございます。お待たせする間、食事や衣服など必要なものがあればできる限り準備致しますのでメイドにでもおっしゃってください。」


「えっ………メイドさんってずっといるんですか?」


「メイドは基本ずっと居りますよ。姿が見えないときも側に控えておりますので御用の際はそちらのテーブルのベルをお使いください。」


 いつでも見たり聞いたりできる所にいるってこと?ここにプライバシーというものはないのか!?


「メイドは慣れませんか?」


「いや、俺のところではメイドさんっていなかったし…いや、すごくお金持ちのところとかにはいるらしいけど実物を見るのは初めてで……」


 駅の近くでビラを配ってるメイドさんは見たことあるが、それはノーカウントだろう。


「………」


 それを聞くとニコライさんは少し驚いたようだった。


「メイドは様々な用途を持つ道具とお考えいただければ良いのですよ?」


「そういうものなんですか…」


 頭で理解していても育ってきた環境や習慣というものは抜けないもので、豪華な部屋もメイドもやっぱり落ち着かないものだった。


「ハルキウス様…そろそろ…」


 お付きの人がニコライさんに耳打ちする


「ああ、そうですね。ではケントさん、私はこれで失礼します。陛下からの呼び出しは今日はないでしょうから、どうかゆっくり休まれてください」

 ニコライさんが軽く会釈し背を向ける。

「…ぁ…………待っ」


「…?何か?」


「………っ…いえ、何でもないです」


 何故か猛烈な不安に襲われた。


 知らない土地、知らない人、その中で名前を呼び呼ばれる人がどれほど大きな存在になってしまうのかを知った瞬間だった。


 でもいい年してこのイケオジにすがる俺は男として非常にかっこ悪い。うん。かっこ悪い。我慢だ俺。


「私も近くの部屋におります。体調が悪くなった際はいつでもお呼びください」


 優しい笑み。多分見透かされているのだろう


「……ありがとうございます」


 恥ずかしい


 俺はニコライさんが出ていった扉をしばらく見つめていた。


 あの人の後ろには常に二〜三人の付き人?がいる。


 上級神官という職業はとても偉い職業なのだろう。上級と言われるくらいだし。


「そんな人がなんで俺なんかの世話するんだろうな?勇者じゃあるまいし」


 漫画などでよく見る異世界ものといえば大体転移特典チートで無双するものだが、俺は神様?にも会っていないし、ステータス画面も見えない。天の声も聞こえないし、スキルもない。正直転移前と全く変わりがないのだ


「せっかく転移してもこれじゃあなぁ」


 つまらない、つまらないことこの上ない


 …グゥゥゥウ


 考えていると大きな腹の虫がなる。目覚めてからあのピンクのスープしか飲んでいないし朝食も食べていない。まあ食べていたとしてもすべて吐いていただろうが…


「とりあえずなにか食べるものが欲しいな。えっとこれを鳴らせばいいんだっけ?」


 チリリリン


 メイドさんの姿が見えないのでニコライさんに教えてもらった呼び鈴を鳴らす


「お呼びでしょうかご主人様」


「うぉおおう!?」


 いつの間にかすぐ側に短い茶色の髪と深い青色の目をしたメイドさんが立っていた


 忍者か?これが異世界の普通のメイドさんなのか??


「えっと…、いきなり出てくるのは驚くから次からゆっくり出てきてくれると嬉しいかな?」


 心臓がバクバクしてるのを隠しつつ平静を装う


「かしこまりました。要件は以上でしょうか?」


 なんだかこのメイドさんは対応が無表情で機械的だ。


「いや、お腹が空いたからなにか食べるものがほしいかなーって…」


「かしこまりました。ゆうげを用意いたします。何か要望などございますか?」


 風呂とかで見た他のメイドさんより大分若く見える。俺と同じくらいだろうか?


「そもそも何があるかわからないしな…適当でいいよ。あ、でも魚は苦手だから別のものがいいかな…」


「かしこまりました。ではしばしお待ちください」


 整った顔立ちをしてるのでもっと笑えばきっと可愛いのになと俺はそんなことを思うのだった


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 しばらくしするとテーブルいっぱいに豪華な食事が出てきた。何かの肉を焼いたもの、パンのようなものにシチューのようなものも見える。


 あのピンクのスープがあったからちょっと身構えていたが、見た目だけなら普通の洋食と変わらない。


 良い香りが空腹を更に刺激する


 スプーン、フォーク、ナイフ、使う食器も洋食と変わらない。


 さすがにお箸はないようだ


「やばっめっちゃ美味しそうじゃん!いただきます!」


「…………」


 色々思うことはあるが、腹が減ってはなんとやらだ。何やらあの茶髪のメイドさんの視線を感じるがマナーなど知ったことかっ


 スープを一口食べる。あ、普通にうまい


 別の料理にも次々手を伸ばす。香辛料だろうか?日本の食事ではあまり感じたことのない風味がするものもあったが特に気になる程度でもなく、その味に舌鼓を打つのだった


「ねねっ、メイドさんメイドさん、この肉すごく美味しいんだけど何の肉??」


「………モートンの肉でございます」


「……………(モートンがわからねぇよ)」


 気まずい沈黙


「モートンとはこのあたりで一般的な家畜ですね。太めの成人男性を四つん這いにしたような大きさの獣です。乳もとれます。ちなみにこちらの料理にも使われておりますね」


 心を読んだように説明してくれた。そんなに顔に出ていただろうか……


 メイドさんは無表情だが


 どうせ聞いてもわからないんだから聞くんじゃねぇよ


 という心の声が聞こえた気がした。


 もう食材について聞くのはやめよう………と思ったのだ


 が、デザート?の果物?を見たときその考えは吹き飛んだ


 見覚えがある。これはみかんの房だ。ただし大きさが異常だ。カットしたスイカくらいのサイズがある


「あの、これって………」


「こちらは乾燥を防ぐために薄皮のままお出ししております。薄皮を割いて中身をお召し上がりください。」


 そういうことを聞きたかったわけではないのだが…


 おそるおそる食べる


 やはりみかんだ。それも食べ慣れた日本のみかんの味がする。うまい。


「あの…」


「……何か?」


「この果物って普通これがいくつかまとまった丸い形で黄色い皮に包まれてたりします?」


「……そうなっておりますね」


「これ、みかんって名前だったりしません?」


「ミッカンジー…と呼ばれる果物です」


「おしいっ!こっちでもあっちと似た果物があるもんなんだな。でも大きさ以外はあっちのみかんそのままだったから驚いたよ」


「…………そうですか。」


 会話が続かない。ニコライさんはメイドは、道具みたいなものだと思えと言っていたが、それなら俺は道具に話しかける変なやつになるのか。


 スマホに話しかけるみたいなものか………ん?スマホ?


「あの!」


「はい」


「着てた服とか俺の持ち物、俺と一緒に色々あったと思うんですけど…あれどうなったんですか?できれば返してほしいんですけど…特にこのくらいの四角いやつ……」


 鞄はともかくスマホは欲しい。直前まで持っていたのだから近くに落ちていてもおかしくない。


「そのままお返しするには問題がありましたので洗浄を施しております。四角いものは存じ上げませんが、ございましたら洗浄が終わり次第お返しいたしますよ」


「洗浄……!?ちょスマホ…四角いのがあったら水だけはかけないでって伝えてきて!使えなくなるから」


「…かしこまりました。では私は失礼します。食事が終わられましたらまたベルでお呼びください。別のものが始末に参りますので」


 そう言うと茶髪のメイドさんは素早く、だが優雅な足取りで部屋を出ていった


 スマホ、異世界で使えるとは思わないが、あるに越したことはない。


 通信を使用しないアプリなら使えるはずだし、緊急用モバイルバッテリーも鞄に入っていたはずなのでしばらくの間なら使えるはずだ。


 壊れないでいてくれよ…


 俺は残りのみかんを食べながらそんなことを思うのだった。


「ご馳走さまでした」


 あー美味しかったな


 パンだけは少し固めだったが他は大満足だ


 満腹になったからか、睡魔が襲ってくる


 特にやることもない。このままこの睡魔に身を任せてしまおう


 ……今日の夕飯何がいい?…


 結局うちの夕飯は、何だったんだろうな

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