壊れた世界の偽勇者
天野ラッカ
桜木剣斗
第1話
……さま……………者様……………どう……界を……救って……
変な夢を見た。俺の姿をした奴が一人道を歩いているのだが、後ろから小人?達がやってきてわらわらと俺の姿をした奴にすがってくる。口々に助けを求めながら。
俺の意識はふわふわと浮かびながらその後ろ姿を見ている。
歩幅が違いすぎるせいか、小人はついていくのが精一杯で、中には倒れて動かなくなるものもいた。
俺はなんだかかわいそうになって来るのだが、俺の姿をした奴は足を止めることはない
……なあ待てよ!なんで助けてやらないんだ?あいつらかわいそうじゃないか……
俺は俺の姿をした奴に訴える
聞こえているのかはわからない。だけど言わずにはいられなかった。何故だと。
やがて小人はぽつりぽつりと倒れていき誰一人としてついてこれなくなった。
一人も居なくなってしまった。助けることができたかもしれないのに
…おい、なんとか言えよ俺。聞こえてるんだろ?…
不思議な確信があった。奴は俺が問いかけるたび早足になったのだ。
「………」
答えはない。ただ奴はゆっくりとその歩みを止め、今まで見ることができていなかった顔をこちらに向けた。
!?
その顔は炭を塗ったかのように真っ黒で表情を読み取ることができない。ただ何故だか笑っているような気がした
「後悔するよ」
ようやく開いた口から出たその声は俺の姿に似つかわしくない少女の声だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……ん……、朝?」
外はまだ薄暗い。いつもより相当早く目が覚めてしまったようだ
それにしても胸糞の悪い夢だった。
こんなに夢を覚えてることは稀だなと思いつつ朝の支度をする。
「あら剣斗もう出るの?早く出るなら早く出るって昨日のうちに言っといてよね。朝ご飯すぐ作るからちょっとでも食べていきなさい!」
リビングに出るともう母さんがせかせかと働いていた。味噌汁にするのか、いりこ出汁の香りがする。
「行きにコンビニ寄るからいいよ。亜美は?」
本当は夢見が悪くて食欲がないなんて言えない。長居すると無理やりにでも食べさせられるので早めに家を出よう。
「今日は部活ないらしいからまだ寝てるわよ?でもどうしたの?こんなに早く起きて。今日は槍でも降るのかしら?」
亜美は俺の2つ下の妹だ。生意気だが可愛い妹。いつもは部活の自主練をするために早く起きているみたいなのだか今日は休みらしい。
「母さんこそなんで起きてるんだよ…」
「母さんは毎日起きてるわよ!主婦は色々やることがあるの!たまには手伝ってくれてもいいのよ?」
そういえば朝起きて母さんがいないこと、今までなかったかもしれない。
単身赴任の父さんに、母さんと亜美のこと、頼まれていたけど結局何もできてないな俺。
「……また今度気が向いたらな。んじゃもう出るから。行ってきます」
逃げるように玄関へと歩を進める。
俺、桜木剣斗(サクラギケント)は退屈していた
朝起きて、高校に行って、帰って寝るの繰り返し。
成績も運動もとっても出来るわけではないけど出来なくもない。そんなごくごく普通の高校生だ。
早朝に家を出ようと思ったのは、そんな日常にほんの少しだけ抗ってみたかったのかもしれない
「あ、剣斗!」
「なに?」
「今日の夕飯何がいい?」
「何でもいいよ。あー、いや、魚以外で」
「何でもいいが一番困るの!魚は嫌?美味しいのに〜。まあいいわ。行ってらっしゃい。気をつけてね」
こんな何気ない会話が母さんとの最後の会話になるなんて、このときは全く思いもしなかったんだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
家を出ると丁度朝日が登ってくるところだった。日の出を見るなんていつぶりだろうか。
「早起きもたまには悪くないな」
少しひんやりとした風が心地良い。
暦の上ではもう秋のはずだが、まだまだ日が登ると残暑が厳しい。
いつもの登校時間ならすでに汗ばむ陽気だ。
「早く着いても仕方ないし、歩くか」
学校はバスで片道30分ほどの距離だ。歩いて行っても今の時間なら余裕で間に合う。
ぼんやりとただ歩く。悪くない。
いつもはバスの窓から眺める景色が少し違って見えた。
河川敷の遊歩道を一人歩く。
早朝だからだろうか、すれ違う人もいない。ジョギングしている人なんかがいてもいいのにな。
なんだか清々しい気分だ。
夢のせいで悪かった気分が晴れていく。
「忘れよう。なんてことはないただの夢だ」
そう思ったときだった。
「あれ…なんだ?」
道の端の草陰になにか黒いものが落ちている。
並の黒さじゃない。昔ネットで見た塗料の黒色無双くらい黒い
大きさは10円玉くらいだろうか
⚫
「……?なんだこれ、めっちゃ黒い…黒く……光ってる?」
道に落ちていると思ったそれは、周囲の空間に闇を滲ませながら低空をふわふわと浮かんでいた。
「…触るのは…ちょっとな…………えいっ」
とりあえずそのへんに落ちていた石を投げてみた。が案の定外れた
「だよなー。あんな小さいのに一発で当てれたら俺はチックタックのヒーローだよ……」
凡人の運動神経などこんなものである
「……とりあえずツイッタグラムにあげよう。バズったら取材が来たりして」
スマホを取り出してカメラを向ける。写真に写らないということはなかった。カメラを通してもやはり真っ黒だった
「どう見ても加工なんだよな。まあいいや。なんか変なもの見つけた、詳細わかる人求む……っと。」
黒すぎてもはや加工にしか見えない。コメントに加工乙と書かれる未来しか見えないのだが、フォロワー自体指で数えらるれほどしかいない俺なので反応があるかすら怪しい。
…………ザザザザザ…パリッ
「えっ」
黒い物体が何か音を発し始めた。
黒一色であった輪郭がみるみるその形を失っていく
「え、ちょ、なにこれヤバい?わっっ………!??!?」
突如溢れ出した闇が俺を包むのは一瞬だった
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「うわぁぁぁぁぁああーーー!!」
闇に包まれた俺は真っ暗な空間をひたすら落ちていった。どこなんだここは
この声は俺の声か?
上下左右の感覚がなくなっていく。
落ちているのか浮かんでいるのかまるでわからない
気持ちが悪い、だれか!誰か助けてくれ!
永遠に続くかと思われたがそうはならなかった
一箇所に光が見えたのだ。その光に向かって俺は吸い込まれるように落ちていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ガヤガヤガヤガヤ……ニンゲン?少年に見えるぞ。ドウダ?生きているのか?目を覚ますぞ
うるさいな…あぁそうか黒い何かも含めて全部夢だったんだな。ひどい夢だ。吐き気までしやがる…
俺はゆっくりと目を開けた
なんだか大人数に囲まれているらしい
「目覚めた!!奇跡じゃ!奇跡が起きた!神よ感謝いたしますぞ!!!」
「なりませんっ近づいては!!!」
「ええぃ黙れ!」
争う声が聞こえる
父さん?は出張中だ。誰だ??なんだか床も冷たくて硬い。病院か?広い真っ白な部屋で、扉が一つ見えた。
うぅぇ 吐き気がひどい
重たい頭をなんとか声がする方に向けると、制止を振り切り、なんだか高級そうな服を着た見知らぬ髭面のジジイが近づいて来た
「気分が優れぬか?おい、神官だ!神官を呼べ」
髭ジジイが叫ぶと扉の近くにいた人が急いで出ていく
「しんかん……?」
医者や看護師ではないのか。聞き慣れない言葉に首を傾げる
まさか新人看護師の略ということはないだろう
「おお、言葉もわかるのだな!僥倖僥倖!!申し訳ないが説明は後じゃ。まずは体調と……着替えじゃな。湯の準備じゃ!!立てるかね?」
「……は、はぃ…………うっっ」
髭ジジイの手を取り立ち上がるがその瞬間また激しい吐き気に襲われ座り込んでしまう。
「急ぐことはない。今は休まれよ。神官はまだか!」
「は、ここに!」
ファンタジーに出てくるような長い帽子を被った壮年の男が現れてひざまずく。
よく見たら周りにいる人も皆普通の姿ではない。コスプレ大会か何かだろうか?ハロウィンにはまだ早いぞ?
「ハルキウスか。……まあ良い。命令じゃ。この少年を癒やせ。不備があればおぬしと一族の首はないものと思うがよい!」
髭ジジイが神官に命令する。俺に対する態度とは大違いだ
「この身にかえて努めさせていただきます」
ひどいパワハラに見えたが別に気にしている様子はなかった。
「わしはこれから他国との調整に入る。すべてが決まるまでは保・留・じゃ。よいな?人は自由に使え。入用なものはメイドに準備させればよかろう。では少年よ、先に失礼する。また会おう」
そう頭を下げると足早に部屋から出ていく。
髭ジジイが出ていくまでハルキウスと呼ばれた人物はずっとひざまずいていた。ジジイ、よほど偉い人なのか?理事長とか?
周りにわらわらといた人たちも少し慌てた様子で部屋を出ていく。
残ったのはこのハルキウスと呼ばれた人とそのお付の人、鎧?を着た人、メイドさんみたいな人たちが数人だ。
「おまたせしました。私は上位神官を務めておりますニコライ=ハルキウスと申します。ニコライとお呼びください」
側にいた何名かに指示を出した後で、ハルキウスと呼ばれていた人物はこちらに向かいそう名乗った。
ニコライさん、名前もだがどう見ても日本人ではない
彫りの深い顔立ちに青い目。髪の毛はこれは白髪ではない。銀色だ。カツラでもない。
「にこらい…さん?…うっ」
ひどい吐き気は収まる気配がない
「すみません、まだ喋らなくて結構です。ちょっと背中に触れますよ。私の力がどこまで及ぶかはわかりませんが…………」
手が当てられた背中からじんわりと熱が広がり、気分の悪さがみるみる消えていく。
これは魔法????
「いかがでしょうか?」
「ものすごく楽になりました。……あ…、あのっニコライさん、ここは一体どこなんでしょうか……?」
「…………。それは私から申し上げることではございません。国王陛下よりお聞きになってください。………こちらをどうぞ」
ニコライさんはそう言うと俺にメイドさんが持ってきたカップを差し出した。何やら甘い香りのする液体が入っている。
「湯浴みをしていただきますが、その前に胃が空っぽではお辛いでしょう?果実のスープです。温まりますよ」
「…ありがとうございます」
全部夢ではなかった。黒い何かに包まれて落ちていたとき俺は嘔吐していた。気づけばちゃんと吐瀉物まみれだ。
そんな俺に髭ジジイは手を差し伸べ、ニコライさんは癒やしてくれた。ただの高校生の俺に。
この状況を考えたらあの髭ジジイこそ国王なんだろう。失礼な態度を取らなくてよかった。
一体何が起こっているんだ?
もらったスープはカボチャに似た味で美味しかったが、見たこともないピンク色をしたその飲み物は、ここは異世界なのだと暗に俺に示しているようだった。
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