第二十二幕 凱旋の中

 死体の埋葬まいそう、帝都に続く街道の修理。

 大群を退しりぞけて何もかもが解決する訳ではない。

 ただ後始末こそ連携や事情に詳しい者でなければ邪魔に成る。


 そんな言い訳でハモンは小走りに帝都へ逃げ込もうとした。


 それが間違いだと気付いたのは南門が音を立てて開き始めた時だ。

 周囲を囲む仮面のおかきユウゲンや傭兵達が走り抜ける道を塞いでいる。

 見上げる程の大門が音を立てて開く中、少しずつ見え始めた門の内側に人垣ひとがきが見えた。


 ハモンは大門に背を向け後始末をしている軍人たちを手伝う体裁ていさいで門の前から逃げ様とした。

 腕を左右から掴み上げられてしまう。見ればユウゲンの部下二人が申し訳なさそうに顔を逸らしていた。


「恨むなよ。貴殿きでんが逃げぬ様にそれがしが指示したのだ」

「軍人たちを手伝えば良かった」

「ああ、彼らには後始末が面倒で大変だと一芝居ひとしばい打って貰ったのだ。まんまと乗せられたな」


 完全にユウゲンのてのひらの上という事だ。

 悔しさに舌打ちするハモンだがもう遅い。自分よりも体格の良い男達に左右から持ち上げられて逃げる術は持たない。


「ハモン殿、何卒なにとぞ容赦ようしゃを」

「巨獣オオクニ討伐とうばつ益良雄ますらおにらまれるのは避けたいですなぁ」


 真面目そうな岡っ引きが溜息を吐き、軽薄けいはくそうな岡っ引きが笑っている。

 ハモンだって真面目に仕事をしているだけの相手を殴る気は無い。自分の敵と成るのであれば話は別だが部下二人は邪魔なだけで敵ではない。


 大門が開き帝都の危機を救った兵達を住民たちが歓迎かんげいする。商魂しょうこんたくましい者たちは自身の店で割引や即席そくせきの新商品であきないを始めていた。

 既にユウゲンとハモンを中心に巨獣オオクニが討伐された事は知られているらしい。歓迎する声の中には二本角の白仮面や羽模様の白革羽織について言及するものも多い。


「おい」

「む、何か見つけたか?」

「お前だけでなく何故なにゆえ自分の特徴が伝わっている?」

「ああ、これか。先に報告に走った傭兵や軍人に聞いたのだろう」


 軽く答えるユウゲンがあごを振ったので先を見れば複数の商人が羽模様の品をかかげている。

 余りに分かり易い状況にハモンが溜息を吐いてしまう。


 帝都を救った英雄が岡っ引きに両腕を拘束こうそくされているのは外聞がいぶんが悪い。ユウゲンの手振りで部下二人が手を離した時にはいよいよハモンは逃場を失っていた。


 逃げない様に周辺を岡っ引きや軍人たちに囲まれながら帝都に入る。

 大通りに集まった住民達が口々につわもの共をたた賞賛しょうさんする。


「三日三晩も掛かる巨獣オオクニを一刻一時間も無く討伐したって?」

「仮面の旦那に白羽織しらばおりの剣士様が首を落としたんだろ?」

ちげぇって、白羽織しらばおりの大男だろ」


 半端はんぱな話が混じって噂が錯綜さくそうしている。

 気がたかぶった者達が傭兵や岡っ引きの肩を叩いて飯や酒をおごらせろと騒ぎ始めた。

 そんな住民達に気を良くした者達が軽く手を返す。


 ハモンはその隙を突いて身をかが群衆ぐんしゅうの中に潜り込んだ。


「逃げおった!?」

「く、すばしこい!」


 ユウゲンを始めとするきたえた大男や鎧を着込む者は群衆の中を走れない。

 まだ少年といえる体格のハモンならば少し身を低くすれば人の群にまぎれるのは容易よういだ。

 ユウゲンたちの声に事態を察した者達がハモンを探そうと周囲を見渡すが簡単に見つかる訳もない。


 羽模様はねもようの白革羽織が噂の白羽織しろばおりと合致して注目を集めてしまう。

 知った事かと都市内を突っ走り西色通にしいろどおりに向かった。

 陽のかたむき掛け、夕暮れの始まりは色町の掻き入れ始めでもある。帝都が守られた安堵あんどから男達が上機嫌じょうきげんに客引きや遊女ゆうじょと話し込んでいた。


 その隙間すきまを走るハモンが西表楼いりおもてろうに駆け込んだ。

 妙に静かな暖簾のれんくぐ玄関げんかんに走り込めば、遊女や娘たちが笑みを浮かべて待っていた。

 妓楼ぎろう仕事の支度したくを整えた肩や胸元を露出ろしゅつさせる赤着物のスイレンが上階を示す。


「ようこそ、おいでやす。今日は特別なお客様をおむかえする大事な日。どうぞ、此方こちらへ」


 誘う様な笑みを浮かべるスイレンにハモンは溜息を吐いた。

 イチヨが待っていると言いたいのだろうが芝居しばいが過ぎる。


「あっはは、冗談や冗談。待たせてるさかい、はよう行ってあげや」


 足止めしておきながら、と言いたいがスイレンの事はどうでも良かった。

 ブーツを脱ぎ捨てたハモンが荒い足音を立てながら階段と廊下を走り自室のふすまを開ける。

 ハモンとそろいの羽模様を持つ赤茶のショートジャケットを羽織るイチヨが待っていた。卓袱台ちゃぶだいには白米や漬物といった食事が並んでおり、見ればお猪口ちょこ徳利とっくりまで置かれている。


「今帰った」

「うん。お帰りなさい」


 イチヨにうながされて来客用の綿の詰まった大きな座布団ざぶとんに腰を下ろす。

 応接用の客間に置かれている筈の座布団が二人の自室にある事は不思議だ。ただイチヨが気にしていない様子なのでハモンは疑問を捨てた。


 普段ならイチヨはハモンの胡坐あぐらに腰を下ろすが食事の時には別に座る。

 今日は座布団に半分だけ尻を乗せたのでハモンは自分の尻を端へ寄せ二人で座布団に座った。


「ど、どうぞ」


 不慣れな手付きでイチヨが徳利を持ち上げハモンがお猪口を持つのを待つ。

 ハモンは酒を飲み慣れていない。少量ずつ飲むと心に決めてイチヨのおしゃくを受け入れ口を付けた。

 口の中にさわやかな米の風味が広がり、のどから通った酒に食道が熱くなる。


「うっ……強いな」

「美味しく、なかった?」


 不安そうなイチヨの頭をでると苦手と自覚していた笑みが自然とこぼれた。

 酒の得手不得手えてふえてが分かる程に飲み慣れていない。この酒も不味いとは思わないが茶の方が飲み易いとは思う。


「酒は飲み慣れていない。慣れれば美味さも分かるのだろうが、いまだにな」

「そうだったんだ」

「飯はイチヨが?」

「うん。えへへ、卵焼き、上手に出来たんだ」

「そうだな。前に見た時よりも形が良い」

「あ~、比べちゃ駄目。村じゃ初めて作ったんだよ」


 両親を失って一月ひとつき程度だというのにイチヨは過去の話と受け入れる様に成っていた。良い事なのかハモンには分からないが彼女なりの向き合い方を否定する事も出来ない。

 ただ今はイチヨが自分の為に用意してくれた食事に感謝した。


 先日の煎餅せんべいと比較しても卵焼きを始めとした料理の出来は良い。たった数日で一般的な定食屋で出る卵焼きと遜色そんしょくが無い程に上達するのが不思議だった。


「美味い。短い間にここまで上達したのか」

「えへへ、兄様の事を考えてるとね、凄い集中できるの」

「ん?」

「スイレン姉さんがね、帝都の外に逃げる場所は無いって、だから兄様が帰って来る事を信じてご飯を作ろうって。兄様のご飯って思ったらお外が怖いとか全然考えなかったの」

「そうだったのか」

「うん。あ、お酒は、要らなかったかも?」


 ハモンは首を横に振った。自分の為に用意された物を邪魔という人間には成りたくない。

 イチヨにも食事をうながし二人で食事を進めていく。

 酒を飲んでみたいとイチヨにせがまれたが香りを嗅ぐだけにとどめる。流石に酒は十五を超えてからと言い含めたが色町を拠点にしている時点で時間の問題かもしれない。


 そんな風に二人の時間を楽しんでいれば廊下から大きな声が聞こえて来た。

 妓楼ぎろうらしい酒に酔った男の大声とは異なり誰かを探す様な声だ。特に声に集中しなくともハモンを探していると分かる。


「兄様、追われてるの?」

「実は祝うと聞かぬユウゲン達から逃げてきてしまった」

「ぷっ、ふふっ。兄様って、やっちゃえ、って動くよね」


 衝動的に行動する自覚が有るのでハモンとしても溜息を吐くしかない。ハモンの拠点は割れているのだからユウゲンからすれば追うのは容易たやすいだろう。


「ね、お祝いってどんな事をするの? 兄様はどんな事したの?」


 ハモンも帝都の祝い方を知っている訳ではない。

 ただ自分がどの様に動いたかは説明出来る。問題は剣士のハモンと村娘のイチヨでは知識の差から何が起きたのか想像し辛い事だろう。それにハモンは口下手で自分の経験を他者に説明するのが苦手だ。


 野犬、猿、蛇を斬った。虫獣むしけものアムリを斬り、巨虫ガムリを斬った。岡っ引きを助ける為に巨虫ビズを斬ったが人差し指も斬ってしまった。妙に巨獣オオクニに睨まれて困ったが最後には首の中に火を叩き込んで倒した。


 そんな風に話されてもイチヨは何が起きていたのか分からなくて首をかしげてしまった。

 話した本人が伝わると自信が持てないのだ、伝わらないのも無理はない。

 どうもハモンに詩人の才は無いらしい。


 遊女や娘達の静止する声に荒っぽい足音が響きふすまが開く。

 予想通り来客は仮面の岡っ引きユウゲンだった。


「全く、貴殿きでんは帝都を救った自覚を持て」

「知らん。飯の邪魔をするな」

「確かに報酬は飯だったが、まさか妓楼ぎろうで食べるとは」

「イチヨの手料理だ」


 根本的に価値観が違うと理解したユウゲンが盛大に溜息を吐く。ハモンの剣呑けんのんな目を見て無理に連れ出すのは危険だと判断したらしい。


「ええい、もうい。三日後、陽が登ってから一刻一時間から二刻二時間の間に鐘が鳴る。皇居前広場にて皇帝自ら功労者こうろうしゃねぎらう。不敬と軍に追われたくなくば出席する様に」


 心底嫌そうにハモンは白い目をユウゲンに向けた。

 ついにひたいに手を当てて溜息を吐いたユウゲンが遊女に必ず参加させる様に沙汰さたを出す。

 用心棒ようじんぼうとしては頼りに成るハモンだが遊女の間でも扱いに困る相手なのは変わらない。自分にハモンを動かすのは荷が重いと狼狽うろたえてしまう。


「分かった。三日後は参加する。これで良いのだろう」

「帝国民でない貴殿には分からぬのだろうが、これは本当に名誉めいよな事なのだ。くれぐれも無礼ぶれいの無い様に頼むぞ」


 そう言ってユウゲンが去って行く。

 最後に折れたハモンに頭を下げた遊女がふすまを閉じた。

 やっと二人の食事を再開、と言いたいが妙な空気に成ったのは事実だ。


「明日には帝都を出れないだろうか」

「兄様、それは本当に駄目だと思う」


 イチヨにまで言われてしまえば拒否も出来ない。

 肩をすくめたハモンは飲み慣れない酒をあおった。

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