悪役令嬢VSヒロイン 学園大決戦!

えがおをみせて

第1話 悪役令嬢VSヒロイン 出会ってすぐに大バトル





 王立ハッブクラン学園。ハッブクラン王国における最高学府だ。

 もちろんここを卒業してから、軍学校や各種技能学校に通う者も多いが、ほぼ全ての貴族、王族、そして優秀な平民が目指す先として王国に君臨している。


「君も知っているだろうが、政治、経済、法、軍学、領地経営、それぞれが単位として将来に繋がるのだ」


「なるほど。勉強になります」


 目の覚めるような金髪碧眼の王子然とした少年が、横を歩く黒髪黒目の少女に説明をしながら廊下を闊歩していた。

 少年の名はガッシュベルーナ・フォレスタ・ハッブクラーナ。紛れもなくこの国の第1王子であり、まだ立太子こそされてはいないが、将来の玉座が約束された存在だ。

 そんな大物の横を恐れることも無く歩く少女、彼女の名はアリシア・ソードヴァイ。城下町で料理屋をやっている、とある店の看板娘だ。無論平民。


「女性の君なら、料理や裁縫、声楽、美術等もいいだろうね」


 王子の後ろを歩いていた、濃紫色の髪に紫の瞳をもった長髪の少年が言った。


「ありがとうございます。色々と考えてみます。えっと、ライムサワーさん」


 彼の名は宰相令息、ライムサワー・ヴォルム・カクテル。カクテル侯爵家の跡継ぎになる。


「机の上だけじゃねえぜ。剣技、魔法、体術、身体を動かすのも楽しみだ」


 ライムサワーの横にいた、短髪の赤髪に燃えるような深紅の瞳を持った少年が続けた。


「身体を動かすのも好きです!」


「そりゃあいい」


 彼は近衛騎士団長、ウォルタッチ伯爵家令息、ワイヤード・スラスト・ウォルタッチだ。元気系。



 何故この4人が、いや、大物3人と一人の平民が一緒になって廊下を歩いているのか、それは後日説明するとして、それどころじゃないヤツが彼らの正面に現れた。



 ◇◇◇



「あら、これは殿下。ご機嫌麗しゅう」


「むっ、フォルテか」


 濃灰色の制服を豪奢に改造して、王子に負けない綺麗な金髪の少女だった。その髪は長く、そして縦巻きされて、肩から前に2本、後ろに2本だ。瞳はきつく鋭いが、エメラルドグリーンの瞳は美しい。

 彼女の名は、ヴィルフェルミーナ・フォルテシモ・オーケストラ。オーケストラ侯爵家のご令嬢にして、第1王子ガッシュベルーナの婚約者である。

 今のところは、だが。


「それで、そちらの方は?」


「あ、ああ、彼女は」


 フォルテの圧を込めた視線を受け王子は怯むも、アリシアを紹介しようとした。しようとしたのだが、そこからの展開は彼らの理解を超越していた。

 瞬間、二人の少女がかき消えたのだ。



「うおらぁぁ!」


「ちぇすとぉぉぉ!」


 ずどんと重たい音が大理石でできた廊下に響いた。例えるならば肉と肉をぶつけ合うような感じであるが、そこは貴族メインの学園である。一部の騎士志望者以外は理解できないだろう。


 その光景を誰が理解できただろうか。二人の少女が片方はハイキックを、もう片方はこれまた後ろ回し蹴りで受け止め、ぎりぎりと硬直していたのだ。


「きえあぁぁぁ!」


「ちょりょぉぉあっ!」


 幅5メートルほどの廊下を、縦横無尽に少女たちが駆け巡る。何故か不思議なことに手は使っていない。繰り出されるのは蹴り技ばかりだ。いや、なぜ戦っているかも不明なのだが。



 そしてその戦いは1分も経たない内に膠着した。互いにローキックを繰り出した状態で固まったのだ。

 当然周りの面々から見れば意味不明だが、理解している者が二人だけ存在している。


「アリシア・ソードヴァイぃぃ」


「ヴィルフェルミーナ・フォルテシモ・オーケストラぁぁ」


 何故初対面のはずなのに、彼女たちは互いの名を知っているのか。


 アリシアの足首がギリギリと音を立てるように、大理石の床面に押さえつけられている。

 フォルテがそれを為しているのだ。足首ひとつだけを使った、いわば関節技だ。


「すっころびなさいませですわっ、アリス!」


「冗談じゃないわ、フォルテ!」


 もはや愛称で呼び合う二人だ。どうしてこうなった。

 ピシリ、と二人の加重を支える大理石が悲鳴を上げた。そして限界が訪れる。


「くっ」


「ぐあっ!」


 バキンと床が割れ、その反動でフォルテの足首関節技が解除された。その反動の結果、二人は自らの力で反対方向に弾き飛ばされた。

 片方は教室の壁に、もう一方は廊下の窓に。



 ◇◇◇



 どがぁんという木製の壁にぶち当たる音。ぐわしゃんと窓ガラスを突き破る音。そして場は静まり返った。当たり前だ。誰も状況を理解できていないのだから。

 教室への壁を突き破って埃に包まれたフォルテ、外への窓をぶち破って姿の見えないアリシア。


「ヒィロイィィン!」


 先に動いたのはフォルテだった。大きく歪に空いた穴で両手を支え、廊下に再登場する。左肩と右太ももには木片が突き刺さっていた。それを引き抜く。当然、そこからは血しぶきが舞った。


「あぁくやく、れいじょおぉぉぉ!」


 次に現れたのはアリシアだ。割れたガラスをものともせず、しっかりとした足取りで廊下に現れる。その途中でガラスの破片が頬を始めとして、自らの身体を斬り刻むも気にもしていない。



「ヒール」


「エクストラヒール」


 二人が回復魔法を使った。前者がフォルテで後者がアリシアだ。


「引き分け、といったところですわね」


「そうですね」


 先ほどまでの闘争が嘘のように、二人は普通に佇んでいた。

 ただし、破壊された壁と廊下、窓、そして周りの観衆は置いてきぼりだ。


「そこな平民、名乗りを許しますわ」


「初めまして。わたしはアリシア・ソードヴァイです」


 何をいまさらだ。


「返しますわ。わたくしはヴィルフェルミーナ・フォルテシモ・オーケストラ。オーケストラ侯爵家の一人ですわ」


 さっきまで愛称で呼び合っていたのがウソのようだ。


「まったく脆い学園ですわ。これは問題ですわね」


「そうですね。わたしもそう思います」


 置いてきぼりの王子の顎が、かくんと開いた。なにを言ってるんだ、こいつら。


「仕方ありませんわ。修理費についてはオーケストラ侯爵家で負担いたしましょう。よろしいですね、殿下」


 返事は無い。フォルテもそれを咎めない。



「それではアリシアさん。学園生活を楽しみますわよ」


「ええ! よろしくお願いします!」


 ヒマワリが咲いたような笑顔でアリシアが返す。まったくもって、素敵な光景だ。周りを見なければという条件付だが。



 ◇◇◇



 よくあるお話だ。とある『乙女ゲーム』の悪役令嬢に転生した日本人がいた。

 だけど、ヒロインにも日本人が転生していた。普通なら仲良くなるか、片方がイヤなヤツなんて展開になるのかもしれないが、この物語では、両者が暴走した。


 今回の『イベント』。それは婚約者たる王子殿下の横を歩く平民に癇癪をおこした婚約者が、ヒロインの脚を引っかけて転ばせる。それだけのイベントだった。


 それが今の両者にかかればこのザマだ。



 話は10年前。彼女たちが5歳の時にさかのぼる。


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