【怖い商店街の話】 おもちゃ屋

真山おーすけ

おもちゃ屋

商店街の並びにあるおもちゃ屋。俺が子供の頃からあって、母親と商店街へ買い物に来ると、必ずこのおもちゃ屋に立ち寄った。


男子が好きなプラモデル、ラジコン、ゲームソフト。女子が好きなぬいぐるみ、人形、変身グッズ。色々なおもちゃが並んでいて、子供にとってはパラダイスだった。


俺はよく店の脇に置いてあるゲーム台で遊んだ。少ない小遣いを握りしめ、ゲームで遊んでいる間に母親は買い物を済ませた。


俺が頻繁に行くもんで、店長の田中さんには名前も覚えられ仲良くなった。その頃は、時々田中さんの奥さんも店にやって来て、俺におやつをくれた。食べたことのないお菓子ばかりで、それも密かに楽しみだった。


それから数年が経って、そのおもちゃ屋でバイトをすることになった。学業の合間に働かせてもらっていたのだが、いつの間にか卒業してもおもちゃ屋でそのまま働いていた。田中さんもすっかり高齢になって、開店と閉店の時だけやってきて、それ以外は俺が任されるようになっていた。


店は毎日昼過ぎになると、学校帰りの子供たちがランドセルを背負って遊びに来ていた。欲しいものを眺めては、小遣い貯めて買うだとか、誕生日に買ってもらうだとか、クリスマスにサンタに頼むだとか言って品定めをして、数か月後に小遣いやお年玉を握りしめて、満足そうな顔して買っていくのだった。


普段は何も買わず俺と話をしたり、店の脇にあるゲーム台で遊んだりして帰る。店に来るのは、子供ばかり。大人もたまには来るが、それは子供の付き添いやプレゼント用に買いに来る時だけだった。


だが、半年ほど前から毎日ある一人の女が来るようになった。


40代ぐらいだろうか。全身真っ黒なローブのようなものを羽織り、髪は長くて真っ黒だった。前髪が長いせいで、顔がよく見えない。魔女のような女で、商店街では見慣れない女だった。


その女が初めて店の前を通った時、突如立ち止まって顔だけをこちらに向けた。だが、女は俺を見ていたわけではないようで、ズカズカと店の中に入って来ては、ある売り場の前で立ち止まった。


そこは、人形が置いてある棚。有名なドール人形や、セルロイドの人形、音声認識するタイプや、高機能のおしゃべり人形まで置いてある。


女はその中の一つで、子供たちが試しで遊べるようにと箱から出されたセルロイドの人形を見ているようだった。そして、女は人形に向かって何か話したようで、口元が動いていた。俺には聞こえなかったが、人形は反応をして「ママ、お腹空いた」とプログラムされた言葉を発した。女はその人形にしばらく話しかけていたが、俺の視線に気づいたのかよそよそしく店を出ていった。変わった客だ。


その時は、その程度しか思っていなかった。


だが、黒いローブの女はそれから毎日店に来るようになった。今度はお香のニオイを漂わせながら。同じ人形の前に佇み、何かを呟いている。それに反応するかのように、人形が言葉を発する。一時間ほどすると、黒いローブの女はお香のニオイを残して店を出ていくのだった。


ある日、二人の少年が店にやってきた。時々やってくるいたずら小僧で、口の悪い少年だ。乱暴にゲーム台やおもちゃを扱うこともあって、人形の首をとったり、店のガラスを割ったり、ゲーム台を故障させたりと、何かと悪さをする。


そのたびに、「何もやってない」と嘘をつき、俺は何度か叱ったことがある。最初はふてくされながらも謝っていたが、今では俺の説教もどこ吹く風とばかりに無視をして、商品のおもちゃを壊すのだ。油断のならない子供たちだった。


二人の少年は店に入ってくると、いつものようにラジコンの前にやって来ては新しいラジコンを指差しながら話を始めた。


その時、店に黒いローブの女がやって来た。いつもと同じ人形の前に立ち止まると、また何かを呟いていた。


黒いローブの女に気づいた一人の少年がニヤニヤと笑って、相方の少年の肩を叩いた。二人の少年は、黒いローブの女に指を差すと顔を見合わせて笑った。そして、何か悪巧みをするように内緒話をした後、片方の少年が黒いローブの女のそばに近づいた。


「おい、見てみろよ。おもちゃ屋に魔女がいるぞ」


少年はしたり顔で、黒いローブの女を指差した。


「魔女が人形とおしゃべりしてるぜ。ワタシトオトモダチニナリマショウって」


少年がそう言って笑うと、もう一人の少年も大笑いした。それでも、黒いローブの女は聞こえないふりをしているようだった。


「こら、他のお客様に変なことを言うんじゃない」


俺が少年を叱ると、少年は舌を出しながら「うるせーよ」と言った。まったく、なんて腹立たしいガキなんだ。と心では思いながら、俺は平静を保った。


「魔女が人形遊びなんて、気持ち悪いから帰れよ。その人形だって嫌がってるよ。おばさん」


黒いローブの女はピクリと反応した。


そして、ゆっくりと少年の方に顔を向けた。


俺のいる場所からは、黒いローブの女の表情はよく見えない。だが、黒いローブの女に見つめられた少年は、蛇に睨まれた蛙のように体を硬直させて途端に話さなくなった。かと思えば、今度は少年の体がガタガタと震えだした。


さすがにまずいと思った俺は、少年に駆け寄った。黒いローブの女は、何事もなかったように人形の方を向いた。


「おい! 大丈夫か?」


そう言って少年の肩に手をやると、少年は嗚咽しながら泣いていた。少年のズボンの裾から黄色い液体が床に滴り、独特のアンモニアのニオイを放っていた。


俺は店長の田中さんに電話をして来てもらうと、少年は店の奥でズボンを乾かせた後、大人しく家に帰って行った。


俺は、すぐにモップで床を掃除した。


その間に黒いローブの女もいなくなっていた。


黒いローブの女が少年に何かしたようには見えなかったが、考えられるのは睨みで少年が怖気づいたということ。実際、俺は黒いローブの女と目を合わせたことはない。そんなに恐ろしいのだろうか。と、想像をしながら掃除を終えた。


それにしても、あの黒いローブの女は何故そこまで同じ人形に執着するのだろうか。


黒いローブの女がいつも呟いてる人形は、随分昔に発売された音声認識で日常会話を返す人形だ。ずっと売れずに、いつまでも飾られている。長く置かれたせいもあり、色もくすみ塗装は剥げてきている。まぁ、そいつは見本で売り物ではないからいいのだけど。


商品棚の他にも、同じ人形が在庫置き場に何体も残っている。中には不良品もあって、販売元に引取りを願い出てはと提案したが、田中さんが言うにはすでに人形が作られた会社は随分前に倒産してしまったそうだ。


誰でもいいから買っていってくれと、在庫整理をするたびに思うのだった。


それから、悪ガキの少年たちは大人しくなった。黒いローブの女が店に入ってくると、少年たちは慌てて店から出ていく。そんなに恐ろしい目だったのだろうか。と思いながら、俺は黒いローブの女の様子をうかがう。相変わらず、人形の前で何か呟いている。


「ママ、おはよう」「ママ、お腹空いた」「ママ、一緒に遊ぼう」「ママ、おんぶして」


人形の声だけが、俺の耳に届いてくる。一体何を呟いているのか、俺は気になり耳を傾けてみた。黒いローブの女の声は本当に小さくざらついていて、店前を誰かが通るだけで遮られた。僅かに聞こえたのは、


「…な…して……さい」「そ……こ……たら、…るさなぃ」


という部分的な言葉だけ。


そのたびに、人形が反応して黒いローブの女の言葉を遮った。


ある日、俺は思い切って店にやって来た黒いローブの女に話しかけた。


「その人形、気に入っているんですか?」


黒いローブの女は、無言のままいつも人形を見つめた。


「ママ、一緒に遊ぼう」


俺の声に人形が反応した。


「もしよかったら、お一つ買っていきませんか?」


「ママ、だっこして」


また人形が俺の声に反応した。


「あー、すみません。俺の声に反応して、人形の声うるさいですよね」


「ママ、お腹空いたよ」


うるさいな、この人形。だから売れないんじゃないか?


そう思った瞬間、黒いローブの女は俺の方を向いた。長い前髪の隙間から、僅かに女の目が見えた。


「ダメよ。そんなことを思っては」


か細い声で、黒いローブの女はそう言った。


「ママ、一緒に帰ろう」


人形がまた声に反応した。


「それに、私の邪魔をしないで。放っておいて」


その言い分には、俺は納得がいかなかった。


毎日毎日店に来ては、人形の前で独り言を呟いて何も買わずに帰って行く。気味悪がって、他の子どもたちが黒いローブの女の姿を見ると、店に入って来なくなっている。立派な営業妨害だ。


俺は文句を言おうと口を開いた。


その瞬間、黒いローブの女の方を向いていた人形の首が、素早く俺の方を向いた。


「黙れ。邪魔をするな」


それは低い男の声で、人形の口から発せられた。俺は驚きのあまり、倒れて尻を打った。


すると、黒いローブの女はまた人形に向かって、何か呟いていた。人形の顔が、ゆっくりとまた黒いローブの女へ向いた。


俺は怖くなって、そっとレジに戻った。


そして、少しすると黒いローブの女は人形を持ってレジにやって来た。


「この子を買って行くわ。箱あるかしら」


「ママ、一緒に帰ろう」


人形が反応するたびに、俺の体がビクリと震えた。


「この人形は見本で、新しいのがありますけど」


そう言うと、黒いローブの女は首を振って、この人形じゃないと意味がないのだと言った。俺は急いで在庫置き場から箱を探し出し、人形の横に並べた。箱に入れるために、俺が恐る恐る人形に手を伸ばすと、黒いローブの女は察したのかそそくさと人形を箱に入れてくれた。そして、黒いローブの女は人形が入った箱を抱え、店から出ていった。お香のニオイを残して。


「黙れ。邪魔をするな」在庫置き場にある同じタイプの人形を見るたび、あの声と睨む人形の目を思い出すのだった。


一週間ほどして、黒いローブの女が店の前を通りかかった。


あの人形が気になっていた俺は、黒いローブの女に声をかけた。お香のニオイはしなかった。黒いローブの女は立ち止まり、こちらを向いた。


「人形、どうですか。ちゃんと動いていますか? ほら、ずっと置きっぱなしで古いから」


黒いローブの女は黙ったまま、気まずい時間だけが過ぎていった。


「満足いただけたならいいんです。すみません、出過ぎた真似を」


俺は苦笑いと会釈をしながら、店に戻ろうとした。


「あの人形は捨てたわよ」


黒いローブの女の言葉に、俺は驚いた。


「どうしてですか? 捨てるなら、買わなければいいのに」


「あれは、よくないモノだから」


「よくないモノって何ですか、それ」


「私、そういうモノが見えるし聞こえるの。初めてあなたの店の前を通った時、あの人形の声が聞こえたの。不満だらけの声。通じ合うモノが現れたら、憑りついて呪い殺してやろうと」


「そんな馬鹿なことって」


「店のご主人の奥さん、さぞや苦しんで亡くなったんじゃないかしら」


確かに田中さんの奥さんは、原因不明の頭痛に悩まされ、最後は発狂しながら酷く苦しんだ顔で亡くなったと聞いたことがある。


「捨てたと言ったけれど、然るべき場所に預けたのよ。だから、心配しないで」


そう言って立ち去ろうとする黒いローブの女に、在庫置き場にある同じタイプの人形も処分した方がいいかと尋ねた。


すると、それは大丈夫だと言った。他に悪いモノの気は感じられなかったと。


あの人形がなくなってから、不思議と店の物が壊れたりしなくなった。


黒いローブの女の正体は、占い師だった。いつも駅前で、商売をしているという。黒いローブの女は初めて微笑んで、商店街を去っていった。


だが、ある時駅前に行ってみたが、その姿を見つけることはできなかった。

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