第2話 10年前、悪役令嬢とヒロインに起きたこと





 その日の朝、ヴィルフェルミーナ・フォルテシモ・オーケストラは悟った。

 別に階段から落ちたわけでも、熱を出したわけでもない。ただ自分が異世界に転生し、それまでのフォルテの記憶と性格を引き継いでいることにも気づいた。


 同じ日、同じ時間。状況はアリシア・ソードヴァイも一緒だった。

 記憶にある固有名詞を合せたら、ここが生前やっていた乙女ゲームの世界であると、理解させられた。


 ならばどうする。


「スワンプマン、かもしれないですわね」


 フォルテの心は折れなかった。


「シェーラ。お父様に面会しますわ」


「お嬢様……、畏まりました」


 先に一歩目を踏み出したのは、フォルテだった。



「どうしたのだね」


 突然の面会にも、侯爵、ウラマスタート・ピアニシモ・オーケストラに動揺はなかった。娘は5歳にして完全無欠の侯爵令嬢である上に、未来の王妃としての才覚を備えていたから。


「お父様、わたくしは武術を学びたく思いますわ」


「武術、だと」


「侯爵家令嬢として、武威を誇るためですわ」


「いらんだろっ!」


 早くも侯爵のキャラが崩壊した。


「オーケストラは武の家系。わたくしもそれに習うのですわ」


「いや、しかし」


 ガンギマリの目をしたフォルテに侯爵がビビる。武の家系なのは本当なんだが。


「では妥協して護身術ではいかかでしょう。婦女子の嗜みですわ」


「そ、それならば、まあ。では良い家庭教師を」


「旦那様」


 割って入ったのはフォルテ付の侍女、シェーラであった。


「畏れ多くも、わたしがお嬢様に護身術を伝授したく」


「あ、ああ、それなら、まあ。よしっ、シェーラよフォルテをよろしく頼む。給金も上乗せしよう」


「ありがとうございます」


 大問題だったのは、侍女シェーラがガチ勢でバリバリの武闘系侍女だったことだった。侯爵はそれを知らない。



「いってらっしゃいませ、お嬢様」


 翌朝5時。街はまだ眠っている。だが、フォルテは文字通り走り出した。

 下町仕様のパンツルックで、首にはマフラーを巻いている。


「ランニングこそ武の基本にございます」


「同意致しますわ、シェーラ。それでは行ってまいります」


「お帰りをお待ちしております」


 とか言いつつ、シェーラは陰ながらフォルテの護衛をする気マンマンであった。



 ◇◇◇



 異世界転生2日目の朝、眠れぬ夜を過ごしたアリシアは悩んでいた。

 デフォルトネームである、アリシア・ソードヴァイ。それはいい。人によってはヤマモト・ソードヴァイとかやってたくらいなので、むしろアリシアで感謝しているくらいだ。いや、そうじゃない。これからどうするかだ。


「あーあ、知識チートとか使って味方引きいれたり、財産造っちゃおうかなあ」


 朝もやの中、貴族街と城下町を繋ぐ石橋でアリシアは手すりに肘をついて悩んでいた。

 自分はこれからどうするのか、いや、どうしたいのか。


 そんな時、ヤツが現れた。

 規則的に白い息を吐き、それでも着実に近づいてくる足音。だけど、それはとても軽い。それはそうだ。5歳の少女が奏でる音なのだから。


「ヴィルフェルミーナ・フォルテシモ・オーケストラ……」


 5歳にしながら4本の金髪を靡かせる彼女は、欄干にいるアリシアに目もくれない。

 ただリズミカルに白い息を吐きながら、アリシアの目の前を駆け抜けていく。


 だが、そこには確固たる意志があった。来る日を目指し、自らをひたすら鍛え上げんとする心がそこにはあった。



「そっか、そっか悪役令嬢。そう来たかあ」


 アリシアの身体がブルリと震えた。寒さだけじゃない。これは熱さだ。

 フォルテの発する膨大な熱量が、アリシアの心に火を点けたのだ。


「あっちも転生者で、そしてもう努力を始めてる……」


 ならば、アリシアはどうする。彼女は、何を為すべきなのか。

 決まってる。戦うんだ。正々堂々とフォルテから王子を奪う。それがアリシアとフォルテの戦いだ。場は学園。


「10年。10年後にまた逢いましょう、悪役令嬢」


 そうして、アリシアも走り出した。



 ◇◇◇



 ご都合主義的ではあるが、フォルテとアリシアの前世の記憶は曖昧だった。自分の名前や家族構成は思い出せないのに、何故か武術の心得があった。気付いてはいないが、総合格闘技でてっぺんを目指せるほどに。

 学問に関する知識もあった、それも文系大学卒業程度に。


「いいわね。しっくりくる」


 7歳になったアリシアは、ひゅんと拳を繰り出しながら独り言ちた。

 自らの若い、いや幼い身体は生前の技術を当たり前のように吸収してくれている。それ以上に異常なのは、力だ。なんとこの身体、鍛えれば鍛える程、そのまま伸びるのだ。


「ゲームの世界だからなのかな」


 この世界、乙女ゲームの世界はジャンルとしてはSRPGに相当していた。つまりパラメーターが存在していたのだ。

 本来なら学園生活が始まってから、様々なイベントや訓練を繰り返し伸びていくはずのステータス。重要なのはそこに制限が無いということだ。そりゃ、3年間という時間縛りがあるから、そこに限界がある。だからプレイヤーはどのパラを伸ばすのかを考え、悩み、自分なりのビルドを起こすのだ。


「だけどステータスは見えないね。まあ現実なら仕方ないかあ」


 残念ながら、ステータスオープンやステータスカードに類するものは存在していない。そこまで都合は良くないのだ。



「ふむ、読み終わりましたわ」


 同じころ、フォルテもまたアリシアと同じ結論に達していた。力でも技でも、そして知識でも、鍛えれば鍛えただけ伸びる。すなわち休んでいる暇など無いということに。

 ついでに言えば、鍛えたからといってムキムキになるわけでもない。登場キャラの体形は固定されているからだ。主にスチルのために。なんというご都合主義か。


「ですが、不公平ですわね」


「お嬢様?」


「シェーラ、わたくしの読み終わった本、とある場所に捨ててきてくださる」


「な、なにを!?」


 公爵家の貴重な蔵書を捨てる。シェーラには理解が及ばない。しかし。


「理由は簡単ですわ。わたくしが、ヴィルフェルミーナ・フォルテシモ・オーケストラですからですわ!」


「畏まりました」


 それでいいのだろうか、主従よ。



 それからひと月に一度、アリシアが住む食事処の地下室に、謎の木箱が出現した。


「塩なんて思わないわ。ありがたく読ませてもらうわよ。悪役令嬢」


 そしてそれを貪るように読みふけり、ひと月の間にきっちりと木箱に戻すアリシアであった。



 知を磨き、武を極め、力を高める。日本の科学的トレーニング知識をもつ両名は10年間、自らを鍛え続けた。その日のために。



 そして15歳となったとき、フォルテとアリシアは入学試験で歴代最高得点を叩き出し、堂々と学園に入学した。


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