第4話 わたしたち、なにかやっちゃいました?




「これは何かな?」


「請求書にございます、旦那様」


「それは書式を見ればわかるよ。ただ明細が気になってね」


 その書類には、材料費として木材やガラス、大理石、そして人件費が記載されていた。下町の平民なら、家を1件買えるかという金額だ。緊急案件として、1割増しになっていた。


「私の見間違えではなかったか。では根本的な疑問だ。なぜこのような請求が我が家にやってくる?」


「お嬢様案件かと」


 侍女シャーラはつらっと言ってのけた。


「なあ、シャーラ。正直に教えて貰いたい。これはどういう状況なのかな?」


「お嬢様は学園生活を満喫していると存じます」


「……そうか」


 侯爵は決済の印を書類に押した。それでいいのか?

 応接椅子をくるりと回し、窓から外を見る侯爵の目は死んでいた。



 ◇◇◇



「サモン、アークエンジェル」


「サモン、グレーターデーモン」


 侯爵が頭を抱えている頃、学園では魔法実習が行われていた。

 ただし、あくまで攻撃魔法でもって的に当てるという、それだけの授業であったはずだ。


 つい数分前に王子と宰相令息ライムサワーが、それぞれ『ファイヤーランス』と『アイスバレット』を見事に的に当て、喝采を浴びたばかりである。もちろん的には魔法耐性素材が使われていて、傷ひとつない。そういう授業なのだ。


 そこに天使と悪魔が降臨した。いや、ヒロインと悪役令嬢によって召喚された。アリなのか?


「うわああああ」


「きゃあああぁぁ」


 訓練場に悲鳴が響き渡る。当たり前だ。これならまだ『ファイヤーバースト』や『アイスストーム』とかの方がわかりやすくてマシなのに。


「マキシマム・セイント・バースト!」


「アンリミテッド・ダーク・プレス!」


 アークエンジェルが光の柱を創造した。同時にグレーターデーモンが両腕で攻撃を繰り出す。

 光と闇の競演が轟音を響き渡らせ、訓練場に暴風が吹き荒れた。


「ありがとう。お疲れ様」


「おかえりなさいな」


 ヒロインと悪役令嬢の呟きで、天使と悪魔は消えていった。

 当然、訓練用の的など、跡形もなく消滅していた。テンプレここに極まれり。


 地面にはいつくばっていた生徒たちがゆっくりと顔をあげ、状況を把握して愕然としている。当然攻略対象の3人もだ。

 これは今日も王室案件だな、とライムサワーは頭痛をこらえるしかなかった。


 そして、授業を担当していた女性講師、45歳は、両手を組み神に祈っていた。涙をダクダクと流しながら。なんなんだろう。



「あれ、わたしなんかやっちゃいました?」


「これでもかなり手を抜きましたわ。ブラックドラゴンを呼びませんでしたもの」


 虫も殺さない笑顔のアリシアと、不敵な笑みを浮かべるフォルテがそこにいた。



 ◇◇◇



「古代文献にて発見することができました。800年程前に聖マルトルートが使用したと伝えられる召喚魔法です」


 宮廷魔術師長がダラダラと汗を流しながら報告している。


「残念ながらグレーターデーモンの召喚については、見つかりません。失伝魔法かと存じます」


「……未来の王妃は、それを授業で使った、ということか」


 ちなみに聖マルトルートは、聖人認定を受けたれっきとした伝説だ。それに並ぶ?

 これって、アリシアを聖女認定する案件じゃないのか。そう思ってしまった者も少なからずいた。どうしよう。


「王立会議を設立する。本件、いやヴィルフェルミーナ嬢とアリシア嬢に関連する全てを精査する場を設けるのだ」


 王が宣言した。


「召喚はされないのですか?」


「今はまだだ。もし彼女らに悪意があってみろ、王国が滅ぶぞ」


 宰相の問いに王が断言した。そういうあつかいか。


「ガッシュ、ライムサワー、ワイヤード。情報収集を怠るな」


「はっ!」


 どうしてこうなった。王子はそう思わざるを得なかった。ライムサワーは胃の辺りをおさえている。ワイヤードは明朗に笑っていた。そっち側なのか?


「特別会議は王国法に基づき1級秘匿とする。心せよ」


「ははっ!」



 ◇◇◇



「えいっ!」


「なかなかやりますわね!」


「ヴィルフェルミーナ様こそ!」


 翌日は戦技の実習であった。

 すでに1年A組は知っている。あのふたりはアンタッチャブルだと。ひとりだけそれを理解しないワイヤードがフォルテに挑み、0.5秒で気を失った。


「やあっ!」


 気の抜けた声で攻撃を繰り出すアリシアの獲物は、巨大な剣だった。長さ2メートル、幅は30センチ。木剣ではあるが、当たればただでは済まない巨大な鈍器だ。

 あろうことか彼女は、それを片手で軽々と振り回している。


「ふっ!」


 対するフォルテの武器は、長さ30センチほどの鉄扇だった。

 時にはすかし、時には受け、ある時は扇を開きフェイントとする。いやちょっと待て、なんで受けられる。


 とりあえず、全体的には力のアリシア、技のフォルテといったイメージだ。多分両者とも、色々隠してはいるのだろうけど。



 そして10分程が過ぎたころから様相が変わり始める。


「アリスぅぅぅ!!」


「るぁ、フォルテぇぇぇあああ!」


 あ、例のモードに入りやがったと、あの廊下バトルに立ち会った者たちが後ずさった。ワイヤードはまだ気絶中だ。

 一気に戦いのレベルが2段階ほど上昇した。それに伴い、両者が被弾し始める。


「ああぁあくやくれいじょうがあああああ!」


 どぱん、ばきん!


 アリシアの剣がフォルテの左腕を叩き折った。


「ぃぃぃぃひぃいろいんめぇぇぇ!」


 ばちん、ぼきん!


 カウンターで叩き込んだフォルテの鉄扇が、アリシアの左鎖骨を砕く。

 ほんとうにこれは訓練なのだろうか。


「あはっ! あははははは」


「おほっ! おほほほほ」


 両者の笑い声が、周りの人間をビビらせる。戦技教官などは、膝を突いて涙を流していた。この学園の教官は泣かなければならない理由でもあるのだろうか。



 それから20分程で、両者が互いの膝を砕いたところで戦闘は終了した。


「ハイヒール」


「エクストラヒール」


 そして、ケロっと傷を治して立ち上がる二人は、もう素敵な笑顔だった。


「よい訓練でしたわ。ソードヴァイさん」


「こちらこそ勉強になりました」


 訓練? 勉強? 死闘の間違いじゃないのか、などというツッコミを入れる者は誰もいない。

 ただ、ポカンと口を開け、硬直するだけだった。


「殿下、報告案件です」


 ライムサワーが言う。


「わ、わかっている」


 それに答える王子であるが、目が死んでいた。



「あら、わたくしたち、なにかしてしまいましたの?」


「ただの実習でしたよね」



 フォルテが扇を広げ、口元にあて、アリシアは小首を傾げていた。


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