第3話 ファーストバトルのリザルト





「きゃっ」


 その少女、アリシアはいっそあざといくらいの可愛いらしい声で尻もちをついた。


「ああ、君、大丈夫かな」


 ハッブクラン学園入学式翌日の出来事だ。

 廊下の角で、丁度王子とアリシアが出合い頭に衝突してしまった。もちろんアリシアは衝撃を調整していたから、王子にダメージはない。尻もちをついたアリシアにしても、見事な体幹と体重移動を繰り出し、完全にノーダメージだ。それを瞬時に為すことができるのが、今のアリシアなのだ。


「も、申し訳ございません!」


 慌てるアリシア。傍から見れば、判別もつかない高貴なる者に失礼を働いて、動揺しているようにしか映らないだろう。


「なに、これしきのことで失礼にはあたるまい。君こそ大丈夫か?」


「は、はいっ! わたしは全然大丈夫ですっ!」


 しゃきんとアリシアは立ち上がり、深々と頭を下げた。完璧なヒロインムーブと言えよう。そして。


「そ、その肩章。まさかっ」


「ああ、私はガッシュベルーナ・フォレスタ・ハッブクラーナだ」



 ハッブクラン学園は、良くある建前の貴賤を区別しない組織ではない。制服の肩には軍隊のごとく、それぞれの爵位にそった肩章が飾られている。ちなみに平民は何もつけていない。見た瞬間に立場の違いがわかる。それがお互いの為になるからだ。


「だ、第1王子殿下には大変失礼を」


「よい。名を聞かせてもらえるかな」


「畏れ多くも申し上げます。わたしはアリシア・ソードヴァイと申します」


「ほう?」


 声を上げたのは宰相令息だった。


「知っているのか、ライムサワー」


「ええ。殿下のご婚約者と並び、今期最高成績で入学した平民かと」


「なんと、君がか」


「あ、ええっと。そうなのかなあって、思います」


 このあたりでアリシアの語調が崩れ始める。もちろんワザとだ。


「へえ、すげえじゃねえか」


 近衛騎士団長令息、ワイヤードも会話に参加してきた。顔には『おもしれー女』と書いてある。


「えっと、侯爵家の方と伯爵家の方ですね。よろしくお願いしますっ」


 そこは致しますだろうに。



 もちろんこれは、ヒロインと攻略対象たちの出会いだ。固定イベントってやつである。

 そしてつかみはバッチリだった。


「では君も1年Aクラスだということだね」


「は、はいっ!」


「せっかくだから一緒に行こうではないか」


 王子殿下のお誘いだ。誰が拒否できようか。


「はいっ!」


 こうして出会いイベントはヒロインたるアリシアの完全勝利に終わった。

 ただしこの5分後、廊下の途中で大乱闘が繰り広げられることを、攻略対象たちは知らない。



 ◇◇◇



「これは白昼夢か?」


「お気持ちは非常によくわかりますが、殿下、現実をごらんください」


 ライムサワーが割れたガラス、砕けた床、破壊された教室の壁に視線を巡らせた。


「凄かったなあ、あいつら」


「そうじゃないだろ、ワイヤード! あれは常軌を逸していたぞ!」


「ああ、おもしれー女たちだ」


「片方は私の婚約者だぞ!!」


 王子殿下がわめき散らした。見せてはならない光景なので、まわりの観衆はそっと目を逸らす。

 宰相令息ライムサワーは、自分の婚約者を大切にしようと心を新たにした。ここにひとつのフラグが叩き折られたのだ。


 まあ、悪役令嬢とヒロインは逆ハーなど狙っていない。王子ひとりにロックオンしているわけだが。



『さて、授業におくれてしまいますわ』


『そうですね、行きましょう』


 少し前に悪役令嬢とヒロインは立ち去っていた。何事もなかったかのように。

 そして王子たちは授業に遅刻した。



「フォルテ、アリシア。傷は大丈夫なのか?」


 入学式の翌日である。カリキュラム説明に終始したホームルームが終われば、今日は解散だ。

 そんな折に王子がふたりに話しかけた。結構度胸がある。


「ヒールを掛けましたし、着替えましたから問題ありませんわ。それよりソードヴァイさん、その薄汚れた制服はいかがなものでしょう」


「ごめんなさい。わたしったらドジだから転んじゃって、てへっ。明日までに繕っておきます」


「平民は大変ですのね。着替えもお持ちでないとは」


 アレをドジで転んだと言い張るアリシアに周りが戦慄した。同時にそれを鷹揚に受け流すフォルテにもだ。マジかよこいつら。


「そ、それならばよいのだ」


 ちなみに1年A組はやんごとなき方々と、成績上位者で固められた少々わけありな学級だ。座学が大したことの無い近衛騎士団長令息ワイヤードがここにいるのは、その立場と王子の護衛という意味合いも持つのだ。



 ◇◇◇



 学園からの帰り道、といってもアリシア以外は徒歩ではない。それぞれの馬車なのだが、攻略対象3人組はひとつの馬車で王城を目指していた。ライムサワーが、これは王陛下、王妃殿下、宰相閣下、ついでに近衛騎士団長に報告すべき案件じゃないかと言い出したからだ。


「僕の目には追えませんでしたが、あの非常識な武力、報告すべきです」


「うむ、確かにそうだな」


「手合わせするのが楽しみだぜ」


 それでいいのか、ワイヤード。多分テンプレ通りになるぞ。


「それと殿下、もうひとつ思い出してください」


「なにをだ?」


「あの両名、歴代最高の成績で入学しているんです」


「……つまり、文武両道ということか。しかも計り知れない程の」


「ご明察です」


 王子が頭を抱えた。


 元々フォルテと王子はそりが合わなかった。完璧主義のフォルテはひたすら研鑽を積み、王子の上を行く。そんな息苦しさに、王子は癒しを求めていた。

 そんな時に出会ったのが、平民でありながらも知性と教養を持ち、可憐なアリシアだった。だからときめいた。彼女ならば、もしかしたら。


「それがなんでああなんだ!!」


「落ち着いてください、殿下」


「落ち着いていられるか!」


「ははっ、おもしれー女たちだな」


「お前は少し黙ってろ」


 何とも賑やかな馬車だった。



 ◇◇◇



「にわかには信じがたいのだが」


「はっ、陛下、ですが事実です」


 首を垂れたライムサワーが一連の事象を報告し終えた。

 同席しているのは、王妃殿下に、宰相閣下、近衛騎士団長閣下だ。全員が困惑の表情を見せている。


「つまりそなたは、ヴィルフェルミーナ嬢とアリシアなる平民が学園の廊下で戦い、窓と壁を破壊し、あまつさえ、大理石の床を叩き割ったと、そう申すわけだな」


「……はい」


 ライムサワーも、説明していてわけがわからないよ状態に陥りつつあった。能天気なのはワイヤードだけだ。


「それで、両者の釈明は?」


「はっ、畏れながら王子殿下の横を平民の娘が歩いていたため、ヴィルフェルミーナ嬢がそれを咎めた、とのことです」


「……それがどうして、学園の破壊工作に繋がる」


「共に足を引っかけ合ったところ、転んでしまった、……と」


「つまりは、些細な事故だと言う訳だな」


「……はい」


 沈黙が流れる。



 しかし読者の皆様はお気づきだろう。これはまだ序の口にすぎないということを。


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